銀翼の残光 その3
「おー。居るわ居るわ。
一支店のはずなのにご苦労な事で」
「そりゃ、天下の金融庁の検査ですからね。
桂華金融ホールディングス本社より、お嬢様が居るこの九段下桂華タワーが本拠って知っているからでしょう」
マスコミを引き連れての金融庁の検査。
桂華金融ホールディングスの上場に向けての最終確認とPRの為に行われたこの検査は、本社本店だけでなく主要支店にも人間を派遣するという大々的なものだった。
という訳で、桂華銀行九段下支店への検査という名目でここに大々的な人員を送り込んでいるのだ。
それを上階の自宅から眺めている訳で。
なお、隣に居るのはムーンライトファンド……今の名前は桂華資源開発の社長になっている岡崎である。
「今回、うちは叱られるようなものはないわよね?」
「不良債権がらみの最終検査ですからね。
万一を考えて帝興エアライン関連の融資もムーンライトファンドに移しましたし。
検査についてはパスできると思いますよ」
「ついては?」
「マスコミ引き連れてここまで来ている意味を察してくださいよ」
岡崎の言葉に顔をしかめる私。
ただのPRにここまで派手にするほどお役所である金融庁は暇ではない。
つまり、暇でない金融庁がPRをする裏で何かを企んでいるという訳だ。
「やっぱり帝興エアライン?」
「それ以外ないでしょう」
悪い事をしていないので、桂華金融ホールディングスの帝興エアラインへの融資がムーンライトファンドこと桂華資源開発に移された事は、金融庁は把握し確認するだろう。
その事実こそが、今回の仕掛けだ。
「詐欺師の嘘のつき方は知っています?」
「たしか、嘘の中に真実を混ぜるだっけ?」
「それだと60点ですね。
本物の詐欺師だと本当の事しか言わないんですよ。
本当の話を聞いている連中が勝手に虚像を思い描いて真実だと思い込む。
これに特化して一世を風靡しているのがマスコミですよ」
語る事は確かに真実だ。
しかし、語らない事にも真実があるという事に読者や視聴者は気づかない。
「たとえば、今回の金融庁の発表が『桂華金融ホールディングスは健全である』と発表するとしましょう。
それは事実です。
ですが、今、問題になっている帝興エアラインの融資を桂華金融ホールディングスは五千億円持っており、支援融資一千億円を迫られている。
ちょっと分かる人間はこう思うでしょう。
『桂華金融ホールディングスは帝興エアラインの融資を正常分類に置いている』と」
なるほど。
言わなかった事を想像して疑心暗鬼が広がるのか。
誰が考えたか知らないが、搦手からの支援に納得したような顔をすると岡崎は鼻で笑いやがった。
「お嬢様。
そこで騙されないでくださいよ。
もっと分かる人間は、今期の桂華金融ホールディングスの爆益を知っているから、六千億円が不良債権化しても処理できるって気づいています。
政府がこういう搦手を使って帝興エアラインを支援するという事は、その内情が凄くヤバイって暗に言っているようなものです」
はっとする私。
それは盲点だった。
「帝興エアラインの一件は、つまる所『大手金融機関がこの融資を不良債権として扱うかどうか』が全てです。
隠れ債務があろうとも、更なる爆弾が出てきても、政府が腰を据えて支えると言って金をぶち込むのならば、終わる話なんですよ」
「けど、いまの恋住総理って『民間にできる事は民間に』って、民営化進めているじゃない。
桂華金融ホールディングスの上場もその波に流されたようなものよ」
民間にできる事は民間に。
多くの政府系企業がこの言葉をスローガンに民営化する事になる。
事実、親方日の丸の放漫経営はバブル前から国民の集中攻撃を受けていたのである。
「同時に『不良債権処理の完遂』も成果として強調しています。
お嬢様。
帝興エアラインの一件は恋住政権における政策優先度。
そのロジックエラーを突いた一手なんですよ。
誰がしかけたか分かりませんが、まぁ、見事なもので……」
こういう事を仕掛けた人間が居る。
だれだか知らないが見事なものである。
今の所は中立を気取っていられるが、恋住政権相手の喧嘩ならば、私の敵に回る事になるだろう。
あの人を相手に喧嘩なんて本当にごめんである。
「なるほ……ど。
頷こうとしたけど、岡崎。
あなたまだニヤニヤしているわね。
他にも隠してる事あるならさっさと言いなさいよ!」
腰に手を当てて私怒っていますポーズで迫ると、岡崎は実にわざとらしく両手をあげた。
後で気づいたが、岡崎も詐欺師みたいなものだな。多分。
「参りました!さすがお嬢様!!
