ワシントン・東京・ニューヨークテレビ電話会談　2022/10/07　投稿

「時間だ。聞こえるかね？」

「こちらは問題なく」

「こちらもです。時差で少し眠いですが」

　科学技術の進歩は地球の裏側との会話を可能にした。

　とはいえ、地球が丸いという事は昼と夜がある訳で、それは遠く離れた場所との会話では睡眠時間とかぶる事を意味するが、仕事である以上それに文句を言える訳もなく。

　特に今回の話は米国の安全保障関係に深刻な影響を与えかねない案件だったので、大統領に報告を上げる為にも最後の確認は絶対に必要だったのである。

　ワシントンのホワイトハウスの地下にあるテレビ会議室のモニターにはアンジェラ・サリバン桂華金融ホールディングス取締役とカリン・ビオラ桂華電機連合CEOの姿が映っていた。

　この会議室の椅子の中央に座る副大統領は軽い口調で質問を発した。

「そちらは東京なのだから少しは我慢したまえ。

　何しろ、ゲームの悪役を見て思いついた子供のいたずらの後始末なんだからな。

　で、進捗を聞きたい」

「お嬢様とミスター岡崎を問い詰めた結果、本当にゲームの悪役を見て金を出す事を決めたらしく。

　ゲームの悪役よろしく、通信衛星の中に核兵器搭載軍事衛星を持つ意思はないという事でした」

「こちらも。お嬢様は悪びれずに『え？バイコヌールか種子島の発射台で高笑いしていいの？』とかおっしゃっていましたので説教時間が長くなりましたが」

　実に乾いた笑いがワシントンの会議室に響く。

　副大統領以下、合衆国情報長官に国務長官や国防長官が白々しく笑うが、話題のお嬢様はゲームの悪役よろしく軍事衛星を打ち上げる財力と打ち上げ能力があるロシアに絶大なコネがあり、子供の戯言で片づけるには事が大きすぎた。

　

「20億ドルの無駄遣いとは中々豪勢なものだな。

　ビジネスとしてはどうなのかね？」

「元々お嬢様は鉄道事業以上に情報通信産業を注視しており、買収を繰り返してその規模は未だ大きくなり続けています。

　私の居る桂華電機連合もそのために作られた事をお嬢様本人の口から聞いています。

　無駄遣いと言っていますが、自前の衛星測位システムを持つ事の意味は理解しているのでしょう。かけた投資のリターンは十二分に得られると我々のスタッフは判断しています」

「軍事情報的な見地からも、こちらが絡む事でロシア軍へのバックドアを仕込む事が可能と思われます。

　また、この衛星網を秘密裏に利用する事で、対日・対露・対欧州の情報監視に寄与できるでしょう」

　このお嬢様の無駄遣いは米国にとって欲しいものが無造作に転がっていた。

　冷戦崩壊で敗れたとはいえロシアを筆頭に旧ソ連諸国の力は侮りがたいが、テロとの戦いでは彼らとも必要ならば手を組まねばならない。

「それで、この件についての日本政府の動向は？」

「政府側にはまったく動きがありません。

　元がお嬢様の戯言から始まった無駄遣いな上に、日本国内でも光回線網の敷設をしていますから、経済産業省案件として解釈しており、外交安全保障案件としては捉えられていません」

「ただ、国内の自主独立を望む勢力はこの動きを歓迎しています。

　『独自のGPS網はこの国の真の自立を促す』と岩沢都知事が発言しているのを確認しています」

　解散総選挙を圧勝で乗り切った恋住政権は未だ盤石のように見えるが、恋住総理の真の敵は野党ではなく与党内の抵抗勢力で、彼の悲願である郵政民営化を行えば党内を二分する権力闘争が勃発し、その抵抗勢力の旗頭にかのお嬢様が担がれかねない事をワシントンにいる彼らは理解していた。

　お嬢様も恋住総理も今の米国にとって大事な大事な友人である。

　使い道がある限り、その仲を取り持つのも超大国の務めだろうという態度が透けて見える。

「それとなく大統領には私から話しておこう。

　友人同士の仲違いなど見たくないお方だからな。

　それはそれとして、この無駄遣いに我々はどれぐらいの代金を払うべきかなのだが……」

　お嬢様当人が無駄遣いで終わらせるつもりならば、我々が有効利用させてもらおう。もちろん、ただで使うほどこの会議室の人間も恥知らずではない。

　何しろ、彼らが頭を悩ませているイラク問題については、そのお嬢様のお膳立てがなければ苦戦は免れなかった可能性が高いという報告書を彼らは大統領と共に読んでいたのだから。

　少なくとも、テレビの向こう側に居る女性二人は、お嬢様の為にこのビジネスの代金をきっちりと頂く腹積もりだった。

「お金についてはお嬢様にとってははした金なのでしょう。

　このビジネスにそちらが絡むのは仕方ないとして、ばれた時にお嬢様に危害が加わらないようにお願いします」

「カリンCEOの発言は正しい。

　少なくとも、我々が恥知らずでかつ無能ではない事をこの場で私が約束しよう」

　テレビ会議の別側面はそれが録画されているという事にある。

　口約束とはいえ、『影の大統領』なんてあだ名すらある副大統領の言葉は軽いものではないが、大統領が反故にできるという安全弁があるあたり老獪な政治家である彼の真骨頂だろう。

　事実、桂華電機連合の専属事業『スターラインネット』内の人員に米国安全保障関係の人員が多く在籍する事になる。

　続いてアンジェラがとてもいい笑顔で法外な代金を請求した。

「私としましては、一つだけお願いがございます。

　私が失敗した京都のような失敗を二度と起こさないようにしてほしいと」

　もちろん皮肉である。

　既に彼らの下部組織は大統領の言う『京都観光』を堪能した後であり、知ったアンジェラが激怒したのは言うまでもない。

　老獪な副大統領はとてもいい笑顔を作って言う。

「無駄遣いの代金20億ドルに色を付けて支払う事は可能かね？」