私の運転手たちの話 2023/10/02 投稿
リハビリと設定整備の為の投稿
桂華院公爵家という華族の家という事で、うちには運転手が二人いる。
ただ、この運転手二人は桂華院家お抱えではあるが、執事の橘付きという事らしい。
「どういう事なの?」
家への帰り道、なんとなしにそんな話になったので、今日の運転手である曽根光兼さんは運転しながら身の上話を始める。
東京の道はいつも渋滞。家に着くまでの暇つぶしである。
「私は元が桜の代紋でしてね。
そこを橘さんに拾われまして」
桜の代紋とは警察の隠語である。
定年で拾われたにしては年が若いので、何かしたのだろうと察して聞かなかったのだが、そのあたりを察した曽根さんがあっさりとバラす。
「世に言う悪徳警官って奴でね。
懲戒を食らって依願退職。そこを橘さんに拾われたと」
「まぁ、話してくれたのだから、それほどの悪さではないんでしょうが……橘との縁は何処で?」
「それぞ、刑事時代に。
お嬢様に言うのは憚られるような場所だと、桜の代紋ってのは結構効くんですよ。
それで付き合って、お礼とかのやり取りが叩かれて懲戒という訳でして」
橘が危ない場所に出向いた時に、護衛として雇ったと。
お礼とごまかしているが、その報酬が懲戒を食らうぐらいの高額だったという事だろう。
そこまで考えながらも私は知らないふりをすると、曽根さんは続きを口にする。
「あの人、今は穏やかだけど、昔はブイブイ言わせてて、警察にはあの人を目の敵にしている人が結構いたんですよ。
私はここで運転している訳ですから、そういう輩と敵対していまして、警察に居られなくなった所を橘さんに拾われたと」
組織である以上、派閥があるのは当然な訳で、刑事って言っていたという事はキャリア官僚ではなくて現場組か。
先の話が本当ならば、おそらく鉄火場の経験済。
結果的に助けられた橘が目を付けられるのも必然で、恩を兼ねて運転手として拾ったと。
話はまだ終わってないらしい。
「で、この仕事ですが、元桜の代紋ってだけで上からは睨まれるわ、同業者からは敵視されるわで……
私みたいな小物と橘さんじゃ違いますけど、多分橘さんも苦労したんじゃないかな」
さて、どっちだ?
ヤクザ絡みか?公安絡みか?……代紋って言ったからヤクザ絡みか。
「まぁ、それでもあの人は優秀でしてね。
昭和からそれこそ全力で塀の上を走っていたお方ですよ。
味方も多かったが敵も多かった。よく落ちなかったと感心しますよ。
私は落ちたからこんな所に居るんですけどね」
そんなやり取りで車が家に着いたので、この話はここでお開きになったのである。
「曽根さんそんな事言っていたんですか?
もう昭和じゃないんだから……まったくあの人は……」
別の日。もう一人の運転手である茜沢三郎さんがそんな事を言いながら苦笑する。
いつもの帰り道。東京は今日も混んでいた。
「曽根さんは元警察って聞いたけど、茜沢さんももしかして警察?」
「お嬢様のご推察の通りで。
元警察ですよ。ただ、悪徳警官ではありませんけどね」
50代の曽根さんに比べて茜沢さんはまだ40代の働き盛りだ。
この若さで警察を離れるって悪徳警官じゃなかったら何をしでかしたのやらと興味がわく。
警察時代の苦労話が聞けるかと期待したのだが……茜沢さんの口から出てきたのは想定外の経歴だった。
「私は山形県警に出向していて、県警警護係として御父上、桂華院乙麻呂様の警護を担当するはずでした」
面食らっている私に苦笑しつつ話を続ける茜沢さん。
これまた随分と難儀な経歴である。
しかも、亡き父桂華院乙麻呂の警護担当……ん?
「『はず』???」
「ええ。あの事件で御父上がお亡くなりになって、出向したはいいけど本庁に帰るに帰れず。
そこを橘さんに拾っていただいたという訳で」
警護対象がCOCOM違反という大事件をやらかして死んでしまうという大失態。
当人に責任はないとはいえ、警察という組織でそういう傷は確実に出世に響く。
ましてや、この方は運悪く本庁から山形県警に出向したばかりだから島流しにあったみたいなもので、それを拾ったのが橘という訳だ。
「感謝していますよ。おかげでこうして東京に帰る事ができましたし」
田舎で警官をやっていては昇進の見込みなど無いが、かといって、本庁に戻る事も叶わない。
そんな所に橘からのスカウトが来たのだ。
そして、それを受けた茜沢さんは、こうして東京で私の運転手をしていると。
「さあ。着きましたよ。お嬢様」
「ありがとう」
そして、車が家に着いてこの話もここまでとなった。
「橘って私の為に色々と人を雇っていたのね。
もう、お金に苦労する事は無いし、遠慮なく経費とかは私に押し付けていいんだからね」
その日の夜。
夕食時に控えていた橘にそんな事を言う。
橘は苦笑して私の言葉に答えた。
「ありがとうございます。お嬢様。
ただ、これはお金よりも義理と人情の関係ですので」
「義理と人情かぁ……昭和ねぇ……」
そういうのが無くなっていったのが平成であり、バブルとその崩壊から、拝金主義の肯定がこの国の社会で目に見えるようになる。
そんな昭和の残滓を堪能しつつ夕食を楽しんだ私は、手を合わせて感想を口にした。
「ごちそうさまでした。
けど、そういうの私は嫌いじゃないわよ」
悪徳警官
私的に印象が強かったのが、『探偵物語』の服部刑事と松本刑事の二人。
あの頃の成田三樹夫さんが実に好きだった。
そのままコンビを山西道広さんにするとまんまなので、相手は『大都会partⅢ』から牧野次郎刑事あたりを考えていたり。
あと『事件屋家業』(谷口ジロー アクションコミックス)も参考にしている。