金融庁の検査は基本公表されます。
つまり、お嬢様が帝興エアラインの融資をムーンライトファンドに移した事は近く知られる事になります」
そこまで言えば、岡崎が何を言いたいかを察した。
桂華金融ホールディングスは、上場スケジュールが狂わないように、ムーンライトファンドに移した。
つまり、桂華金融ホールディングスは、帝興エアラインを実質的不良債権と見ている。
「やられた……」
「これは仕方ないですな。
おそらく、帝都岩崎銀行と二木淀屋橋銀行にも近く監査が入るでしょうが、帝興エアラインの融資を不良債権とみなすかどうかで金融庁と駆け引きをすると思いますよ。
その時点で桂華金融ホールディングスはヤバイと思って融資を逃がした事実が大きくものを言うでしょうね」
桂華金融ホールディングスの円滑な上場の為にはベストな選択のはずだった。
だが、そのベストな選択が他所ではワーストな選択となって襲い掛かってくる現代社会のなんと理不尽な事か。
呻きながらわたしは岡崎に尋ねる。
「打てる手は?」
「国土交通省には『上場スケジュール』堅持を名目で移したと釈明を。
少なくとも金融庁のせいと言っておかないといじめられますよ。
それとAIRHOの業績拡大を名目に帝興エアラインの子会社買収の用意をしておきましょう。
子会社の帝興エアラインホテルも買ってもいいかもしれませんね」
「すぐやって頂……なにこれ?」
私の口を岡崎の書類が遮った。
見ると、帝興エアライン子会社の買収提案である。
黙り込む私を見ながら、岡崎は楽しそうに続きを口にする。
「それと、金融委員会と国土交通委員会の先生たちに接触を。
国の支援がないと帝興エアラインは持ちませんから、両方の委員会の委員に接触して情報の共有は確実に行う必要があります。
野党は敵側についている可能性も高いのですが、北海道や樺太道選出の委員には話しておいていいでしょう。
彼らとて正義を振りかざして落選はしたくないでしょうし」
「じゃあ、それも……やっているのよね?」
指示を出そうとして疑問形になる私。
実は岡崎も私と同じく天丼が大好きなキャラである。
「ええ。
ここに金融庁の連中が来る前に、橘さんにお願いしています。
あと、一条さんは既に帝都岩崎銀行と二木淀屋橋銀行の首脳陣と秘密裏にこの件で会合を開いていますよ」
知ってた。
だから、中一らしい顔をして精一杯の罵倒を岡崎にしてあげよう。
「この詐欺師」
「最高の誉め言葉ですな。お嬢様」
この頃のマスコミ
まだこのレベルで民意を誘導できた。
ネットのソース確認主義の風潮とSNSの拡散が彼らを今の方向に追い落した。
昔のマスコミ人を知っているだけに今がみてられなくてなぁ……
民間にできる事は民間に
古くは国鉄、電電公社、日本専売公社が民営化され、その流れの中小泉改革で道路公団や郵政が民営化される。
国鉄については従業員の多くが左派政治勢力の有力支持母体だったからそれを潰したという側面は忘れてはいけない。




