エースはどこにある? その4
役職について間違っていたら教えてほしい。
作者本人も忘れているんだよ……
長くなるので分割。
九段下桂華タワーのムーンライトファンドの会議室に関係者を集めての対策会議。
事ここに至ってはなりふり構っていられない。
だからこそ、こんな放送がモニターに流れる始末。
『こちら九段下桂華タワー前です。
現在、橘隆二桂華鉄道会長を筆頭に、藤堂長吉桂華商会社長、一条進桂華金融ホールディングスCEO、カリン・ビオラ桂華電機連合CEOの四者が急遽集まって会合を行う予定です。
これは、今話題になっている富嶽放送のTOBに関する対応を協議するとみられており……ちょっと待ってください。
スタジオに戻します。
中継の途中ですが最新の情報が入りました。
このTOBに絡み、富嶽放送の保有株8%を保有している町下ファンドは、桂華グループの桂華資源開発より資金提供を受けたことを公表しました。
桂華資源開発は桂華グループの桂華商会の子会社で、民事再生法を申請した日樺石油開発の受け皿として名乗りを挙げており……』
という訳で、私の前に集まったメンバーを紹介しよう。
あの放送で名前が出なかった面子だと、
天満橋満 桂華商会ホールディングス副社長
岡崎祐一 桂華資源開発社長
アンジェラ・サリバン 桂華証券取締役
時任亜紀 桂華院瑠奈付秘書
桂直之 桂華銀行プライベートバンク部門
メイド補佐 エヴァ・シャロン
メイド補佐 アニーシャ・エゴロワ
メイド長付 橘由香
メイド長付 一条絵梨花
なお、この場に橘由香と一条絵梨花が居る違和感だが、『本当のお嬢様の姿を見ておきなさい』という橘の一言で橘由香が、一人ではという事で一条絵梨花の両名がメイドとして控えることに。
全員から漂う殺気に怯えている一条絵梨花を橘由香がフォローするという微笑ましい一コマが……おっと話がそれだ。
「やりましたね。
手付金として五十億ほど出しましたけど、こういう使われ方をしましたか」
皆のジト目を気にすることなく岡崎は楽しそうに笑う。
たしかに町下ファンドに金を出すとは言っていたが、それが巡り巡ってこうなるとはさすがに読めるわけがない。
「詐欺師の手法ですな。
本物の詐欺師ほど本当の事しかいいまへんのや」
天満橋のおっさんが嘆息する。
下の報道関係者はここにいる面子にこう質問するだろう。
「富嶽放送を8%保有する町下ファンドに資金提供をしたんですか?」
と。
YESとしか答えられないじゃないか。
『富嶽放送を8%保有する』と『町下ファンドに資金提供』はそれぞれ別の事実なのだが、繋げられた結果二つとも桂華グループが認めるという形に追い込まれる。
つまり、富嶽放送を巡るTOBにおいて大本命と目されていた桂華グループが出陣したと市場関係者は解釈せざるを得ない。
電話が鳴る。
皆に聞こえるようにスピーカーに繋いで受話器を取る。
泉川副総理だった。
「楽しいことになっているみたいだね」
「まぁ、有名税として受け取っておきますわ。
かけてきたという事は、富嶽放送の事ですか?」
「その通りだ。
阿蘇総務大臣がまもなく記者会見で外資規制に関する見解を発表する。
『名義書き換えの拒否によって20%を超える事はないので、放送免許が失効されることはない』と発表されることになっている。
で、この件について君はどこまで関わっているのかね?」
「それを今話し合っている所ですよ。
うちの本命は日樺石油開発の救済で、富嶽放送は二の次です。
そう総理に伝えてください」
「わかった」
受話器を置いて皆を見渡して一言。
「という訳で、皆の意見を聞かせて頂戴」
グレープジュースを飲みながら発言を促すと、アンジェラがとても分かりやすい顔で口を開く。
なお、彼女の顔は手を額に上げて嘆息しているのに口が笑っていた。
「今の電話が本当ならば、富嶽放送は詰みました」
「どうして?
放送法に抵触しないんでしょう?
彼らの狙いである『富嶽放送を潰す』は達成されないわよ」
「セカンドプランに切り替えるに決まっているじゃないですか。
この発表の後、アイアン・パートナーズは51%奪取のTOBに切り替えますよ」
岡崎と天満橋のおっさんが同時に違う言葉を出す。
「MBOか!」
「創業者一族に渡す腹や!」
アンジェラが二人の言葉を楽しそうに聞く。
なお、MBOはマネジメント・バイアウトと言って経営陣による買収の事を言う。
「その選択肢が出て来るから富嶽放送は詰んだと言うんです。
経営陣と創業者一族が対立していて、株式支配が緩んでいる。
どうぞ食べてくださいと言っているようなものじゃないですか。
総務相の会見で潰れないと分かったら大手を振って買い漁りますよ。
で、経営陣なり創業者一族に高値で株を売り渡しておしまい」
「だが、彼らにそれだけの資金が用意できるのか?」
藤堂の質問にアンジェラはとても楽しそうに答える。
「いるじゃないですか。
儲かっているならば経営にまったく口を出さず、平気で数兆を溝に捨てても気にしないくせに、ハゲタカが食べようとしたら返り討ちにあった極上の鴨が一羽」
皆が黙って私を見る。
というか、君たちこういう時だけ連携プレイはずるいと思う。
「それについてはおいておくとしてだ。
アイアン・パートナーズは関西電鉄と日樺石油開発にも絡んでいる。
本命はどれなんだ?」
藤堂の質問にアンジェラは肩をすくめながら答える。
何かがズレればアンジェラがハゲタカ側だった訳で、つくづくアンジェラを味方に取り込んでよかったと思い知る。
「ファンドの目的はマネーです。
ですから、どれも囮なんです。
本命はただ一つ。
桂華金融ホールディングス上場に伴う数兆円の上場益です」
日樺石油開発で一兆円から二兆円、富嶽放送で五千億円、関西鉄道の球団で数百億円。
全部買ってもおつりがくるのが桂華金融ホールディングス上場益である。
アンジェラはすっごくいい笑顔で言い放つ。
「賭けてもいいですよ。
奴ら、私たちに恩を売ったと思っています」
時任亜紀が小声でぼやく。
隣のアニーシャがエヴァを見ながらの返事に思わず笑ってしまった。
「クーリングオフできないのかしら?」
「片手に銃を持っての善意の押し売り。覇権国家の常套手段です」
「なんで私を見て言うの?鏡を見なさいよ」
この時の総務大臣
麻生さんだったのか……
外資規制について
いまさら人には聞けない外資規制(外国人株式保有制限)のQ&A 大和総研
https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/law-others/12100502law-others.pdf
MBO
経営陣がサラリーマン経営者で創業者一族と違う場合で二者の利害が一致していない時や、リストラで事業部門丸ごと切り捨てられるので独立をなんてケースに使われる。
なお、それを行う資金調達までファンド側が提案するのが一般的。
ちょうど話題になっている東芝の買収も変則的MBOの一面があったり。




