ファーストドミノ
『あなたは恋住内閣を支持しますか?
支持する 52% 支持しない 32%』
『帝興エアラインが民事再生法を申請しました。
あなたはこの件についてどう思いますか?
仕方ない 57% 納得できない 21% わからない 22%』
『恋住内閣に何を期待しますか?
不良債権処理36% 外交・安全保障24% 構造改革18% 経済政策13%』
世論調査を確認してみると、数字に差異があれど大体こんな感じになる。
この政権で不良債権処理を終わらせるという強い意志がいまだ高支持率に繋がっていた。
「まぁ、こんなのが出てきたら国民も帝興エアラインを叩けないか……」
私はぼやきながら新聞をテーブルに置く。
その一面は帝興エアラインの破綻が別の所に繋がった事をすっぱ抜かれていた。
つまり、樺太銀行に。
『破綻した帝興エアラインが成田空港テロ未遂事件に関与している事が警察の調査により発覚した。
警視庁と千葉県警は成田空港テロ未遂事件の捜査過程で、成田空港勤務の帝興エアライン職員が関与している事を掴み事情聴取をしており、容疑が固まり次第テロ事件の共犯として逮捕する予定だ。
成田空港テロ未遂事件においてテロリストの武器調達ルートがクローズアップされ、ロシアンマフィアの麻薬及び武器ルートとしての成田空港が浮かび上がってきた。
これに絡んでいたのが帝興エアラインの旧樺太航空出身者であり、東南アジア-香港-成田-北米という麻薬ルートと、ロシア-豊原-成田-香港-東南アジアという武器ルートの交点に当たっていた成田空港は空港反対派の過激派も巻き込んで腐敗の温床となっていた事がわかり、関係者は対策に頭を抱えている。
また、これらの代金の送金及びマネーロンダリングに樺太銀行が絡んでおり、帝興エアラインと樺太銀行間での不自然な取引記録も……』
食事会という名前の桂華グループ最高意思決定会議。
まぁ合法的に私以下幹部が出席できるのが大きい。
最近は幹部の方にもマスコミが張り付いているから、情報漏洩が心配なのだ。
「で、この記事本当?」
「ガセだったらよかったのですが、本当です。
武器及び麻薬売買の入金らしきものが帝興エアラインの樺太の豊原支店から確認されています」
「樺太支店?成田空港なのに?」
「本土の送金だと監視が厳しいのですよ。
だから、金を樺太に運ぶ必要があった。
成田から豊原の飛行機で現金を運んでたみたいです」
食後のプリンを堪能しながら集まってもらった一堂に質問すると、一条が手を額に当てながら肯定した。
こういう時長距離移動ができる飛行機は最強であり、その中の人が犯罪に手を染めていたというのだからばれないのも当然である。
そうなると、不良債権処理だけでない裏事情も透けて来る。
「これ、警察側は帝興エアラインの事を知っていたわね?」
「でしょうな。
破綻になったので、これ幸いと捜査に乗り出したと」
私の確認に橘が淡々と肯定する。
というか、警察が一連のネタ元だったとしても私は驚かないぞ。うん。
帝興エアラインはあくまで不良債権処理の内の一件としか見ていなかったので、話がこの成田空港テロ未遂事件や樺太銀行マネーロンダリング事件に繋がるとは思っていなかったのだ。
不良債権処理問題の延長のはずがガバナンスがまったくできていなかった樺太を、恋住政権は敵とみなして完全に潰すつもりなのだろう。
で、最後に出て来るのが彼らへの飴として使われた華族の不逮捕特権である。
「やっぱり、逃げ切られるわね。これ」
末端や現場は逮捕できるのだが、旧北日本政府中枢まで行くと取り込みの為にばらまいた華族の不逮捕特権が壮絶に邪魔になる。
もちろん、引退だの自殺だのでの自浄作用は少しはあるとはいえ、私たちの税金が知らない樺太の人間、しかも日本人でもない可能性がある人たちに使われているとなれば、ナショナリズムが一気に発火しかねない。
頑強な抵抗を続けている枢密院も陥落は時間の問題になるだろう。
「そちらもありますが、懸念している事がありまして」
藤堂長吉桂華商会社長が憂慮の顔を隠そうともせずに報告する。
人類史において延々と続く面子と暴力の話である。
「何?
マネーロンダリング事件にぶちギレたロシアンマフィアが大統領にヒットマンでも送るの?」
私の軽口に誰も返事をしない。
その事実をやっと認識した私の手からスプーンが落ちた。
「まじ?」
「冗談だったら良かったんですがな」
藤堂の隣に居た狸親父こと天満橋満桂華商会副社長も天を仰ぐ。
まるで手遅れとばかりに首を横に振った。
「空軍っちゅうのは厄介な所でしてな。
まず、専門職やから替えが効きまへん。そのくせ高等教育を受けている分理解力があるよって、兵器調達なんかで触れたとこから東西の思想の影響を受けやすいんです。
途上国のクーデター、空軍が関与しとるのが多いのんはそういう背景があるんですわ」
帝興エアライン、特に旧樺太航空の関係者の殆どは旧北日本政府空軍の高官であり、パイロットであり、彼らの天下り先であった。
樺太銀行マネーロンダリング事件という実利を暴き、彼らを守る不逮捕特権を剥奪しようとする恋住政権の動きを許容できる訳がない。
「やるの!?
