エースはどこにある? その6
畜生。まだ終わらない……
少しの休憩を挟み、一条絵梨花がホワイトボードにアイアン・パートナーズと町下ファンドと書き込む。
今話題の富嶽放送のTOBはこの2ファンドで22%近い株式を保有していた。
日本から撤退する米国銀行の株式8%を入手したら30%。
買い集めて1/3、つまり33.4%を保有されると、株主総会の特別決議を単独で阻止することが可能になる。
この特別決議が重要で、新株予約発行権で保有率を下げるなどの手段が封じられる事を意味するため、ここまでくると過半数の50%越えが視野に入ってくる。
そんな事を考えていた私の前に橘由香が新しい飲み物を……ん?
「何これ?」
「新発売のココアだそうで。
黒豆が入っているココアでございます。
CMのオファーが来て、担当者がサンプルを持ってきたので」
「あー。
あのミュージカル風のCMのやつ。
……って、それは何?」
お茶請けに置かれたお菓子を天満橋のおっさんがパクリ。
エヴァやアニーシャあたりも手を出しているので食べて……えらい目にあった。
「うっ!?げほっ!辛っ!……」
「嬢ちゃんにはこの辛みを楽しむのはまだまだでんな。
これが酒にあいますんや」
「飲まないでくださいよ。天満橋副社長。
とはいえ、これ、社内の辛党で流行していて、うちの物流網を使って北米に大量に送っているんですよ」
エヴァの説明を聞く余裕なんて私にある訳がなく、舌を出して涙目でそのお菓子を睨む羽目に。
すっと橘由香が水を用意してくれる心遣いがありがたい。
「もぉ、何考えていたか忘れたじゃないの。
とりあえず生チョコのケーキをお願いするわ」
「かしこまりました。お嬢様」
橘由香がケーキを取りに退室しても会議は進む。
あ。そうだ。富嶽放送を巡るアイアン・パートナーズと町下ファンドの件だった。
「古川通信を巡る仕手戦ではこの二者は最初協力していたのですが、途中で決裂しています。
そういう経緯があったので、富嶽放送を巡るTOBで手を組めるのかと国内のアナリストは疑問の声を出していました」
一条の言葉にアンジェラがハゲタカとして断言する。
きっぱりと力強く。
「組みますよ。絶対に。
勝てば兆円単位の大博打です。
町下ファンドはともかく、アイアン・パートナーズは前に負けていますから、今度負けたら信用が失墜します。
彼らにとってはこの戦いは負けてはいけないんです」
「という事は、彼らが仕掛けた日樺石油開発がらみの米国訴訟も絡んでくるのですか?」
橘の質問にアンジェラの顔が少し険しくなった。
確信はしているが、断言はできないという顔で。
「だと思うのですが、あの訴訟でお嬢様を敵に回す可能性を彼らが考えない訳がないんです。
これだけ、私も確信が持てませんが、本命は間違いなく富嶽放送です」
「取りに行きますよ。日樺石油開発。
そのうえで、あいつらの鼻を明かす。
お嬢様好みの勝ち筋でしょう?」
「最大二兆円の負債を抱え込むプランを堂々と言わないでくれ。
だが、違和感については私も指摘しておきます」
岡崎の断言を藤堂が窘める。
つまる所、ここに何があるかなのだ。
「富嶽放送の時価総額はプレミアをつけても一兆円は超えないでしょう。
日樺石油開発の負債を全部抱えても三兆円。
桂華金融ホールディングスの上場益で出せない金額ではありません。
にも関わらず、アイアン・パートナーズはこういう手を打ってきた」
「奴ら、関西鉄道の球団にも絡んでるっちゅうのを忘れたらあきまへんで。
プロ野球再編問題も絡んで、プロ野球っちゅうコンテンツを欲しがるんやったら、理屈は通りますな」
一条の確認に天満橋のおっさんが口を挟む。
このあたりの矛盾を皆うまく説明できないのだ。
