避難訓練 その2
某怪獣映画の一幕
「化け物め!
この大和が簡単に沈むものか!!」
こんなネタを用意していたのに……
避難訓練当日。
予想外と言うか案の定と言うかトラブルが発生した。
「さっさと蹴散らしなさい!」
「けど、向こうも報道の自由を前に出してきている以上は……」
避難訓練をイベントと勘違いしたマスコミ連中が集ってきたという報告に、今回の訓練指揮官である北雲涼子さんが無線に怒鳴る。
たしかに、アンダーグラウンドに情報を流したのだろうが、これをイベントと解釈して取材陣がやってくるのはエヴァやアニーシャにとって想定外だったらしく、頭を抱えたくなりそうな顔しているのが傍目からも分かる。
「まぁ、これも起こりうる事態という事で。
訓練は続行します。
マスコミの皆様への対処もよろしくね」
私の一言の翻訳、『私が顔を出すことなく追い払え』を理解したエヴァは、訓練に参加している警視庁警護係に連絡する。
前任者の夏目警部が九段下交番所長に異動したので警護係の動きがとても鈍くなっていた。そのあたりもマスコミに突かれた理由なのだろう。
なお、夏目警部は交番の業務の範疇でマスコミを抑えているが、たまたま近くで発生した交通事故処理で人手を取られたらしく、そこを突いたマスコミが一枚上手というかなんというか。
「で、今回の訓練は北海道の夕張まで行く事になるのだけど、どうやって行くの?」
なお、訓練の移動方法も私には教えられていないので、結構楽しみだったり。
アニーシャはいくつかの紙を見ながらルートを私に説明した。
「まず、ヘリは使いません」
「ヘリポートあるのに?」
私の居住エリアは九段下桂華タワーの最上階エリアだからヘリというのは移動が一番楽な手段である。
なお、今回の訓練において既に何人かが屋上のヘリポートを見張っていた。
「ヘリでの避難だと相手がミサイルを持っていたら墜とされるんですよ。
隣接するビルからヘリを撃てる武器を構えられたらおしまいです。
緊急かつ追い込まれた際の手段ではありますが、これは使いたくないんですよね」
なお、高所に拠点を構えた際の心理的トラップとして、このヘリポートからテロリストがやってきたら瞬く間に制圧されるというのがある。
相手がヘリを持っていた場合というのも想定する訳で、ヘリポートの警戒は周囲のビルの見張りと共に行われているとか。
「それでも、敵に選択させる為にヘリには来てもらいますけどね。
ヘリには追加の警備員と物資を搭載してもらっています」
物資である。武器と言ってはいけない。
避難はするが、ここは私の家であり城なのだ。
ならば、落城なんてもってのほかという事なのだろう。多分。
「じゃあ、前みたいに電車?」
「一応走らせますよ。今回も。
ただ……」
アニーシャが口ごもる代わりに、ノートパソコンを開いていた野月美咲がちょいちょいと私を手で呼ぶ。
行ってノートパソコンを眺めると掲示板のスレが映っていた。
「『お嬢様列車の運行を見守るスレ』……これ全部ばれているじゃない!?」
「情報隠しませんでしたからね。
特に地下鉄東西線を走らせる場合、どうしてもスジ屋さんに臨時ダイヤを引いてもらう必要があったので。
待機している深川車両基地にもカメラを持った人たちがうろうろしているとか」
野月美咲の説明に頭を抱える私。
安全に逃げるというのがどれだけ難しいのか実感してしまう。
「たしか予定では西船橋駅で分割してという予定だけど、こればれそうよね?」
「というより、地下だから逃げ場がないのが問題ですよね。
東陽町駅までの間に自爆特攻されたら終わります」
ノートパソコンから目を逸らした私は逃走の基本に立ち返りその手段を口にしてみた。
「じゃあ、車?」
「駄目です。
迅速に逃げられません」
即座に否定するエヴァ。
都市部の渋滞に巻き込まれた場合、迅速な避難なんて夢のまた夢だ。
「と、いう事は……」
「はい。お嬢様。船を使いましょう」
九段下桂華タワーの下には九段下駅がある。
その九段下駅では地下鉄東西線と地下鉄半蔵門線が交差している他に、都営地下鉄新宿線の駅もある。
その都営地下鉄新宿線のホームまで降りて関係者通路を進む。
「よくこんな通路作ったわね」
「九段下のビルから日本橋川までおよそ百メートル。
工事の許認可権を持っていた都知事には色々便宜を図って頂きました」
説明をする中島淳隊長の側で警戒する強化外骨格兵が三人。
三人とも赤外線ゴーグルを使用しているのか強化外骨格の目が赤い。
地下鉄の駅設備のように見せた私の逃走経路にどこまで力を入れているのやらと苦笑するしかない。
ハンドサインで中島隊長が指示を出して、日本橋川桟橋への扉を開く。
その扉も水害対策名目で装甲扉になっていた。
「安全を確保しました。
お嬢様。船へ」
桟橋につけられた防弾装備の船に乗り込む。
乗ったのは、私と橘由香以下の側近団とエヴァとアニーシャである。
「残りは?」
「みんな乗るとばれるじゃないですか。
川を下って茅場町の桂華金融ホールディングス本社に向かって、そこからまた判断するつもりです」
船が静かに桟橋を離れ、私たちは九段下を去った。
世の上流階級はこんな苦労をするのか。
口に出そうとした私は代わりにため息をついてつかの間の川下りを楽しむことにした。
交番の限界
地域全体を見るから他所で事件があるとそっちに人手がとられる事がある。
この手ので厄介なのが他所の事件を善意の第三者として報告するケースで、交番の余力がそこに割かれる事に。
なお、麹町警察署副署長に昇進した小野警視が夏目警部を守る形になっているのもポイント。




