書籍批評『オホーツク海大決戦 戦艦大和VS大怪獣』
エゴサちからの全力
90年代の仮想戦記ブームにはある種のお約束があった。
一つは『戦艦大和が出ている事』。
一つは『ゼロ戦が活躍する事』。
最後の一つは『荒唐無稽である事』である。
戦艦大和が活躍するのは、ある意味海洋国家たるこの国の戦略条件である制海権に関わっており、ゼロ戦の活躍はその大和が活躍するための前提条件である制空権に関わっている。
つまり、文章構造における起承転結の結が『戦艦大和の主砲で海戦勝利』であり、転が『海戦前のゼロ戦大活躍』で決まっていると言ってもいい。
そうなると、どうやって転結部に繋げるかとなる訳で、当初は歴史的及び史実的なIFだったものが、大量出版の過程を経て最終的にはネタが被らないように荒唐無稽な展開にせざるを得なくなっていったのである。
もちろん、それを非難するものではない。
官能小説と同じくお約束――官能小説の場合は濡れ場――を書いておくならば、物語については何を書いても許される自由さがあった。
口の悪いものは『ただの大喜利じゃねーか』と言うが、その大喜利で読者を掴めるならば、それは作者の勝利であり、物語で引っ張り込まれたのならば、あえて強調しよう。読者の敗北なのである。
という訳で、今回は少し昔に出た仮想戦記百花繚乱時代の一冊を紹介しよう。
『オホーツク海大決戦 戦艦大和VS大怪獣』という作品は、戦場がオホーツク海であり大怪獣と戦艦大和が活躍するという、タイトルで物語の大部分が分かる仮想戦記である。
物語は、生物化学兵器を搭載していた米国原子力潜水艦がオホーツク海で事故を起こして沈没する場面から始まる。
その生物化学兵器が放射能を浴びて大怪獣に、という至極わかりやすい設定であり、それを戦艦大和で退治するというストーリーになっている。
ただ、この本が他の仮想戦記と違う所は、この荒唐無稽さとお約束を満たしながらも当時の社会情勢をシミュレートした所にあり、ポリティカルサスペンスの一面が出ている所だろう。
時はベルリンの壁崩壊から湾岸戦争を経て東側諸国が崩壊に向かう時代であり、何が起こってもおかしくない緊張と、冷戦勝利が何をもたらすかを分かっていない世界のリアリティーが、魅力たっぷりに書かれていたのである。
「分かっているのですか?
北日本を掣肘するはずだったソ連はもう崩壊しているんですよ!
北日本がソ連から接収した核サイロを用いてあの怪獣を攻撃した場合、その報復として我々は樺太を米国の核で焼くかどうかの選択を迫られるという事です!!」
本文中の日本政府内調室長の言葉には、当時のリアリティーが十二分に込められていた。
東側の、特にソ連のドクトリンは砲兵主体であり、つまり『初手最大火力を全力で』という考え方は最大火力である反応兵器を全力で敵にぶつけるという事であり、大怪獣にかこつけてその反応兵器を日本本土に『誤射』する可能性を問うていたのである。
そして、この時の日本政府が北日本に融和的な左派連立政権だった事が事態の混迷に拍車をかける。
保守政党が左派政党を引き抜いての連立崩壊で政権奪還を狙う中で、求心力維持に統一戦争を日本政府からしかけるという誘惑にかられる首相や、経済大国に成り上がり『米外交からの自主独立』を視野に入れだした日本に、己の不始末を帳消しにするため統一の名目で荒廃した樺太を押し付けようとする米国の謀略が実にリアルに描かれている。
「なるほど。
我々は、南の連中と戦う前に、秘密警察と一戦せねば戦争すらできないという訳だ。
で、政治的に不利な我々は何を錦の御旗として掲げれば良いのかね?」
「首相のご子息は既に秘密警察が手中に収めています。
だったら、別の旗を持ってくるしかないでしょう」
「ほほう。
南日本から皇族にでも来てもらうかね?」
「良い考えですが、南日本の連中は乗らんでしょう。
ところで、ご存じですか?
秘密警察の連中、対ロシアへの備えとしてロシア皇族を抱えていたとか。
それを立ててロシア帝国復活を掲げれば、米国は我が国がロシアの核の傘に逃げ込もうとすると錯覚するでしょうな」
軍首脳部を前に実質的な現場総司令官である空軍元帥がそれを言うという所に、クーデターの異常さと狂気が書かれている。
彼らも生きる上で必死であり、それゆえに狂気こそが正解だったという歴史の救えなさがえぐい。
当時の混迷は日本政府よりも北日本政府の方が深刻だった。
東側諸国崩壊に伴う経済の低迷、大量流入した難民問題と長期政権を築いていた首相の容体悪化は、後継者争いの激化の上に軍と秘密警察の激突という最悪の事態に発展しようとしていた。
我々の知る史実では、この時秘密警察のカウンタークーデターによって北日本政府が崩壊に向かったのだが、この物語ではロシア皇族を錦の御旗に軍がクーデターを決意し、全権を掌握した軍が大怪獣排除を名目に先制反応弾全面攻撃を決意する。
怪獣映画お約束の核反応抑制冷却弾によって海底で永久に眠らせる作戦を立てオホーツク海に侵入する自衛隊と米軍の合同艦隊に対して、北日本空軍及び海軍が阻止の為に全力出撃する。
そして、豊原の空軍基地では戦術反応ミサイルで爆装したTu-95がMiG-29の護衛をつけて飛び立とうとするシーンがこの物語のクライマックスである。
近代化改造されてイージス戦艦として生まれ変わった戦艦大和は、東側ドクトリンの集大成ともいえる対艦ミサイル集中飽和攻撃から日米合同艦隊を守れるのか?
オホーツク海の空で、新鋭自主開発戦闘機F-0Jこと新ゼロ戦は反応弾攻撃を阻止できるのか?
そしてオホーツク海の大怪獣はどう動くのか?
世界は、この事件をどう歴史に変えてゆくのか?
最後はぜひ読者の皆様の目にて確かめてもらいたい。
なお、この本は後にマニアな人気が出て古書店にてプレミア価格がつけられているので、入手には少々の経済力が必要な点が唯一の欠点と言えるだろう。
という訳で、時期を逃したけど某所二次創作のお礼です。
本当に感謝。




