パンドラの残滓 その3
「瑠奈。ちょっと頼みたいことがあるんだがいいか?」
学校で栄一くんにそんな事を言われた。
何だろうと思っていたら、真面目な話だった。
「お前の所の三木原社長を紹介してほしいんだ」
「三木原社長?桂華鉄道の?」
「ああ。
俺が帝西グループを救済すると決めたのは話したと思うが、その鉄道部門で彼に聞きたい事があってな」
帝西鉄道救済は栄一くんが決断したとはいえ、実務と内部の処理は帝西鉄道の経営陣や、帝亜グループ入りした穂波銀行の経営陣が行っているはずである。
不良債権処理が峠を超え、株価がある程度高い所にある現在、帝西鉄道の再建はそれほど難しくはないというのがうちの一条の見立てである。
「創業者一族から経営権を握るために、第三者割当増資を行う必要があるんだが、ちょっと気になる事があってな。
裕次郎や光也、瑠奈も相談に乗ってほしいんだ」
「何なの?その気になる案件って?」
私の振りに栄一くんはその気になる事を告げた。
まぁ、考えてみればそうだよなというプロジェクトを。
「新宿ジオフロント」
数日後。九段下桂華タワーの応接室に三木原和昭社長がやってきて、私達四人が話を聞くことに。
最初は、アポイントメントをとって桂華鉄道本社に訪問というつもりだったのだが、『お嬢様が軽々しく来られてはこちらの立つ瀬がない』という事で来てもらう事に。
なお、そのまえに栄一くんや彼についているスタッフから聞きたい事についての書簡を送っていたらしく、三木原社長は結構な資料を持ってやってくることになった。
「新宿ジオフロントに合わせて帝西鉄道が帝西新宿線を地下化して新宿に繋げるという話ですね。
たしかに、この話にはいくつかの政治的背景があります」
鉄道は政治背景に翻弄される産業である。
軍の移動から産業のインフラとして、土地開発の大手デベロッパーとして、歴史ある産業だからこそ、政治との関係は切っても切り離せない。
三木原社長の確認に、栄一くんは真面目な顔でその気になる事を告げた。
「新宿ジオフロントが、桂華グループというかここにいる瑠奈の一存で強行されたプロジェクトなのは把握しています。
それに泉川副総理や岩沢都知事が関与して、プロジェクトは第一期工事完了という所にまで進みました。
第二期工事の中心となる新宿新幹線建設工事に帝西鉄道が残土運搬用のトンネルを掘り、完成後はそのトンネルを帝西新宿線として新宿まで繋げるというのは分かるんです」
栄一くんは一旦言葉を切ってコーラを飲む。
メイドの一条絵里香にコーラを頼んだあたり、仕事と私用の半々という感じなのだろう。
私もいるというのもあるのだろうが。
「気になったのは、計画の建設費用の捻出に『運搬後の残土利用とその諸々の便宜』ってのがあって、これが何を意味しているのかが分からなかったんです。
どうも、帝西鉄道の創業者一族がその政治力を駆使して結ばれたらしく、その創業者一族が経営から離れるので関係者も『知らぬ存ぜぬ』と言うばかりでして」
「ああ。そういう事ですか」
納得がいった顔で三木原社長が頷く。
それを確認して、栄一くんが話を続けた。
「こちらとしては、経営を握る以上、知らなければならない事だと思っています。
で、当事者が口をつぐむ以上、元東日本帝国鉄道出身の三木原社長に教えていただきたいのです」
栄一くんは椅子から立ち上がって頭を下げた。
すっかり、こっちの人間になったなぁなんて思いながら、私はグレープジュースをチューチュー。
「まずは、ここにいる皆様に鉄道建設の莫大な費用について説明させてください。
この新宿新幹線は建設費だけで二兆円を超える巨大事業です。
普通はこれらの建設費用は銀行からの融資で賄うのですが、巨額ゆえに東日本帝国鉄道も建設を躊躇っていたという経緯があります。
お嬢様みたいに一括でドンと建設費用を用意するのはまれだと理解してください」
男性陣の白目に耐えられず私は視線をそらした。
いいじゃないか。どうせあぶく銭なんだし。
「帝西新宿線地下トンネルの建設費用は二千億円はかかると踏んでいます。
新宿ジオフロントという公共事業と絡む事で国や都も金を出しますが、それでも帝西鉄道は八百億円から一千億円の建設資金を用意しなければいけないでしょう。
で、不良債権処理で帝西鉄道はその資金を銀行、おそらくはメインバンクである穂波銀行から調達できなかった。
穂波銀行からしたら、一千億円の融資はリスクが高すぎるのです」
不良債権処理過程で銀行大合併を行った副作用である。
元々日本の銀行はリスク回避の為に、巨額の資金を協調融資する傾向がある。
一千億円だったら、ABCの銀行に三百億円ずつ、残り百億円を市場から調達みたいに。
そのABCの銀行が合併で一つになったから、融資額が三百億円から九百億円に跳ね上がっているのだ。
三百億円なら穂波銀行も出せなくもないだろうが、残り七百億円を市場から短期間に調達するのはかなり難しい。
「で、帝西鉄道は足りない資金をオプション取引で埋めようとしたんでしょう」
「オプション取引」
「たしか『権利を売る』だったはず?」
「という事は、帝西鉄道は何かの権利を先に売って市場から資金を調達しようとしていた訳だ」
栄一くん、裕次郎くん、光也くんがそれぞれ声を出す。
この会見をするまえにきっちり勉強してきたんだろうなぁ。三人とも。
「帝西鉄道が目をつけた残土、つまりトンネルから出る掘り出した土ですが、羽田空港拡張工事をはじめとした東京湾の埋め立てに利用されます。
その一つに中央防波堤埋立地の埋め立てと湾岸再開発があります。
これは国や都も推進しており、新宿ジオフロントとセットになっているんです」
見えてきた。
帝西鉄道はトンネルの残土で埋め立てられる湾岸の土地をオプションとして売ることで資金調達をしようとしたわけだ。
このあたり、かなり深く計画に関与していないとこの取引は無理だよなぁ。
帝西鉄道の創業者一族の政治力恐るべしなんて考えていた私は、三木原社長の次の一言でレディにあるまじきグレープジュース吹き出し芸を突発的にやる羽目になる。
「そして、このオプション取引を購入しようとしていたのが、湾岸に本社を移転した富嶽テレビで……」
ああ。ここに繋がるのか。
参考文献『メディアの支配者 上・下』 (中川一徳 講談社文庫)
感想にて教えてくれた人に感謝。
これ読んで過去ほじるだけでネタがわらわらと。
個人的に左派勢力の伸張に対抗するために作られたテレビ局が、経営安定の為に不動産取得に政財界から便宜を受けていたあたりは色々と考えることが。