「そもそも、本当に富嶽放送が本命なのでしょうか?」
ぽつりと呟いた橘由香の声が思ったより大きく響く。
私が振り向いたことで、橘由香は頭を下げて謝罪した。
「申し訳ございません。
戯言で場を乱してしまいました」
「構わないわ。
今はどんな意見でも歓迎よ。
思ったことを言ってちょうだい」
私がしっかりと彼女を見据えて促すと、橘由香も意を決して口を開く。
少なくとも、声はしっかりと皆の耳に届くその意見は、たしかに盲点と言えるだろう。
「お嬢様が帝亜様、泉川様、後藤様とお話しになった推理小説の話でございます。
有名な名探偵の映画で犯人の知らない第三者が犯行を隠ぺいした結果、アリバイが成立するというお話をお嬢様がしておりまして」
「『犬神家の一族』ですね」
日本通のアンジェラはそれで理解するあたり見ていたのかもしれない。
そんな事を思いながらも橘由香は続きを口にした。
「『犯人の行動を隠ぺいする第三者の行動を隠ぺいする更なる第三者がいるのでは?』この時の話はそういう事を言っていたのですが、勝てば兆円単位の大博打。
その賭け金を一つだけで出したのでしょうか?」
「「「「「!?」」」」」
それは完全に盲点だった。
アイアン・パートナーズがこれだけの大博打を打つ以上、ありとあらゆる所から金を引っ張ったのは想像に難くない。
そして、そんな金主たちは配当利回りだけの注文で満足するのか?
「スポンサー側の都合か。
これは盲点だった」
岡崎が天井を見上げ、一条がこめかみに手を当てて目を閉じる。
これだけの金を出してくる以上、金だけでなく口も出している可能性は高い。
「ロシアンマフィアがアイアン・パートナーズに金を出しているとしたら、混乱そのものが狙いなのかもしれませんね」
桂直之の顔には納得の文字が浮かんでいた。
事実、帝興エアラインから富嶽放送まで、私達は翻弄され続けている。
彼らは金でなく面子、つまり私の命を狙う事の方が比重が高い。
「つまり、お嬢様に恩を売りながらも、お嬢様が殺されたら空売りをしかけて大儲けと」
「リスクヘッジとしては間違っていないわね。ファンド側の意見としてだけど」
カリンの呆れ声にアンジェラが応じる。
時任亜紀が首をかしげて疑問を口にした。
「けど、これお嬢様が生き残ってもお嬢様を敵に回しませんか?」
「そうよね。
恩を売られたと言っても、ここまでなめた真似をしてくれて『ありがとう』と言えるほど私、人間出来ていないし」
「お嬢様、そのあたり容赦ねー……」
岡崎の言葉が止まったのは私が睨んだ訳ではない。
ただ岡崎に笑顔を見せただけである。
「あるんです」
ぽつりと言った橘の言葉の意味を私は理解できなかった。
だが、その意味を理解したらしい、天満橋のおっさんとアンジェラの顔が真っ青になっているので、私はそれを深刻なものとして理解したのだが、出てきたのは私の予想以上の大物だった。
「あるんです。
富嶽放送には、日本の暗部が記載されただろうスキャンダルノートが。
『黒革の手帖』があるんです」
瑠奈の飲み物
『黒豆ココア』(ハウス食品)氷川きよしのCMでブレイク。
お茶請け
『暴君ハバネロ』(東ハト)
ハバネロニックも大百科に載っていた。懐かしい……
https://dic.nicovideo.jp/a/%E6%9A%B4%E5%90%9B%E3%83%8F%E3%83%90%E3%83%8D%E3%83%AD
『黒革の手帖』
松本清張の小説。新潮文庫より出ている。
なお、『メディアの支配者』(中川一徳 講談社文庫)にフジがらみのヤバい元ネタが載っているのだが、まぁどす黒い事どす黒い事……
という訳で、中身は次回。




