エースはどこにある? その5
まだまだ続く。
話は一旦富嶽放送から離れて、これに絡んでいるプレイヤーに移る。
一条絵梨花がそのプレイヤーをホワイトボードに書き出してゆくが、愚痴が漏れる。
「多すぎませんか?これ?」
「まだ有象無象が湧いてきますよ。
勝てば数兆円のギャンブルですから」
アンジェラのツッコミは容赦がなかった。
そんなやり取りを横目で見ながら、天満橋のおっさんがまずは最初の事件とプレイヤーを確認する。
「最初は日樺石油開発でしょうな。
ここの民事再生法でパンドラの箱が開いて、ロシアンマフィアのマネーロンダリングが世に出た。
正確にはチェチェンマフィアなんでしょうが、分かりやすさからロシアンマフィアで統一しまっせ。
面子と資金源を潰された彼らは報復の必要に迫られた」
これについては、米国もロシアも最大級の警戒を行っていた。
なお、ロシア国内は報復テロとその報復でえらいことになっている。
「今思たんやけど、北日本の兵士が傭兵として雇われとる可能性は?」
「多分雇っていますよ。
旧北日本軍の将兵は、近年の金で雇える兵士の中では最上級です。
チェチェン共和国を巡る内戦ではチェチェンゲリラに雇われた日本人兵の存在を確認しています」
天満橋のおっさんの指摘にアニーシャが答える。
冷戦末期の北日本政府の崩壊は、その戦争に使わなかった兵士たちが傭兵として流出という形で世界各地の戦場に影響を与えることになった。
彼らの金も樺太銀行でやり取りが行われ、マネーロンダリングに組み込まれた。
それが全部使えなくなったのだから、恨む人間は大勢にのぼるだろう。
「で、次が帝興エアライン。
ここから怪しい動きをしてお嬢様に存在がバレたのがスカベンジャーこと月光投資公司。
ちなみに、この件はこの会社だけではないプレイヤーがいるのをお忘れなく」
「居たっけ?」
岡崎の説明に私は首をかしげる。
そして、その後の説明に私の目から鱗が落ちた。
「居ますよ。
帝興エアラインは樺太銀行や日樺石油開発と同じく、北日本政府高官や北日本空軍軍人の生命線だった。
ここの破綻で彼らも将来的に詰む事が確定した」
「それで私に恨みの矛先が向くのっておかしくない?」
私が不満を漏らすと、岡崎も苦笑する。
帝興エアラインについては、完全に流れ弾だからだ。
「人ってのは感情的な生き物です。
恨みはないかもしれませんが、当事者の一人なのは間違いはない。
嫌がらせをするぐらいならばと考えてもおかしくはないでしょう?」
「確認させてほしいのだけど、このスカベンジャーとロシアンマフィアとは繋がりはないの?」
聞いていたカリン・ビオラが確認の質問をする。
桂華電機連合は樺太の安価な労働力を見込んで工場建設に入っていたから、このあたりは他人事ではない。
「表向きはないですね。
裏も探ってみましたが、見つかりませんでした。
ここは少なくともお嬢様に恩を売ろうとして動いている節があります。
だからこそ、月光帝都興産というダミー会社を使って東横鉄道、関西鉄道、帝西鉄道の株を買い、再編されるだろうマネーロンダリングシステムをお嬢様に献上しようとした」
時任亜紀がぼやく。
こういう時に一般人よりの彼女の言葉は時に本質を突く。
「恩を売るって、こんなの桂華金融ホールディングスが絡んだら樺太銀行の二の舞じゃないですか」
「ええ。
彼らも馬鹿じゃない。
桂華金融ホールディングスがこのマネーロンダリングシステムを入手するなら、樺太銀行の時と違う点が二つあります。
一つは桂華院家の不逮捕特権。
樺太銀行の時は国有銀行だった上に、日樺資源開発の破綻という形でばらされざるを得ませんでした。
ですが、桂華金融ホールディングスがこのマネーロンダリングシステムを使う場合、事が発覚しても不逮捕特権を行使する事で捜査そのものを潰して介入を阻止できます」
一条の説明に橘が苦笑する。
それで事件そのものを闇に葬ったのが、橘が関与したらしい加東議員秘書の脱税事件である。
一条絵梨花が激高する。
「お嬢様にそんなものを押し付けるんですか!」
「だって、お嬢様引退するみたいですし」
「あ。ならいいです」
アンジェラの一言で鎮火する一条絵梨花。
というか、私が引退する事を鵜呑みにするなよ。
「今の一条さんの行動を見てわかる通り、お嬢様引退説はかなり世間に浸透しています。
で、お嬢様引退後の動きとして、スカベンジャーはマネーロンダリングシステムそのものをまっとうな企業活動という綺麗な形にロンダリングした上で桂華金融ホールディングスに渡そうとしたと」
「私、引退しないんだけど?」
「しないんですか?引退?」
「しないともったいないですよ?引退」
私の引退拒否に意外そうな顔をして引退を勧める一条絵梨花と時任亜紀。
一応理由を聞いておくとぐうの音も出ないまっとうな理由が。
「だって、TVに出てるし、映画も成功したし、オペラ歌手ですよ。お嬢様。
桂華金融ホールディングス上場で数兆円もお金が入るんでしょう?
日本経済も明るくなってきたし、もういいじゃないですか。自分のことを考えても」
「お嬢様も中学生になりました。
オペラ歌手や映画俳優もそうですが、結婚を始めとしたいろいろな未来を真剣に考える時期です。
企業経営者としてのお嬢様も素晴らしいのは分かりますが、それは本当にお嬢様がしなければならないことなのでしょうか?」
黙り込む私をさしおいて、桂直之が手を上げて発言を求める。
「つまり、月光投資公司は味方なのですか?」
「敵ではないが、味方でもないですね。
ただ、アイアン・パートナーズよりはましだと思いますよ」
岡崎の言葉で思い知る。
まだアイアン・パートナーズまで触れていない事を。
この件がいかに舞台と役者を変えて演じられたかという事を。
それでも、終幕に向かいつつある事だけは私でも理解できた。
時任亜紀と一条絵梨花を入れて分かるお嬢様の生き急ぎ感。




