帝都学習館学園七不思議 学生寮のざしきわらし その5
「おはよう。桂華院さん」
「おはよう。高橋さん。ランニング?」
「ええ。授業前に少し体を動かそうと思ってね」
ちりん♪
私の耳に澄んだ鈴の音色が届く。
見ると、首元のネックレスに古ぼけた鈴がつけられていた。
「鈴のネックレスねぇ……風紀委員に没収されないようにね」
「ご心配なく。
これでも現風紀委員ですので」
「なるほど。
じゃあ、またね」
そんな感じで高橋鑑子さんと別れて教室に入る。
窓際で神奈水樹が走っている高橋鑑子さんを真剣な目で眺めていた。
なお、普段の神奈水樹は男子たちとの逢瀬疲れで基本朝はけだるそうにしている。
「何か気になる事が?」
「何も」
といいながら、指は私の側近連中に見えないように文字を描く。
私も慎重に自分の体で隠しながら、虚空の筆談に加わった。
『この後授業抜けられる?』
『できなくはないけど、高橋さんに何かあった?』
『あったからこういう事をやっているの。
たしか、うちのビルに持ってきた宝珠、常に身につけるようにうちのお師匠様が言ったわよね?
あれをもって抜けるわよ』
『私一人だと側近団に怪しまれるわね。一人はつけておきたい』
『だったら、華月さんで。
あの娘はすでに物語を終えているから、見えるわよ。あれが』
かくして、私の今日の授業はお休みとなった。
仮病という形でプレハブの休憩室に集まったのは私と華月詩織さんと神奈水樹の三人。
高橋鑑子さんは授業を受けているはずである。
「で、説明してくれるわよね?」
「それよりもこの部屋の臭いも弁明してくれると嬉しいのですけど」
「そりゃ、朝まで使ったから。
で、高橋さんが危ないわ」
絶句する華月詩織さんだが、どっちに絶句したのかは問わないでおこう。
ここで姦しい乙女の恋愛事情を披露するような余裕はない。
「とりあえず宝珠を使ってこの部屋を見て頂戴な。
その方が説明が早いわ」
神奈水樹の言われるがままに宝珠を取り出して部屋の中を見ると、小さな子供が神奈水樹の後ろで手を振っている。
私と華月詩織さんは宝珠越しに見えた子供が神奈水樹から離れて消えてゆく一部始終に絶句するしかない。
「あれがざしきわらし。
で、この部屋の私の後ろにいた理由は、ここでできちゃったらあの子が私の子供になっていたという事」
理解はするが感情が追い付かない。
あ。華月詩織さんは完全にフリーズしてやがる。
さようなら日常、こんにちは非日常のオープニングとしてはかなり強烈だからなぁ。これ。
「という訳で、本題。
たしか高橋さんのクラスって今体育だったでしょ?
ここから宝珠でグラウンドを覗いてみなさいな。
面白いものが見えるわよ」
言われるままに宝珠をかざしてグラウンドを見る。
また華月詩織さんと私は絶句する。
「な、何?あれ?」
「ざしきわらしでしょ?
ここでも見たじゃない」
いやそういう事を言いたいのではない。
彼女の近くに子供たちが数人集まって、高橋鑑子さんを守っていた。
まるで、別の何かから守るように。
それに彼女は気づかない。
私たちも宝珠越しで見ないとこんな光景を拝むことなんてできなかった。
「華月さんの一件の後、それとなく高橋さんには警告をしていたのよ。
どうやら、その警告が役に立ったみたいね。
で、どうする?」
華月さんの一件から、はっきりと何かの最終目標が私である事を神奈水樹は言い切っている。
これもそういう私への仕掛けの一環という事なのだろう。
少なくとも私は、やられたらやられたままという人間ではない。
勝てない戦を除いてだが。
華月詩織さんが意を決して意見を出す。
「か、開法院さんに相談したら!
私の時みたいに!」
「それ、ちょっと難しいみたいね。
ほら。今回の体育、高橋さんの居るF組と開法院さんの居るE組の合同でしょう?
開法院さん、あのざしきわらしたちに阻まれて高橋さんに近づけてないみたいよ」
慌てて宝珠を蛍ちゃんの方に向ける。
体操服姿の蛍ちゃんの間にざしきわらしが手を広げて通せんぼをしている。
それに蛍ちゃんがまごついているという姿がはっきりと映っていた。
「どういう事?」
「私が聞きたいけど、色々と推理できない訳じゃないわ。
まず一つ目。
ざしきわらしたちは高橋さんを守っているように見える。
次に開法院さんの介入を拒否している」
神奈水樹の推理をいつのまにか再起動したらしい華月詩織さんがメモをとっていた。
メモをとることで現実逃避しているのかもしれないが、後で見返すのに使わせてもらおう。
「次に前回までの事件からの推測。
華月さんにせよ、栗森さんにせよ、第三者の声を聞いたのよね?」
「ええ。
『その願い、叶えてあげましょうか』って持ちかけて……」
「ありがとう。
つまり、前回の事件と同じならば、高橋さんは既に憑かれている可能性が高いわ」
あれ?
憑かれているとしたら、どうしてざしきわらしたちが高橋さんの周りで彼女を守っているの?
いや、この場合は、蛍ちゃんに関わらせないようにざしきわらしたちが動いているとみるべきか。
私の考えを察したらしい神奈水樹が楽しそうに微笑む。
「という訳で、桂華院さん。
穏便な払い方と派手な払い方の二つがあるけど、どっちがいい?」
「私を誰だと思っているの?
ど派手にやっちゃって頂戴」
私の即答に神奈水樹は楽しそうに笑う。
そして、ど派手でない払い方の説明を聞いた私は、自分の選択に安堵したのだった。
なお、華月詩織さんはドン引きしていた。
ざしきわらし
ものすごぉぉぉぉぉぉぉぉく影響を受けた作品に『モノノ怪』というアニメがあって、まんま『座敷童子』という回があったりする。
それのオマージュというかたちで、『マイルド』に仕立てたのがこのお話である。
あれ?<<感想のドン引き具合に首をかしげて




