パンドラの残滓 その4
着替えの為に栄一くんたちの所から離席して、そのまま階下のムーンライトファンド中枢……じゃなかった桂華資源開発の岡崎の所に。
「なかなか斬新なファッションですな。グレープの臭いがここまで漂っていますよ」
なんて苦笑していた岡崎だが、私の話を聞くと真顔になる訳で。
二人して集めていた資料を再確認すると、なんとなくだが奴らの絵図面が見えてくる。
「大規模再開発を行う場合、そこにある施設を一時的に移転させる土地があると、作業は格段に楽になります。
お嬢様が桂華商会の事業再編時に関空臨海タワービルを買ったように」
「つまり、首都圏再開発における関空臨海タワービルの立ち位置が、湾岸地区という訳ね?」
「そういう事です。お嬢様。
不良債権となっていた首都圏の土地再開発は、マネロン資金の流入で巨万の富を生むでしょうね」
ここまででも十二分にすごいのだが、この資金、アンジェラの話だとサブプライムローンにするつもりらしい。
その上で証券化して全世界にばらまかれたら、もう足取りを追う事は不可能に近い。
「そのマネロン資金もアンジェラの話だと仕掛けがされているみたいよ。
一条に聞いてみなさいな」
「あの人にも恨まれているんですよね。俺」
「何をやったのよ?」
「お嬢様を焚きつけた事以外は何も」
そこまで言って二人して苦笑する。
ある程度の絵図面は見えた。
この絵図面にどう対抗するかである。
「そういえば、日樺資源開発だけど、あれ取りに行くの?」
「行きますよ」
即答で岡崎が言ってのけたので逆に興味がわいてきた。
岡崎は二人で見続けていたテーブルの資料を眺めながら言う。
「ここまで綺麗に整っている仕掛けなのに、日樺資源開発だけ外れているでしょう?
日樺資源開発がこの仕掛け前に民事再生法を申請したのもありますが、明らかに不自然なんですよ。
スカベンジャーの奴らが恩着せがましくお嬢様の引退の花道を作るのならば、ここはお嬢様に差し上げないといけない場所なんです。
にもかかわらず、米国で訴訟を起こして動きを止めた。
何かあるって言っているようなものですよ」
そこまで言うと、岡崎はテーブルの上の一つの資料を手に取る。
その資料は帝興エアラインと書かれていた。
「こいつも仕掛けから微妙に外れているんですよね。
桂華金融ホールディングス上場があったから破綻に追い込まれたようなものです。
マネーロンダリングのシステムに組み込むならば、生かした方がはるかに楽でしたよ」
「それについては、ちょっと考えがあるのよ。
まぁ、私も教えてもらった口なのだけどね」
と言って私は今来ている栄一くんたちから教えてもらった『犬神家の一族』の話をする。
敵は一人ではなく、善意の第三者が複数いるという考え方に岡崎も納得して首を縦に振った。
「そういう事か。
仕掛けが大仕掛けになったんじゃない。
複数の意思の関与で仕掛けが大きくなってしまった口か。
多分、全員がレイズし続けて降りれなくなったポーカーみたいなものですな」
「もちろん、その降りるってのは私たちも入っている訳よね?」
私の確認に岡崎は実にいい笑顔で笑う。
多分、私も笑っていた。
「カリンが言っていたけど、スパコンを使って私の思考をトレースした可能性があるそうよ」
「あははははははは……
……だったら、そいつらは大馬鹿野郎と言ってやりたいですな。
お嬢様のギャンブルの本質を理解していないし、理解していたら自分の首に縄をつけているようなものです」
「岡崎。
あなた、私をなんだと思っているのよ?」
さすがに憮然とする私だが、岡崎は笑顔のまま私の狂気を指摘する。
その言葉に私は何も言えない。
「普通、『自分が負ける』前提でギャンブルをする人間は馬鹿以外の何物でもないですよ。お嬢様」
「……岡崎だったら気づくか。さすがに」
「そりゃ、焚きつけた人間ですから。
橘さんや一条さんあたりも気づいていますよ。
で、オールインギャンブルに手を出させないように釘を刺されました」
あのあたりも最後の大博打で敵に回りかねないと。
岡崎は最後まで付き合うつもりなんだろうが。
「はいはい。
オールインをする時はそれ相応に配慮します。これでいいでしょう?」
「それをするなって二人から説教食らいますよ。確実に。
まあ、そのあたりは置いておいて、もしコンピューターがお嬢様の思考をトレースするのならば、この大仕掛けもつまる所、最後の一つの演出でしかないでしょう。
だってお嬢様は、お金でない別のものを見ているのだから。
それをコンピューターがバグとして処理しないのならば、答えは一つです」
岡崎は手で銃を作り、私に向けて撃った。
「BANG!
狙うチャンスはいくらでもありますよ。
何しろ舞台が大きくなりすぎて、お嬢様が出ていかねばならない場所が多すぎる」
「あー。そういう事か。
今までの話すら全部陽動で、本命は私の暗殺から始まる日本市場崩落の投げ売りか。
私一人始末するのにここまでするかー」
天井を見上げる。
もちろんこれが敵の目指すところではないが、敵たちの目的の一つではあるというのは理解できた。
「マフィアにスカベンジャーに旧北日本の連中と総出演です。
逆に言えば、この仕掛けも大きくなりすぎで維持ができなくなるでしょう」
そこまで言って岡崎はメモを取り出し、スケジュールを確認する。
私が確実に出ないといけないイベントが二つあった。
「一つは桂華金融ホールディングス上場に伴う、東京証券取引所での上場イベントですね。
ここで殺されたらそりゃ衝撃はシャレにならんでしょう。
とはいえ、こっちは本命じゃないでしょうな」
「じゃあ本命は……って、あれか」
私も気づき、岡崎も笑う。
なんとなしにTVをつける。
今の時間ならば、何処もこの話題をニュースにしない訳がなかったからだ。
『……はい。まもなく第一期工事が完成する新宿ジオフロントの商業地区に私たちは来ています。
この新宿ジオフロント第一期工事完成の記念式典は、恋住総理、岩沢都知事をはじめとした政府・都の関係者に新宿新幹線建設を行った桂華グループより桂華院瑠奈公爵令嬢が出席して、その美声を披露してもらう事になっており……』
「俺がお嬢様ならば、ここですね」
「あら奇遇ね。私もよ」
「さてと、栄一くんたちの所に戻る前に着替えないと……ってどうしたの?」
一度着替える為に部屋に戻ろうとしたのだが、一条絵里香の顔が曇っていた。
彼女が何か言う前に、隣にいたメイドのエヴァが私の服のボタンの一つを指さして、トランシーバーを見せる。
盗聴器か。
「私、そんなに信用ない?」
「先ほどの会話、録音しているのでお聞かせしましょうか?」
「おーけーわかった。私が悪かった」
「警備の人間を倍に増やします。それと、この会話は関係機関に流しますのでそのつもりで」
「はいはい。反省していますって」
一条絵里香が意を決した顔で私に向かって口を開いた。
盗聴した会話を聞いていたらしい。
「いやですからね!
お嬢様が全部を失うなんて、私絶対に嫌ですからね!
だって、それじゃあ、お嬢様の存在に意味がなくなるじゃないですか……」
ぼろぼろと涙をこぼされて告げられた一条絵里香の本心が一番心に来た。
こういうのを見せられると心に来るなと、いやでも思い知ったのである。
なお、そんな事があったなんておくびにも出さずに、それからしばらくして私は栄一くんたちの所に戻ったのだが。




