パンドラの残滓 その1
アイアン・パートナーズの訴訟の詳細はその日の夜には私の元に届けられた。
色々と見えてきたものとわからないものが混在しながら、私は現地のアンジェラと電話で話す。
「思ったのだけど、何で米国で訴訟なの?
樺太案件ならば、東京でやればいいじゃない?」
「一応ロジックとしては、訴訟対象の債権がドル建てなんですよ。
うちの国の通貨使っているなら、うちの法律適用しろってロジックですね。
建前としては」
「じゃあ、本音は?」
「自分の有利な場所で裁判を起こすために決まっているじゃないですか。
米国法律を詳しく知っている高額弁護士を雇って喧嘩をするのですよ。
負けるわけないじゃないですか」
すげーぶっちゃけやがったぞ。おい。
苦笑しようとする私にアンジェラがこの世界の真実を教えてくれた。
「それに、この世界米国を抜きにして経済活動は行えません。
それが分っているからこそ、この国で訴訟して勝って、強制執行を勝ち取るんですよ」
詰まる所、彼らが米国で訴訟をする本当の理由はここにある。
無関係と突っぱねても、米国との経済取引ができなくなったら困るのは相手なのである。
「ちなみに、この手の裁判の殆どは、米国と英国にて行われています。
国際金融のハブだからこそ、そこでの判決は国際経済という執行力を伴うんですよ。
主に第三世界の発展途上国を相手にこの手の訴訟がたびたび行われてきました。
で、厄介なのが、その手の国もまともに返そうとしなかったんですよ。
私からすれば、どっちもどっちですね」
借りた金を返すというのはこれらの国にとって常識ではない。
特にこの手の国かつ独裁国家ならば、まず己の私腹を肥やして返す訳がないという所までデフォである。
ふと、気づいた事をアンジェラに漏らす。
「アンジェラの言葉だと、この国が発展途上国のように聞こえるのだけど?」
「まぁ、本土はともかく、樺太はまごう事なき発展途上国だと言っていいと思いますよ。
元社会主義国で非効率経済に腐敗と汚職、そしてそれを覆い隠す地下資源。とどめに核まで持っていました」
そう言い返されると何も言えない私が居た。
おまけにそんな彼らの多くが不逮捕特権で法から守られている。
樺太の核を取り除いたのは、決して米国の事情だけでなかったという事だ。
「とりあえず理解したわ。
という訳で、日樺資源開発に起こされた訴訟の事を詳しく教えて頂戴」
「はい。
まずは前提条件ですが、日樺資源開発は民事再生法を適用し、現在桂華資源開発が救済に名乗りを上げています。
民事再生手続きは地裁に提出されており、債権者向け説明会は行われています。
桂華資源開発による救済を前提にした再生手続きは強硬な反対もなく認められており、再生手続は開始されています。
そんな中での今回の訴訟です」
「負債二兆円だったかしら?
これをどういう形で処理し、アイアン・パートナーズは何処に噛みついたの?」
「噛みついたのは、二兆円の内のドル建て債の100億ドル分ですね。
2002年に十年社債を発行しています。
これ、どこかのお嬢様がウォール街で大暴れした穴埋めだそうですよ。
この社債を、彼らは83億ドル分を所有していると主張しています」
「……」
アンジェラのチクりに何も言えない私。
私が勝ったという事は誰かが負けたという事で、負けた以上はその穴埋めを迫られるのがこの世界だ。
アンジェラもそれ以上は追及せずに話を続けた。
「日樺石油開発の債権者は政府系金融機関と樺太銀行・帝都岩崎銀行ですね。
七割の債権放棄で話がついているはずです」
「ん?
ちょっと待って。
二兆円の七割の債権放棄よね。
どういう比率か分からないけど、それおかしくない?」
二兆円の七割削減ならば、六千億円。
単純に半分で割ってもドル建て債は30億ドルである。
債権放棄という事は、債権者の一方的な意思表示で債務の一部もしくは全部の返済を免除する事で、その免除された債権は消滅する訳だ。
大手金融機関が債権放棄をすれば、他の金融機関から残る債権を格安で仕入れたとしても、アイアン・パートナーズが83億ドルもの債権を持っているというのがおかしい。
「どうも、日樺石油開発の連中、債権を水増ししていたらしくて」
「はい?」
「社会主義国の弊害と申しましょうか。
数字があいまいと言うか、おおらかと言うか、そのくせ面子を大事にせざるを得ないから、ウォール街にとってとても良いカモだったと……」
「おーけい。わかった」
アンジェラの言葉に頭を抱え込む私。
探れば出て来るわのろくでもない闇の部分。
深く深くため息をついて、私は感想を漏らした。
「そりゃ、マネーロンダリングに手を出すわね」
「ええ。
樺太銀行も国有化されてから少しずつ浄化されてゆく過程で、どうしてもこの手の取引をするのが難しくなっていました。
マネーロンダリングは彼らにとって格好の収益源だったでしょうから。
で、その影の部分を日樺石油開発に背負わせたと」
アンジェラの言葉は淡々としており、食うか食われるかのウォール街の常識というものを言下に教えてくれる。
という訳で、ここからが本題だ。
「で、これにうちが、桂華資源開発はどう絡むの?」
「民事再生手続き中ですが、この件を理由にスポンサーを降りるという事はできると思いますよ。
その場合は会社更生手続きなり、破産手続きなりになるでしょうが、樺太の地下資源がありますから誰かが食いつくでしょう」
「降りなかった場合は?」
「アイアン・パートナーズと戦うのはお嬢様という事になります」
アイアン・パートナーズは日本では富嶽放送のTOBを仕掛け、米国では日樺石油開発に対して訴訟を起こす。
彼らの利益が何処にあるのか、私はまだ絞り切れていなかった。
貸した金返せよ
「金ありません」 (不正蓄財たんまり)
「わかった。タンカー差し押さえるわ」
こんなことが実際にあったりするから、この世界闇が深い……
『国家とハイエナ』 (黒木亮 幻冬舎文庫)はマジお勧め。
という訳で参考リンク
https://globalnewsview.org/archives/8972
https://toyokeizai.net/articles/-/145898
民事再生手続き
https://www.businesslawyers.jp/practices/716
債務を整理して桂華資源開発が救済合併というのが流れなのだが、その途中にアイアン・パートナーズが噛みついた形になっている。
債券の水増し
https://jp.reuters.com/article/column-china-shadow-banking-bonds-idJPKBN14P0DX
この世界本当に何でもありだな……




