一巻発売おまけSS 裕次郎くんコミュSS 昼休みの道場にて 2023/11/7 投稿
帝都学習館学園初等部では、部活は高学年からの自由参加となっている。
これは、まだ体ができていない子供たちに過度な負担をかけないという理由がある。
とはいえ、自主練習を妨げるほど学園側も野暮ではない。
私がそんな裕次郎くんを見つけたのは、昼休みの道場で正座をしている彼をみつけたからである。
見つけた以上、声をかけてみたくなる訳で。
「こんにちは。
何をやっているの?」
「桂華院さんか。
正座をして瞑想をしていた所」
入口から声をかける。
裕次郎くんは振り向かないが声で返事をする。
扉に手をかけたまま私は中を覗き込む。
裕次郎くん一人しかいない。
「お邪魔だったかしら?」
「構わないよ。
入るならば、上靴を脱いでくれると嬉しいな」
「では、おじゃましまーす」
上靴を脱いで中に入る。
道場は体育館とは違う雰囲気だった。
広い場所に二人なせいか、中は外より冷たい気がした。
何よりも濃厚な畳の匂いが鼻に来る。
少し離れて私も正座する事にした。
「瞑想ってあれでしょう?
目を閉じて精神集中するやつ?」
「そんなところ。
やってみると色々と便利でね。
癖をつけるようにできるだけしているという訳」
「ふーん。
で、どんな事を考えるの?」
私の質問に裕次郎くんは苦笑した。
それでも彼は目を閉じたまま口を開く。
「たいした事は考えていないね。
今日のご飯の事とか、勉強の事とか、そろそろだけど足がしびれてくることとか」
「あはは。
たしかに立ち上がる時に注意しないとね」
道場内に二人きり。
静かで、外から聞こえる生徒のざわめき声がおそろしく遠い。
空気もひんやりとして少し気持ちがよかった。
「こういうのも悪くないわね」
「やりだして思ったけど、こういうのは悪くないなと思ってね。
こうして折を見てやっているという訳」
話しながら、足に電気が走る。
あ。これはしびれるなと思った。
それを察してか裕次郎くんが声をかけてくれる。
「崩していいよ。
そろそろしびれるだろうなと思ったし」
「ありがとう。
じゃあ遠慮なく。よいしょっと」
立ち上がって、スカートをはたく。
ほこりはついてないみたいだ。
まだ裕次郎くんは正座したままだった。
「しびれないの?」
「最初はしびれるさ。
けど、座りなれてくると、だんだんとね」
座りなれてくるという言葉と、座っている裕次郎くんの姿を見てなんとなく思う事があったので尋ねてみる。
腰に手を当てて、私は背伸びをしながらそれを口にする。
「もしかしてだけど、裕次郎くんって何か武道とかしてる?」
「当たり。
剣道の方をね。
家が武家の出というのもあって、道場がうちにあるんだよ。
もっとも、本格的に鍛えるにはまだ年が足りないけどね」
侍と言っても、戦国時代に帰農し庄屋となった口らしい。
そのせいか家そのものは古く、鎌倉時代ぐらいまで遡れるらしい。
明治維新時、没落した士族とは違って地元の名士として生き残った泉川家は、大正、昭和と巧みに生き残って、今や政治家一族として地元に名をはせているという訳だ。
とはいえ、家が古い事もあって、泉川家としては武家としての意識が残っているらしい。
「世が世ならお侍かぁ……」
「そういう桂華院さんは、今でも公爵令嬢というお姫様じゃないか?」
裕次郎くんが笑うのに対して、私は苦笑する。
髪を触りながら、その苦笑の理由を口にした。
「そりゃ、そうだけど、この髪に十二単は似合わないでしょう?」
「それはそうだね」
世が世ならば、私もドレスを着てお姫様という所である。
何しろこの世界は華族制度が残ったせいで、裕次郎くんのいった公爵令嬢という身分が正式に名乗れるのだから。
それだけでなく、桂華グループが注目されると同時に、ロマノフ家のお姫様という別側面が注目されつつある。
継承順位は低いのだが、それを黙らせる巨万の富とロシア内部の混乱が、私の待望論を生んでいた。
「桂華院さんの場合、十二単を着ていたら名前からかぐや姫を想像するな。僕は」
「あはは。
じゃあ、私はみんなに宝物を求めないと。
裕次郎くんには何を求めようかしら?」
「やめておくよ。
どれもこれも手が届かないじゃないか」
裕次郎くんは言葉を区切る。
少し考えてから、裕次郎くんは続きを口にした。
「それでも、難題を選ぶとしたら、蓬莱の玉の枝かなぁ」
「何で?」
「あれだけは、成功寸前だったからね。
賃金をもらえなかった職人が騒がなければね」
車持皇子の失敗はそこにある。
物事が失敗する場合、ケチったらいけないというのがこの話から得た私の教訓。
「けっこう裕次郎くんって、狙う時はガチで狙いに行くのね」
「政治家の家をやっていると、当選と落選で落差がすごいことになるからね。
勝たないと意味がないというのを叩き込まれたよ。
そのあたり、武家だなぁと思うことがあるね」
ん?
なんだか時代劇とかで知る武士と違うような気がするが?
こっちの疑念を察したのか、裕次郎くんがその違和感を説明してくれた。
「『武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候』戦国時代の武将。朝倉宗滴の言葉だよ。
うちは古いからね。
武士道なんて太平の世に整備された新しいものより古いものを信仰しているという訳」
昼休み終了の鐘が鳴る。
という訳で、私たちは教室に戻ろうとして……
「……立てる?」
「……手を貸してくれると嬉しいな」
武道場
中学や高校では柔道や剣道を授業に取り入れる所がある。
そういう学校では体育館とは別に武道場が設置される。
畳が敷かれているので、用途が限られる。
車持皇子
かぐや姫に求婚した架空の皇族だが、一説によるとモデルは藤原不比等ではないかと言われている。
朝倉宗滴
戦国時代の戦国大名朝倉家を支えた名将。
彼が死んだ事とその後に織田信長が出現した事が朝倉家を滅亡に追い込んだ。




