銀翼の残光 その5
「うーん……」
「何を考えているんだ?瑠奈?」
「帝興エアライン」
「あれか」
中学生の会話ではないと思うが、栄一くんや裕次郎くんや光也くんはついてきてくれるからありがたい。
『アヴァンティー』での会話は雑談から私が考えていた帝興エアラインに話題が移ってゆく。
「債務超過の可能性が出てきたから、各金融機関が帝興エアラインの融資分類を正常から要注意先に切り替えて、貸倒引当金を積み増す事になっているんだよなあ。
穂波銀行なんか阿鼻叫喚だぞ。
元銀行派閥で言っている事とやっている事が違うから」
「あはは。ご愁傷様」
帝亜グループ入りした穂波銀行は帝亜グループによる再建が進められているが、その道はまだ険しいみたいだ。
栄一君は他人事のように話すが、彼が穂波銀行再建にかなり関わっている事はこの席でぼやいていたので私を含めた三人は知っていたり。
まぁ、TIGバックアップシステムのお得意様ゆえ、内部を知る羽目になったというか。
穂波銀行は公的資金と帝亜グループからの第三者割当増資によって危機を乗り越えたばかりなので、帝興エアラインの融資が不良債権に変わるのは結構痛い。
「しかしあれだな。
米国の戦時国債がなかったら本気でやばかったな」
「あれであぶく銭を得られたのは大きいよ。
あれがなかったら、穂波銀行は国有化も視野に入っていたかもしれないね」
光也くんがぼやき、裕次郎くんが苦笑する。
一兆ドルという巨額の米国戦時国債は、その引受先である桂華金融ホールディングスから日系金融機関に売却され、日銀砲という驚異のドル高局面で即売却しても一割前後の売却益が出るというボーナスステージに突入していた。
その売却益はそのまま不良債権処理に使われ、公的資金注入と合わせて日系金融機関の多くは不良債権処理に耐えきれる体力を回復していたのである。
だからこそ、この帝興エアラインが不良債権に分類されようとしても、ショックはあったがそれほど金融市場は動揺していなかった。
「で、帝興エアラインの何を瑠奈は考えていたんだ?」
「帝興エアラインの内部告発。
やるからには理由があるのだろうけど、その理由が分からないのよ」
首を捻るのを止めて、グレープジュースをストローで飲む私に光也くんが口を挟む。
「ワイダニットか。桂華院」
「何それ?」
「光也が言ったのは、推理小説のやつだろう?
たしか、それとフーダニットと……」
「ハウダニットだよ。栄一くん。
推理小説における、事件解明のための三要素だね。
誰が、何故、どうやって」
なんだかんだ言って私たちは中学生。
探偵小説や怪盗活躍アニメは大好きなのだ。
「そう。それ。
目的がいまいち分からないのよ。
私怨かと思って、探偵使って帝興エアラインの関係者を洗ってもらっているけど、利害関係者が多すぎてまだ結果待ち」
私の投げやり気味の声に、苦笑する男子三人。
従業員が万を超える大企業だと犯人を探るのも一苦労である。
光也くんが面白そうに尋ねる。
「ちなみにどうやってについては?」
「マスコミにタレこんだから、マスコミが保護してガードが固くて探れないのよ。
誰とどうやってをガードされているから、何故から探っているという訳」
現在の帝興エアラインは、金融機関に債権放棄を要請しての私的整理か、民事再生法申請による法的整理かで揺れていた。
少なくとも、自力再建ができないという所では一致している訳で、この内部告発が大事になると分かっていたはずなのだ。多分。
「……まぁ、馬鹿がやらかしたという可能性もあるかもしれないが、それは捨てておけ。
そいつは、瑠奈に喧嘩を売るという事がどういう事か理解していないんだからな」
「あ?」
私の声に視線を逸らす男子三人。
その喧嘩買ってやろうかと体を震わせていたら、視線を逸らせたまま裕次郎くんがフォローに入る。
「まぁまぁ。
話を戻して、理由でありがちなのと言ったら、怨恨とお金だよ。
怨恨は桂華院さんが探偵で追っているとして、お金だとしたらどういうからくりでお金を稼ぐかって事でしょう?
個人で仕掛けるには額が大きすぎるよ」
裕次郎くんの言葉にはっとする私。
その一言でもやもやが晴れてゆく。
「裏にファンドが居るわね」
分かりやすいのは帝興エアライン株の空売り。
内部告発前に株を空売りして、内部告発後に買い戻す。
ある意味わかりやすいのだが、私が口を開く前に光也くんが先に口を開く。
「だが、インサイダー取引に引っかからないか?」
「もちろん、引っかかるさ。
だけど、そういう時は推理小説だと犯人と真犯人を分ける事で、うまく誤魔化すじゃないか」
裕次郎君の言葉に思い当たる節が色々とあり過ぎる私。
要するに私の金もうけのシステム、表に出られない私が第三者を介する事で法的な諸々を回避しているのと同じことを誰かがしたという訳だ。
「けど、瑠奈を激怒させるのは間違いないだろう?
ニュースで言っていたが、桂華金融ホールディングスは帝興エアライン向けの融資が五千億円あるんだろう?
五千億円は、笑って許せる金額じゃないぞ」
「だから、犯人と真犯人を分けるって話に繋がる訳だ。
もし、今の話を真実と仮定したら、真犯人は桂華院を激怒させても怒りが届かない所に居るだろうよ」
栄一くんと光也くんの話にふむふむと聞き入っていたら、PHSが震えた。
ちょっと失礼してPHSに出ると岡崎からだった。
「ちょっと面白い動きをしている会社がありまして。
六本木のでかいビルにオフィスを構える月光帝都興産って会社なんですが、月光投資公司のペーパーカンパニーです」
「何よ。
帝興エアラインを空売りでもしたの?」
「だったら楽だったんですけどね。
全力で株を買っているんですよ。
帝興エアラインの株を大量に保有していて評価損を計上する事が必至の、極東空路の親会社だった東横鉄道の株を」
不良債権の種類
https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/pfsys/e26.htm/
正常先と要注意先があり、要注意先が基本不良債権となる。
その要注意先の中でも分類があり、破綻懸念先、実質破綻先、破綻先と分類されるのだが、字面でやばさの感覚はわかると思う。
ワイダニット・フーダニット・ハウダニット
私がこの言葉を知ったのは『氷室の天地』 (磨伸映一郎 一迅社)だけど、他にもあったなと確認したら『ロード・エルメロイII世の事件簿』 (三田誠 TYPE-MOON BOOKS)だった。
法的整理と私的整理
このあたりはリンクを張っておこう
https://nakamotopartners.com/news_201708_01/
イメージとしてはスピード再建がありえるけど、後から爆弾がというケースもあるのが私的整理。
法的にがちがちに固めてスピードは遅いけど、きっちり始末をつけるのが法的整理と思ってもらえるとわかりやすい。




