パンドラの残滓 その2
話を進めなかった理由。
またリアルに先を越されたからだよorz
外資系ファンドであるアイアン・パートナーズが仕掛けた富嶽放送へのTOBは、そのままこの国のニュースの中心として躍り出る事になった。
そして、このTOBを受けた恋住政権は、衆議院予算委員会において野党議員からの質問にこう答えざるを得なかったのである。
「このTOBは20%を目指しているというが、それだと放送法の外資規制に抵触する。
その場合、政権としてどう対処するのかお答え願いたい」
「あくまで仮定の話ですが、その際には法律に則って粛々と対処していきたいと思っております」
この政府答弁は『20%を超えたら免許取り消しの処分を行う』という事で、富嶽放送側にとっての支援と見られていた。
それを聞いたうちのアンジェラの一言を紹介しよう。
「馬鹿ですか?
この人達」
呆れ顔で吐き捨てたアンジェラだが、私も支援と思っていたので尋ねてみる。
なお、今の彼女は完全にハゲタカモードである。
「え?違うの?」
「たしかに、『富嶽放送を得ようとする』のならば、支援になるでしょうね。
ですが、『富嶽放送を潰す』のが狙いならば、最悪の一手ですよ。これは」
まだ分かっていない私にアンジェラが諭す。
その説明を聞いて、顔が青ざめていく私が居た。
「マネーゲームの本質の一つは、物の存在ではなく物の持ち主という架空の存在を取引する所にあります。
富嶽放送の免許が失効して、富嶽放送が放送できなくなったとしても、放送局という設備と人員、過去番組という莫大なライブラリーが手に入るんですよ。
そして、政府は自分の失敗を糊塗する為に、早急に新規免許を付与するでしょう。
私がアイアン・パートナーズ側だったら、既に欧米の大手メディアに日本の放送網買収の提案とプレゼンをやっていますね」
「え?
じゃあ、彼らは自分の資金をドブに捨てる為にTOBを……アンジェラ。何でコンパクトを私に向けているの?」
「いえ。自らの資金を兆円単位でドブに捨てていると評判の人を写しているだけですけど」
「……」
完全に沈黙する私。
私の憮然顔を写し終わったコンパクトを畳んで、さらなるハゲタカの流儀を私に教えてくれる。
「ついでに言うと、彼らは返ってくるとはいえドブに捨てた金すら回収しますよ。
たしか、保険——CDS——の話をしたじゃないですか。
賭けてもいいですよ。
アイアン・パートナーズの奴ら、富嶽放送の倒産でもらえるCDSを賭けていますよ。
レバレッジをかけて限界一杯まで。
いくら彼らの手元に返ってくるのやら……」
その強欲さにもう感心するしか無い私が居た。
よくもまぁ次から次にと悪巧みができるものだと感心する私を前にしてアンジェラは断言した。
「はっきり言いますね。
このやり口、相手は確実にお嬢様を真似ています。
ここ数年で最もハイリターンを叩き出したお嬢様の手法を、他のヘッジファンドが真似しだしたんですよ」
「『米国の強さは、物事に対する解析能力とそのマニュアル化。
これができるからこそ、米国は多種多様な移民を組み込むことに成功した』。
カリンがそんな事を言っていたわねー。
つまり、私も解析されたと?」
「もちろんです。
彼らもプロなんですから。
最もリターンを叩き出したトレーダーを真似るのは当然でしょう?」
微笑むアンジェラがその後こんな言葉を付け足した。
「この件でそのカリンにも来てもらう予定です。
ちょっと、面白い話を聞いたのでお嬢様のお耳にも入れておこうかと」
「この件、富嶽放送が潰れても儲けが出る仕組みの一つに『電波』があるんです」
その電波を扱う通信会社の副社長をやっていたカリンの言葉は重たい。
私もアンジェラもよく分かっていなかったので、カリンは噛み砕いて説明をする。
「現在この国では、地上波デジタル放送に移行する為に、各放送会社は巨額の投資を迫られています。
その地上波デジタル放送に移行すると、今まで放送が使っていた電波が空くんですよ」
その一言でピンときた。
これからその電波は爆発的需要によって凄まじい奪い合いが発生する事を。
携帯電話によって。
「という事は、この件の背後にいる連中は……」
「外資系メディア。これは簡単です。
潰した後で黒船よろしく出てくるでしょう。
規制回避の為に国内企業と手を組むでしょうが、真っ先に候補に上がっているのは、お嬢様。
つまり桂華グループです」
アンジェラが断言する。
その絵図面に納得せざるを得ない私が居た。
「そして、外資系携帯通信企業もこの国に参入したくてうずうずしています。
会社でなく先に電波を抑える事で、主導権を握るつもりなんでしょう。
もちろん、最有力提携候補は、お嬢様。
つまり桂華グループです」
カリンも断言する。
彼女の絵図面もまた私は納得するしかなかった。
「で、アイアン・パートナーズが仕手戦に巻き込もうと企んでいるのも、私と」
「「そのとおりです。お嬢様」」
私のツッコミに、二人がハモる。
わかりたくなかった。こんな仕掛けを。
「あの話はした?」
「これからするわ」
アンジェラとカリンの二人のやり取りの後、二人がとんでもないことを言い出した。
「米国で最新鋭のトレーディングに用いられるスパコンが十数台行方不明になっているんです。
買ったのがバミューダ諸島のペーパーカンパニーで、米国諜報機関が行方を追っています。
このスパコン、例の9.11で大暴落の途中から『買え』と指示した最新版なんです」
アンジェラの話に首をかしげる私に、カリンが補足してくれる。
その荒唐無稽に聞こえるようで、確実に起こるSFみたいな未来を。
「チェスでコンピューターが勝つようになった21世紀。
ある一定のルール下では、人間の思考をトレースできるのではという研究が、欧米の研究機関で行われていました。
お嬢様。
もしかしてですが、この仕手戦の相手は、お嬢様の思考をトレースしたスーパーコンピューターなのかもしれません」
放送免許取り消し
本当にやるとは思っていなかった……前例ができるとフィクションでもやってもいいよね? (泣)
地上波デジタル放送
これの巨額投資でメディアは巨額の投資を迫られ、ライブドア騒動の遠因になっていたりする。
コンピューターVS人間
1997年ディープ・ブルー対ガルリ・カスパロフ
ここから将棋にて人がコンピューターに負ける未来がやって来るとは……




