エースはどこにある？　その2

　新宿ジオフロント工事現場。

　見学と言う形で橘とやってきたのだが、とりあえずの妥協策の確認に来たというのが本音である。

「お地蔵様かぁ。

　まぁ、急場しのぎならば仕方ないか。

　なんまんだぶつ。なんまんだぶつ……」

　人ですら急な移転に対応できないのに、神様が急な引っ越しに対応できる訳もなく。

　かといって、新宿ジオフロント完成式典の日取りは動かせない訳で。

　という訳で、蛍ちゃん及び神奈水樹との話し合いの結果置かれたのがお地蔵様である。

「ちなみに、お地蔵様の見ている方角に出口があるように配置しています」

　新宿ジオフロントという地下都市ともなると出口がたくさんある訳で。

　主だった通路にこのお地蔵様を置くことで、神様が祀られるまで入ってこないようにという意味合いを兼ねているとか。

「ちなみに、祀る神様のご予定はどうなっているの？」

「お迎えするために、今、神社の方と交渉中でございます」

　八百万も神様がいるこの国、探せばそれ相応にふさわしい神様がいる訳で、地下都市という性格から伊邪那美命をお祀りするかと考えていたのだが、それにまったをかけたのが蛍ちゃんである。

　蛍ちゃんからレクチャーを受けた神奈水樹の要約を披露しよう。

「あのお方は根の国のお方。

　向こう側の神様なのよ。

　あの街は地下とはいえ、私達人間の街だから、人間に寄り添う神様でないとダメよ」

「いるの？

　そんな神様？」

「いるんだなぁ。これが。

　菊理媛命。

　黄泉比良坂で伊邪那岐命と伊邪那美命が争った際に出てきてその争いを納めたそうよ」

　どや顔で語る神奈水樹の隣で黙ってどや顔をまねる蛍ちゃんがかわいいのだが、話がそれるので黙っていたのは内緒。

「で、そんな神様を祀っているのが白山神社。

　石川県と岐阜県の間にある山で、富士山や立山と共に日本三霊山の一つと数えられる山よ」

「なるほどね。

　ここは人の地で黄泉ではありませんという訳だ」

　回想終わり。

　ヘルメットをつけて工事区画を眺めると、かなり人の出入りが多い。

「商業区画と居住区画ができても工事そのものはまだ続くからこの人の出入りは当然か」

「警備の観点から、式典中は工事を止めますが、式典終了から工事は再開されます。

　工事関係者の身元確認は現在再チェックをしている所ですが、60人ほど身元不明者が出ており神経をとがらせている所です」

「うわぁ……」

　24時間工事が進められる新宿ジオフロントは、3K職場ゆえに樺太出身者をはじめとした最弱者の最大雇用先としても機能しており、土木工で働く場合は偽名OKで『ケーカ』を発行していたと分かって、現在大問題に。

　なお、審査を厳しくすると彼らが社会から切り捨てられるのが目に見えているので、この件は桂華金融ホールディングスと都庁及び北海道庁と樺太道庁がタッグを組んで米国警備担当者及び野党からの追及をはねのけていた。

　で、それが今こうして返ってくるのだから、因果応報というかなんというか。

「向こうは式典そのものの中止すら提案しているみたいですな」

「わかってはいるけどね。

　ここでテロに屈したと受け取られたら、政権が持たないわよ」

　政局は帝興エアラインの破綻から始まった経済関連ニュースに翻弄されて後手後手に回った政府が、ついに痛い一撃を食らって動揺していた。

　年金問題である。

　年金の未納が国会議員を中心に発覚し、樺太まわりのデータの不備から年金が消えたと大騒ぎ。

　火消しに入ろうとしても、年金の未納と消えた年金の確定ができずに支持率が低下に向かおうとしていた。

　そういう時にある意味支持率浮上の一助になろうとしていたのがこの新宿ジオフロントである。

「ちなみに、うちの警備は出すの？」

「警察はいい顔しませんでしたけどね。

　身辺はこちらで守るという事で合意しました」

　なお、うちの警備員の名札をつけて米国と露国の人が私を守るとかなんとか。

　これ幸いとこっちに押し付けたのではないかと思ったり。

「あとは通路ですね。

　主要区画は警察が守り、それ以外の区画を我々が警備をすることになります」

　橘の話を聞きながら商業区画を歩く。

　既に区画そのものは完成しており、式典終了後のオープンセールに向けて店舗関係者が最後の追い込みにやっきになっていた。

　なお、この商業区画も主要区画外なので北樺警備保障が警備を担当する事になっている。

「ん？

　何か集まっているわよ？」

　通路下の配線区画に警備員と作業員が集まっている。

　あ、よく見ると警察まで居るな。

「お嬢様。

　万一の事がありますのでお下がりを」

「退路の確保は済ませています」

　橘の言葉に返事をする前にエヴァに引っ張られる。

　あれよあれよと地上に出されて、地上工事区画に作られたセーフティーゾーンに。

　で、そこからあの人だかりの原因を知る。

「ハッキング！？」

「はい。

　違法回線が接続されており、あの場所近くに後日開店予定の店の機械を使って、ジオフロントシティのコントロールルームにアクセスできるようになっていました。

　現在、その店舗の持ち主及び従業員の確認とこの区画の工事関係者の身元チェックをしていますが……」

　橘の表情は暗い。

　おそらくは氷山の一角だろう。

　どれだけこの地下都市に罠が仕掛けられているのか？

　私は考えたくなかった。

おまけ

「なんで違法接続がバレたのよ？」

「杜撰な繋ぎ方だったようで、隣の店の配線を繋げてなくて、店からの苦情で……」

納得。