打算と陰謀の連立方程式
ここ最近の仕掛けのネタバラシ回
コピー紙を一枚手に取って、ペンで書き書き。
書く事で状況が整理できるというのはあながち間違いではない。
現在水面下で動いている状況は、それぐらい複雑怪奇になり果てていた。
「まずは、今回の件の発端となった帝興エアライン。
破綻した事による保険の支払いこそがスカベンジャーたちの狙いって言っていたわね……」
第三者が帝興エアラインが破綻する方に賭けて、その破綻する方向に状況を動かした。
その第三者、おそらくはスカベンジャーたちは、この破綻による保険支払いで巨万の富を得た。
仕掛けとしては分かりやすい式だ。
問題はここから別の話にリンクしてゆく。
「で、この際に妙な動きをしていたのは月光投資公司。
ペーパーカンパニーの月光帝都興産を使って、帝興エアラインの親会社の一つである東横鉄道株を買いあさった。
更に、月光帝都興産は不良債権処理で苦しみ球団を手放す決定をした関西鉄道株も買った」
ここで世間のニュースは帝興エアライン破綻からプロ野球再編問題にシフトしてゆく。
関西鉄道に続いて解体途中のスーパー太栄も球団を手放すことにしたからだ。
この話が他球団に延焼する。
「更に、帝西鉄道で総会屋への利益供与が発覚。
創業者一族は不逮捕特権で逃れたけど、華麗なる創業者一族のお家争いが勃発してグループ再編は不可避と」
こうやって見ると、帝興エアラインから鉄道会社に視線が変わって……ん?
私は立ち上がって、岡崎に電話をかける事にした。
「ちょっと調べて頂戴。
帝西鉄道とスーパー太永の株を月光帝都興産が買っていないかを」
「その件ならもう調べていますよ。
ちょっと判断に迷ってまだお嬢様に報告をあげる状況ではない情報ですが構いませんか?」
電話越しの岡崎の口調がめずらしく鈍い。
私が促すと、岡崎の迷いの声が聞こえてきた。
「帝西鉄道には月光帝都興産が声をかけていたそうなんですが、取得に失敗しているんです。
おまけに、スーパー太永については手を出していませんでした」
「どういう事?」
「月光帝都興産は、5%以下を目標に東横鉄道と関西鉄道を買っていたじゃないですか。
この規模の買い付けは、大株主を口説き落とすか、大株主が市場に放出するのを拾うかのどちらかなんですよ。
帝西鉄道は政界に強い影響力を持っていた政治案件株です。
大株主たちもそれを知っていたから手放さなかったんですよ。今までは」
「今までは?」
私の質問に、岡崎の口調が戻りつつある。
私が紙に書くように、岡崎も私に話す事で状況の整理ができたのかもしれない。
「総会屋の利益供与発覚は不逮捕特権を用いて逃れたけど、社会的信用は地に落ちました。
おまけに、当主交代に伴うお家争いで、創業者一族内部で血みどろの争いが勃発……そうか。この状況を待ってたんだ!!!」
「ちょっと!岡崎!!
私に分かるように言いなさいよ!!!」
「誰か!
手の空いている連中を警視庁に向かわせろ!
それと、過去の総会屋がらみの事件のデータを全部洗い直せ!!
証券会社経由で帝西鉄道株の売買は逐次報告しろ!
……すいません。お嬢様。
やっと手がかりが見えたものでして。
多分奴ら、今から帝西鉄道株を仕込むつもりです」
「帝西鉄道側のガードが堅いから、暗い所を突いてガードを下げたってわけね。
それについては分かったけど、スーパー太永については仕掛けてないのね?」
「はい。
スーパー太永の解体は、銀行主導で行われています。
優良企業株が多いのでグループ解体でなんとか整理ができる方向に進んでいますが、仕掛けるスカベンジャーから見ればお買い得な企業が売りに出されることになりますので、最初はそれがらみで網を張っていたんです。
ですが、まったく動いていません」
岡崎の電話を聞きながら、私もコピー紙に情報を書き足してゆく。
ボールペンを置いて、折角とばかりに岡崎に尋ねた。
「プロ野球狙いと思っていたけど、町下ファンドはその上のメディアを押さえに来たわね。
岡崎は彼を第三者と定義したけど、スカベンジャーの狙いは何だと思う?」
「奴らがマネーロンダリングシステムの再構築で巨万の富をあげる。あのマークの言葉を信じるならばそれが目的なんですが、破綻処理は基本一発博打なんですよ。
マネーロンダリングシステムには利益より継続性が求められます。
一発博打の繰り返しで焼け野原にした所で、システムとしては不安定なんですよ」
「じゃあ、鉄道株に投資するのはそのマネーロンダリングがらみかしら?」
「前にも言いましたが、だったら50%以上を押さえて買収した方が効率が良いんですよ。
俺だったら、中を綺麗にして再建されるだろう帝興エアラインを救済して、マネーロンダリングシステムとして整備しますよ」
航空業界はとにかく金がかかる産業だ。
飛行機が安くて一機百億からの世界だから、初期投資が巨大であり、だからこそ国ががっつり関与する。
国のおひざ元でマネーロンダリングシステムなんていうのは、発展途上国ならいざしらず、世界第二位の経済大国兼自由主義陣営の国でするのはかなり無理がある。
「じゃあ、スカベンジャーの奴ら5%以下の保有で、何をしたいのよ?」
「一応商法だと、3%でできる事がいくつかあります。
町下ファンドが行っていた株主提案とか、株主総会の招集請求・開催要求とか、あとは会計帳簿を閲覧したりコピーしたりとかもできますね」
「へー……ん?
会計帳簿を見れるの!?」
「見れますよ。そう法律に記載されているので」
東横鉄道、関西鉄道、帝西鉄道に共通しているものは何だ?
この三社に共通して帳簿に記載されているものは何だ?
不良債権と化した土地だ。
「岡崎。
不良債権の土地がらみで政府って何かしていたっけ?」
私の確認に、岡崎は呆れ声で答えを言ったのである。
スカベンジャーたちの本当の狙いを。
「何言っているんですか。お嬢様。
不良債権処理は恋住政権の一丁目一番地ですよ。
真っ先に手をつけているに決まっているじゃないですか。
都市部の再開発を推進する事を名目とした『都市再生特別措置法』が通ったのが2002年。
これが本格的に動き出すのが今年から……」
大手私鉄が破綻しなかった理由の一つが本業が黒字だった事と、東京をはじめとした都市部地価がこのあたりからさげどまりから上昇に変わりつつあったことが大きい。
それを後押ししたのが、この『都市再生特別措置法』である。
なお、当たらずとも遠からずな言い方だが、今の風景である超高層ビルやタワーマンションがこの法律で立てやすくなったというイメージを持ってくれるとわかりやすいと思う。
株主の権利
保有比率でこんなことができる。
ただ、この時代は会社法でなくて商法だったりする。
会社法の成立2005年。2006年に施行。
https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/law-others/06082101commercial.pdf
このあたりが一般に知られるようになったのは、ライブドアとフジテレビの一件からである。




