やきうの時間外だぁ!!!
「『手を組め』ですか。
何に対してなのか伺ってもよろしいので?」
横に座る岡崎が楽しそうに確認をとる。
あ。こいつの大好きなリスキーギャンブルだなと察した私は、ここにいる理由を自認した。
やばくなったらブレーキをかけろという訳だ。
「まぁ、色々と。
我々がそちらに対してお手伝いできる事はたくさんあると思っているので」
「そうなの?」
私はわざと口を挟んで岡崎に質問する。
場の空気をかき回しながらも、岡崎は私に返事する間も町下代表から視線を外さない。
「ほら。
うちはムーンライトファンドから桂華資源開発って形を与えられたじゃないですか。
形を与えられた事によって、できなくなった事もあるんですよ」
「お嬢様には釈迦に説法だと思いますが、ファンドというのは資金を集めて運用する場所です。
だからこそ、ファンドで稼いだ資金は出資者に還元される訳なのですが、現在行われている桂華グループの事業再編において、ムーンライトファンドの立ち位置が面白い事になっていますよね。
そのあたりも我々ならばアドバイスできますよ」
岡崎の返事に町下代表が補足する。
ムーンライトファンドの稼ぎは、まだいくつか保有してある米国ハイテク株の他に、ロシア国債の支払いオプションを利用した原油取引によってもたらされている。
桂華資源開発は、この原油取引によって大きくなり過ぎたムーンライトファンドの為の体とも言えよう。
なお、ハイテク株の管理運用はそのまま桂華金融ホールディングスに任せる事になっており、ムーンライトファンドの関与から離れたという噂の払拭に追われていたり。
「とはいえ、知り合ったばかりで結婚式の式場を決めるのはまだ早いでしょう。
とりあえずお互いを知れるようなお話をしてもらいたいですな」
岡崎が茶化しながら婉曲に拒否する。
ムーンライトファンドは桂華グループの中枢なだけに、私が隣に居るとはいえあくまで桂華商会の子会社社長という立場である岡崎はこれ以上の話の拡大を望まなかった。
その姿勢に町下代表もあっさりと矛を収めた。
「その通りですな。
では互いを知るためのご提案をと行きましょうか」
町下代表は、私と岡崎にそれぞれ分厚いファイルを渡して、こう言ったのである。
「富嶽放送。
欲しいと思いませんか?」
富嶽放送というのはラジオ局なのだが、ここの子会社が富嶽テレビであり、富嶽新聞という日本屈指メディア企業の親会社的立ち位置の会社である。
また、関東のプロ野球チーム二チームの株式を保有している事もポイントである。
「欲しくないと言えば嘘になりますが、そこは私、あくまで桂華商会の一子会社の社長でしかない立場でして。
一子会社社長が買うにしては大きな買い物ですな」
なお、私の一存で遠慮なく兆単位の資金がぶち込めるのがムーンライトファンド……じゃなかった桂華資源開発なのだが、ここでそれを言うまでもないだろう。
どうせ、町下代表もそれぐらい分かっているだろうし。
「たしかに。
今回のご提案は、この富嶽放送をめぐる仕手戦における資金供出のお願いです。
金額は三百億円で三年間。
利率は複利5%でどうでしょう?」
破格なんてものじゃない提案だが、ある種のハゲタカファンド等は派手に金を集める必要があるためにこれぐらいの利率は当り前でつけてくる。
もちろん、しくじったらファンドごと潰れる訳で、貸した資金が返ってくるはずもなく。
エグゼクティブ御用達の、ハイリスク・ハイリターンの財テクと言えよう。
「まぁ、ここで受けましょうと言うには金額が大きすぎますな。
帰って検討したいのですが、よろしいですかな?」
「もちろんです。
良いお返事を期待してますよ」
町下代表と岡崎が握手をしてこの場の会談は終了となった。
帰りの車の中で、とても意地悪そうな笑みを浮かべている岡崎に私は聞いてみた。
「えらく楽しそうな顔をしているわよ。岡崎」
「まぁ、楽しませてもらいましたからね。
手付として五十億ぐらいは出してもいいかなと思うぐらいには」
岡崎は笑みを引っ込めて真顔で私に結論を言った。
「あれ、結局は白ですね。
月光帝都興産の先兵と思っていたのですが、あくまで第三者でしかないみたいです」
わさわざ私を出汁にしての確認の結果としては空振りという結論である。
都内の渋滞道を進みながら、岡崎が続ける。
「うちに資金提供を求める時点で、月光帝都興産と絡んでないと見切りをつけましたよ。
それに、我々と町下代表では見ているものが違います」
「あれ?何か違っていた?」
町下代表の狙いが富嶽放送というかなり大きな獲物なので私は首をかしげる。
それに対して岡崎は指を折りながら、我々の見ていたものを再確認した。
「お嬢様。忘れないでくださいよ。
この件、元々は帝興エアラインの破綻から始まっています。
それに合わせて、東横鉄道と関西鉄道に不思議な買いを入れたのが月光帝都興産です。
関西鉄道の経営危機から球団を手放す話が広がって、スーパー太永がそれに続き、町下ファンドが狙っているのが球団二つの株式を持っているメディアグループの親会社である富嶽放送。
ここを一緒にすると、多分間違えますよ」
「けど、これは一緒に見ちゃうでしょ。
派手に動いているし」
「それは否定はしませんが」
二人して苦笑するが、岡崎の顔色は晴れない。
気になったので、私は突っ込んで聞いてみる事にした。
「じゃあ、何をそんなに気にしているの?」
「月光帝都興産が何を狙っているかが見えないんですよ。
東横鉄道および関西鉄道の5%手前の株式でも結構な投資です。
それでリターンを出す場合の手が浮かばないんですよ」
岡崎とこんな会話をした数日後。
私にとっても町下代表にとっても状況が動く激震ニュースが飛び込んできた。
関東の球団を保有していた帝西鉄道が総会屋に利益供与をしていたとしてメディアが一斉に報じたのである。
『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』(大鹿靖明 朝日文庫 2008年)を読んでびっくりしたのが、村上ファンドは2003年にはニッポン放送株を7.37%保有してフジサンケイグループに対して色々提案しつつ株を買い集めていた事。
最終的に村上ファンドのニッポン放送保有株は18%以上になる。
つまり、あの一連のニュースはプロ野球の後フジテレビではなく、フジテレビの過程でプロ野球が入ったというのが正しかった。
帝西鉄道総会屋事件
これであのグループが完全崩壊する訳なのだが……