クーデターを!?」
たまらず私が椅子から立ち上がるが、控えていたエヴァは静かに微動だにしない。
その事実が、米国側もその可能性を否定しない、つまりある程度の現実味があるという事を物語っていた。
「選挙で負けたのに?」
「負けたからですよ。
合法的手段で勝てないならば、非合法手段に訴えるしかないでしょう?
ましてや、恋住政権は彼らの食い扶持に手を出した。
そりゃ、潰すしかないでしょう?」
修羅場をくぐってきた橘が言うといやな説得力がある。
椅子に座り直した私は、走った悪寒に震えて己の事を皆に尋ねた。
「で、私は狙われるの?」
「それが難しい所なんですよね」
安心させるようにエヴァの隣に控えていたメイドのアニーシャが笑顔で言う。
逆効果なのだが、気づいているのか気づいていないのか。
「動いているのがロシアンマフィア、正確にはチェチェンマフィアで、マフィアの論理で言うなれば報復が大事で、体制転覆なんてのは二の次なんです。
で、お嬢様は成田空港テロ未遂事件で派手に顔を売ってしまいました。
次に失敗した場合、彼らの面子は致命的なまでに失墜します。
しかも、お嬢様が看板であったことが話をややこしくしています」
「看板?」
首を傾げる私に、マフィアの流儀を教えるメイドのアニーシャ。
私の側に来て空のグラスにグレープジュースを注ぎながら言う。
「お嬢様が主導したとしても、その決定と責任は国がとっているんですよ。
つまり、マネーロンダリング事件は、もはや日米露の三国の国策なんです。
面子は結果が大事ですが、過程も考慮されます。
お嬢様を狙って失敗すると致命傷ですが、失敗のリスクが上がっても大統領を狙ったなら『国に逆らって面子を通そうとした』と評価されるんですよ」
知りたくなかった。そんな事実。
ん?大統領?
私はグラスをとって飲む前に聞く。
「どっちの?」
「両方に決まっているじゃないですか。
この事件の初動から、米国及びロシアは大統領の警護体制のレベルを戦時並みに上げていますよ。
警察が動いて帝興エアラインが破綻に追い込まれた際も、米国及びロシアから官邸に総理が狙われる可能性を非公式に伝えています」
やっと見えてきた。
ロシアンマフィアには報復の理由があり、旧北日本政府空軍高官たちは理由だけでなく戦力と国内での協力が提供できる。
この二者が手を結ぶ可能性はかなり高いという訳だ。
エヴァが少し補足する。
「勘違いしてもらうと困るのですが、お嬢様。
現在起こりうる事態はテロであり、クーデターではございません。
この国の反体制派が決起したとしても、鎮圧されるでしょう。
ですから、テロなのです。
ロシアンマフィアからすれば報復という面子が大事であり、旧北日本政府空軍高官たちにとってはロシアンマフィアに罪を押し付けられる事が大事で、この国の体制を揺るがすことは望んでいません」
豊かなるこの国の繁栄という資本主義の果実の毒は、しっかりと彼らにも効いていたらしい。
発想は無責任かつ利己的なものではあるが。
「発言いいかしら?」
そう言って切り出したのは、桂華電機連合のCEOであるカリン・ビオラ。
アンジェラがウォール街から離れられないからの代理出席である。
「今の話については理解しているつもり。
けど、忘れていない?
この件で怪しげな動きをしていた月光投資公司の事を?」
「ああ。
ひとまずは大丈夫という事にしておいてください。奴らは所詮外馬です」
カリンの言葉に返事をしたのが、その月光投資公司の動きを探りだした岡崎である。
なお、その顔にいつもの余裕も笑みもない事が、大丈夫という言葉が嘘であるという事を物語っていた。
「ただ、外馬だからこそ、決定的な瞬間で場に介入してきます。
その決定的な瞬間が何時で何処で誰なのか分からないんですよ。まだ、今のところは」
岡崎の目は、誰をはっきりと言っていた。
つまり、私か恋住総理だという事を。
この21世紀大統領暗殺を狙うなんて馬鹿おらんやろ。
2005年グルジアのウラジミール・アルチュニアン 「手りゅう弾ぽーん!」
だからリアルパイセンよぉ……
チェチェン絡みのテロ一覧 第二次チェチェン紛争wikiより
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%B3%E7%B4%9B%E4%BA%89
つまり、現在進行中の紛争の資金源を潰した訳で。
面子丸つぶれなのは言うまでもない。
という訳でネタばらし。
『ジャッカルの日』である。
不良債権処理について補足
前にも出した『公的資金投入を巡る政治過程--住専処理から竹中プランまで』に再度登場してもらおう。
http://www.esri.go.jp/jp/others/kanko_sbubble/analysis_04_07.pdf
住専の時の国民の非難が結局のところ97年の金融危機に繋がり、「徐々に痛くないように」という宮沢路線から「痛くても終わらせる」という竹中プランに変更となっているの超大事。
そして、ここから大企業のなりふり構わぬリストラが加速するのだが、それを『改革』として受け止めた国民は小泉政権を支持し続けた。




