やきうの時間外だぁ!!!!!!!
アイアン・パートナーズが富嶽放送に対するTOBを宣言した事で、プロ野球問題はスポーツニュースではなく経済ニュースになり、トップニュースとしてマスコミは取り扱った。
しかも、外国人保有株20%という放送免許が取り消しになる数字はインパクトと共に取り扱われ、名義書き換え拒否などの対抗策があるのにも関わらず、その衝撃は殴られてこなかったマスコミの顔面にぶつけられたストレートという事で派手に騒ぎ立てていた。
「そりゃそうだろうね。
豪州のメディア王が日本のメディアに買収をしかけた過去があるからね。
97年の事だったかな?」
事が事だけにとマスコミの一線に立っていた神戸教授の所に一条絵里香と共に行って話を伺うと、そんな答えが返ってきた。
なお、その時の買収計画は結局のところ頓挫している。
「まだ分かっていないようだね。
この話、詰まる所、君がキーポイントなんだよ」
「私ですか?」
「お嬢様、買わないって言ってませんでした?」
「言ってるけど?」
一条絵里香と二人して首をかしげる。
再三再四宣言し、インタビューでも言っているのに、伝わっていないこのもどかしさ。
私たち主従の疑問を確認して神戸教授はその理由を告げる。
「外国人保有株についてはマスコミ各社も対策が一応されている。
にもかかわらず、外国のヘッジファンドがTOBを仕掛けた。
おかしいだろう?
彼らは金を稼ぐためにこのTOBを仕掛けた。
という事は、最終的にどうやって、TOBの資金を回収して、儲けを出すんだろうね?」
「誰かに売り渡す?」
一条絵里香の答えに神戸教授は満足そうに頷いた。
その上で、神戸教授は指を二本私たちの前に立てて見せた。
「会社を手に入れる場合、51%の株式を握ればいい。
という事は、このアイアン・パートナーズの20%を買えるのならば、あと31%をかき集めるだけでいい。
TOBをするのならば、一気に楽になるだろうね」
つまり、アイアン・パートナーズは当て馬であり、本命が居る事になる。
神戸教授はTVで解説するかのように、今後の展開を予測して見せた。
「20%前後を集めた時点で、おそらく相手側には二つの選択肢がある。
ホワイトナイトとして出て来る相手に集めた株を売るか、第三者面をした本命にその株を渡すか。
桂華院くん。
私はてっきり、君が本命と思っていたんだよ」
「神戸教授も信じていなかったんですかぁ……」
私が実にわざとらしくがっくりと肩を落としたのを見て神戸教授は笑った。
軽口で空気をかきまぜた後、神戸教授の語彙はTVや授業よりきつく、目は真剣だった。
「私ですら君が来るまでこんな風に思っていた。
それぐらい、君が絡んだ古川通信買収劇は鮮やかなものだった。
成功者の虚像ってやつだね。
覚えておくといい」
神戸教授に諭されて視線をそらす私。
あの一連の買収劇は、深く知らない人間からすれば、第三者として桂華グループが古川通信を掻っ攫ったとしか見えないからだ。
神戸教授ならば、あの買収劇の裏側を知っている気もしないではないが、あえてそういう言い方をするという意味を私はしっかりと理解せざるを得ない。
「まったく……私が何でもかんでも買うと思われているみたいで」
「そりゃそうさ。
順調に行けば、君はこの春に数兆円のお金が転がり込むじゃないか。
ファンド連中がそれにどうして目をつけないと思ったんだい?」
「……っ!?
春の桂華金融ホールディングス上場!!!」
真っ先に気づいたのは父親がそこのCEOをやっている一条絵里香だった。
彼女の声に私もハッと気づかされる。
政府からの厄介事としか頭になかったから、綺麗さっぱり忘れていた。
そっかー。お金が手に入るのかー。
「お嬢様。
完全にどーでもいいって顔していますよ」
「当り前じゃない。
今の私、上場で何かしなくても大概のものは買えるお金持ちなのよ」
段々仕掛けが見えてきた。
使う当てもない数兆円というお金がこの春に転がり込んでくる私だが、それは派手な企業買収を繰り広げていた桂華グループに次弾が装填されることを意味する。
そして、タイミングを計ったかのように、プロ野球球団だけでなくTVに新聞という一大メディアグループの親会社的立ち位置にある富嶽放送にTOBが仕掛けられる。
富嶽放送側が私にホワイトナイト役を頼むか、アイアン・パートナーズ側が私に売りつけるか、どちらにせよ、今の私が無関係を主張しても誰も信じない。
「失礼します。お嬢様」
ドアがノックされてゼミ室の前で控えていたエヴァが入ってきて、私に耳打ちする。
こういう感じで耳打ちされるニュースが良い話であるはずなんてない訳で。
「すいません。教授。少し失礼します」
「電話なら、奥の書斎を使うといい。
防音までは勘弁してほしいから、聞かれても困らないような話し方をお願いするよ」
神戸教授の了解を経てエヴァと共に奥の書斎へ。
電話の相手はニューヨークのアンジェラだった。
「スカベンジャーがやっと動きました!
ニューヨークの連邦地裁に破綻した日樺石油開発の債権の支払いを求めて提訴したんです!!」
「月光投資公司が?」
私の確認にアンジェラは数瞬の沈黙で否定する。
とはいえ、その名前が出てくるのを想定しなかったと言えば嘘になる。
「いいえ。
アイアン・パートナーズが」
豪州のメディア王
ルパート・マードック。
彼が97年にテレビ朝日買収を仕掛けたがついに失敗に終わる。
このIFも面白そうなんだよなぁ。
メディア側のトラウマの一つ。
使う当てもないお金
ファンドにとって、これほど敵視しているお金はない。
彼らの辞書には「集める」と「使う」はあっても「貯める」という言葉がないのだろう。
かくして、タンス貯金を狙って外資が派手に営業をかけていたのがこの時期である。
何でニューヨークの連邦地裁?
ヘッジファンドVSアルゼンチンのオマージュ。




