避難訓練 その3
統一前の怪獣映画の一幕
「放射能を食べる?
そりゃあいい。
反応弾をたらふく食わせてやれ。
風船よろしく食い切れずに破裂するだろうよ。
どうせ汚染されるのは資本主義者の土地だ」
とか言いそうなのがまた……
茅場町の桂華金融ホールディングス本社に到着したのは、九段下桂華タワーを出発してから30分後の事である。
急ぐよりこっそりが優先された船旅は無事に茅場町のビルに入る。
で、ここから一度状況を確認する事になる。
「このまま何も考えずに羽田じゃないの?」
「羽田だと、空港が混むので離陸に時間がかかる事があるんですよ」
エヴァが状況を確認するが、マスコミ連中はここまで追っかけて来てはいない。
一方で九段下駅では、ついにやってきた特別列車を撮影しようとする一団と、私が居ないのに気づかないマスコミ連中が派手に揉めていた。
そろそろ駅内部の迷惑行為で逮捕できるんじゃねーかと思うのだが、私の内心を知ってか知らずかアニーシャが今後の方針をエヴァと話している。
「お嬢様の言うようにこのまま羽田に向かう?」
「緊急時ならばそれだけど、今回は訓練なんで羽田の枠が確保できていないのよ。
とりあえずは新木場かしら」
世界有数の混雑を誇る東京国際空港こと羽田空港。
さすがに避難訓練の為に緊急便枠をこじ開ける余裕はなかった。
つまり、新木場の東京ヘリポートからヘリという訳だ。
「ここに来てヘリなの?」
「今回の訓練において、テロリスト勢力の人数は数人という想定で行っています。
テロリストが襲撃する場合、その選択肢の少なさはこちら側の武器になります。
九段下のヘリポートは狙われる可能性がありますが、逆に言えば九段下とゴールであろう成田空港以外に戦力を配置する余裕はないとも考えられるんです」
「これに鉄道という選択肢が入ります。
テロリストは九段下周辺のビル屋上、九段下駅、羽田空港、成田空港の四ケ所に戦力を置かないといけなくなりました。
ここまで規模が大きくなると、テロリストといえども痕跡が残るんですよ。
移動、宿泊先、武器調達から受け渡し。
それは事前捜査で痕跡を捕まえる事ができます」
私の質問にアニーシャが返事をしてエヴァが苦々しそうに付け足す。
重たい言葉は、それが失敗体験から来ているから。
その失敗を糧にする米国という強さを示していたから。
「我々は、9.11でそれを学びました」
と。
茅場町から新木場への移動は二手に分かれて行われた。
先行するボートにアニーシャと側近団のイリーナ・ベロソヴァとグラーシャ・マルシェヴァが先行する。
残りはエヴァの指揮の元、私と共に後続の船で行く。
「ボートハウスは相変わらず多いわね」
「これでも減ったそうですよ。木更津の箱舟都市に移住しだしたとかで」
私のぼやきについていたエヴァが返事をする。
湾岸開発は新宿ジオフロントと新常磐鉄道地下鉄区画で発生した土砂を用いて急速に進められていた。
そこで働く労働者は3Kという事もあって樺太出身者が多く、彼らはボートハウスから卒業していたのだが、樺太からやってくる人たちが彼らの穴を埋め続けていていたちごっこが続いていた。
「九段下に送ったヘリは装甲兵を連れて先に新木場のヘリポートの警備をさせています。
また、九段下駅を臨時列車が出発しました。
30分後には西船橋駅に到着する予定です。そこで分割して成田空港に向かいます」
マスコミ対策と囮を兼ねて、顔を隠して変装した橘由香と秋辺莉子と劉鈴音が特別列車に乗り込んでいる。
『訓練なのに本人出てくる訳ないじゃないですか』というマスコミ向けの嫌がらせであるが、メイドとお嬢様らしい服を着た少女が撮影できるのならそれでいいやという連中もいたそうで、この国は平和である。
「で、我々もヘリで成田空港に行く訳ね」
「いいえ。成田には向かいませんよ。
言ったじゃないですか。
成田はテロリストが居るかもしれないゴールだって。
わざわざ前回みたいに突っ込んでどうするんですか」
エヴァの否定に私の頭の上に『?』マークが浮かぶ。
声はいつの間にかこぼれていた。
「だって、北海道行くんでしょう?
まさかヘリで北海道?」
それはちょっと遠いなと思った私にエヴァはやっと目的地を告げたのだった。
「お待ちしておりました。お嬢様」
茨城県航空自衛隊百里基地。
まだ茨城空港が開港していない純粋な自衛隊基地に私の乗った武装を取り払った民間用Mi-24が着陸し、出迎えてくれた自衛隊員が敬礼する。
テロリストを想定した壮大な鬼ごっこのゴールは、テロリストが突っ込むにはリスクが高い自衛隊基地に逃げ込むというのが答えだった。
空自の基地だけあって、私のビジネスジェットも問題なく離着陸できるというのがすばらしい。
「訓練なのに、随分力入れているわよね。
どこまで協力のお願いをしたのよ?」
私の呆れ顔にエヴァが淡々と答える。
その視線の先には私を千歳基地に運ぶB737-700ERが離陸準備を整えていた。
「最初は米軍基地まで運んで、軍用機で北海道にという計画でした。
さすがにそれはという苦情が日本政府側から出まして……」
日本側の暢気さというか、米側のガチさに私は苦笑するしかなく、そのままビジネスジェットによって北海道の地に旅立つ事になったのである。
オチ
『お嬢様のバカンス 桂華院瑠奈公爵令嬢北海道に降り立つ!
写真は新千歳空港駅の臨時列車に乗るために移動する桂華院瑠奈公爵令嬢……』
さすがパパラッチ。
最後の最後、千歳基地から新千歳空港駅に向かうコンコースでやられた。
しかも隠し撮りされたものらしく、あの場の誰がパパラッチなのか分からなかった始末。
エヴァもアニーシャも激怒したのは言うまでもない。
パパラッチ
逃げるなら北海道だよなで新千歳便を押さえる。
水路からヘリで百里と遠回りしている間に羽田から新千歳へ。あとはそこで張り込み。
管轄が自衛隊から北海道警及び北樺警備保障に切り替わる空港コンコースという運も味方した。




