神戸教授のおとなの社会学 『財閥形骸化論』
実は桂華グループ側のアラームトラップ
「ああ。あなた方ですか。
例の物はできているかって?
できていますよ。こっちが説明用のレポート。
これと同じのがこのディスクに入っているので一緒に渡しましょう」
先に封筒にディスクを入れて彼は説明を始める。
「という訳で、説明の前の確認を。
オファーは『日本の封建的組織が企業社会においてどう機能するのか?その組織的運営の考察』ですが、この国は華族という封建組織が未だ存在しているので、その組織をどう会社組織に馴染ませるかという所から始まっています。
それについては話は簡単で、会社組織を一つの家、つまり国として考えます」
ホワイトボードに丸を書いて彼は説明を続ける。
「細かな事はレポートに書いているので省くとして、その段階で封建領主たちはどのように扱われたか?
これもある意味日本的ではありますが、実権を握る所とお飾りになって家老、つまり重役連中の合議によって運営する所に分かれたのです。
実権を握った家がまぁ財閥と呼ばれる連中の初代と考えると分かりやすいですね。
全権が当主に集まるから、その当主のカリスマと才能でどこまでも伸びるし、どこまでも落ちる。
で、これに普通の人はついていけなくなります。
毎回命がけのギャンブルを続けて行う事をよしとする一般人は、すでに一般人ではないんですよ。
かくして、カリスマ当主と一般人重役の間で対立が発生して……カリスマ当主が踏ん張っている間は勝つが、世代交代なんかであっさりと重役の方が主導権を握ってしまう訳です」
書いた丸に矢印とその先に書いたのは『銀行』。
資本の論理というやつだ。
「財閥当主の象徴化において、多大な働きをするのが金融機関というか銀行です。
財閥の機関銀行からの脱却を求められた結果、財閥本家の影響力から脱しやすくなりました。そして、財閥から企業グループ化の流れにおいて、この銀行が企業グループの代表になったのはもちろん金の流れを押さえているからです。
財閥一族の支配、特に株式保有について、代替わりにおける遺産相続と相続税によって財閥一族が形骸化してゆくように作られているのはこの設計者の妙と言いたくなりますね」
書いた丸に『家』と書き、今度は別の矢印と『青い血』と書く。
少なくとも彼はこの仕組みに感心していた。
「この形骸化において便利だったのが華族を中心とした青い血です。
稼いだ初代から次代に向けて形骸化する場合、青い血を入れて祭り上げるのは常套手段です。
もちろん、祭り上げて害にならない程度に財閥一族家を支援するだけでなく、その一族に連なる事、つまりは婿養子で他所の優秀な血を継続的に入れるという訳です。
江戸時代からの伝統的な商家財閥である二木家や淀屋橋家はこうやって家を維持発展させてきました。
また、国策と共に歩んだ岩崎財閥はその関係から徹底的に国の影がちらつきます。
岩崎本家が男爵家なのに対して、その一族に群がる窮乏した華族は伯爵家や侯爵家だというのは貴方方も調べているのでしょう?
ついでに、今、話題になっている樺太華族の経済的支援のスポンサーがここという事も。
このシステムが構築された際に岩崎家がそのモデルケースになっているのはある意味必然とも言えるでしょうね」
ここで彼はいったん言葉を区切る。
相手がレポートを確認して理解しているのを確認して本題に入った。
「では、こういう封建的組織と近代株式会社組織の融合という所ですが、これに多くの財閥は失敗した。
理由はいくつかあって、バブルの傷跡を埋めるために保有株を売り払ったというのもありますが、財閥の世代交代で相続が発生し、それがバブル期と重なったのも痛かった。
莫大な相続税が請求されて、払いたくてもバブルは崩壊、という訳で、地方中堅財閥を中心に財閥が没落。岩崎・二木・淀屋橋といった巨大財閥も財閥支配ができずに企業グループ化の道を進みつつある。
尤も、これは盛者必衰の理というもので、沈むものが出れば浮くものも出てきます。
ITで財を成した新興企業が財閥化の動きをみせている、いや、私に頼んだのだからはっきりと言葉にしましょう。
桂華グループの財閥化は現在順調に進んでいるように見えなくもない」
彼は『桂華院瑠奈』と書いてその下に台形を書いた。
普通の財閥の説明ならば、彼女の名前の下に書く図形は三角形だという事を相手が理解しているのを確認して説明する。
「つまる所、桂華グループというのは桂華院瑠奈という天才によって作られた『財閥みたいなもの』です。
この『みたいなもの』という所がポイントで、IT及び資源で築き上げた莫大な富によって、グループの資本関係は整理されて唯一の株主として君臨する桂華院瑠奈に集められている。
それが実はウィークポイントなんです」
彼はボードに三文字の漢字を書く。
『未成年』。
この三文字の漢字によって、桂華グループは財閥への道を歩みだしていない。
「未成年。
つまり、子供であるという一点において彼女は全権を行使できない。
未成年という事で、執事の橘隆二桂華鉄道会長及び、一条進桂華金融ホールディングスCEO、藤堂長吉桂華商会社長の後見を必要とするんです。
彼女はこの三人を切れない。未成年である今はね」
桂華鉄道・桂華金融ホールディングス・桂華商会の会社をその台形の所に書いて、その後で桂華電機連合の文字を少し離れた所に書く。
「一方で、桂華電機連合は彼女が連れてきたカリン・ビオラCEOが仕切っていますが、同時に帝国電話という巨大な親がいます。好き勝手は出来るが、帝国電話相手に義理を通さないといけない訳で。
この状況で、桂華グループを財閥と形容はできないですね。
というのが、私の結論です」
レポートを封筒に入れて、代わりに報酬の入った封筒を受け取る。
簡単な講義の割に入った札束が厚い。
「しかし、妙な依頼ですね。
こちらと桂華グループの縁を知っていながら、守秘義務規定を設けなかった。
流す事は知っているでしょうに、流してもいいと来たもんだ」
もちろん、その理由も分かっている。
彼らの依頼の本当の理由は彼の影響力の確認にあるのだ。
彼の言葉が桂華グループ中枢に、桂華院瑠奈に届くのか?
その確認のために彼らは惜しむことなく札束を手渡したのだ。
だからこそ、その期待に応えなければならない。
彼らが帰ったのを確認して、彼は受話器を取って、かつての生徒に電話をかけた。
「もしもし。一条絵梨花さんですか?神戸です。
橘さんに繋いでもらえないかな?
ああ。橘さん。お久しぶりです。神戸です。
この間あった妙な依頼ですが、今、終わった所で一応報告をしておこうと思いましてね。
依頼主は月光帝都興産で……」
教授の副業
大学にもよるが企業から専門知識を求められて、その協力の報酬をというケースは結構あったりする。
なお、現金NGの所は人、つまりゼミ生就職斡旋という形もあったり。
地方の大学でうまく就職斡旋ができている所は、このあたりのつながりがかなり強い。
機関銀行
別名財閥のお財布。
その財閥とビジネスを集中的に行う事で発展したが、財閥が傾けば銀行も倒れる事を意味していた。
かくして、日本の戦後、財閥が企業グループ化する過程でこのあたりは切り替わったのだが……




