庄内郷友会 東京会合にて 2023/06/19 投稿
書籍とコミカライズに伴う設定追加回。
酒田取材と庄内空港リクエスト処理。
「一条!こっちだ!こっち!!」
「今日の主役のご登場だ」
「今や我々の希望の星だからな」
桂華ホテル新宿の大宴会場を借り切ってのパーティーだが、その規模はバブル崩壊以降にしては驚くほど豪華で、会場の隅々まで人がひしめき合っていた。
そして、その多くが一条の姿を見ようと今か今かと待ちわびていたらしく、彼が会場に足を踏み入れると一斉に視線が一条に集中する。
今や全国紙の紙面を賑わせている一連の不良債権処理に伴う銀行の大合併劇。
それを主導して執行役員に上がった一条はまごう事なき今日の主役だった。
「皆様、本日は庄内郷友会の会合に集まって頂きありがとうございます。
昨今の世情から暗い話題が多く、皆様も不安な日々をお過ごしのことと思います。
そんな時こそ我々庄内出身者が一致団結し、故郷を守っていかねばなりません。
そのために、今日は大いに食べて、飲んで、語り合ってください。
それでは、乾杯!」
「「「「「乾杯!!!」」」」」
司会の挨拶が終わると、割れんばかりの拍手が巻き起こり、すぐさまビールやワインを手に持った人達が一条の元に殺到する。
中にはすでに出来上がっている人もいて、一条の肩を抱きながら、彼に無理やりグラスを押し付ける者も出る始末。
それでも、そんな無礼講の場でも一条は決して怒ったりしない。
数年前まではこの会合から出席を厭われていたというのに、人というものは色々な意味で図々しい。
「極東土地開発を整理した時はどうなるかと思ったが、桂華が酒田にコンビナートを作る事になってほっとしているよ」
「それに伴って道路整備事業も金がついたおかげで、こっちはなんとか回っている有様だ」
「公共事業がないと地方は生きていけないからな」
「違いない」
今回の会合では報告が行われた後、今後の課題について議論を交わす予定になっていた。
その課題とは、桂華グループの企業城下町の色合いを強めつつ酒田の経済発展を促すために国や県に働きかける事。
予算だけでなく許認可も絡むので、大規模プロジェクトになればなるほどこの手の県人会・郷友会が音頭をとって各方面に働きかけるのだ。
「庄内空港の羽田便なんとか増やせないか?」
「あれは羽田の方が一杯で受け入れが厳しいんだよ」
「飛行機が欠航すると、途端に選択肢がなくなるからな」
「まだ新潟まで出れるならなんとかなるんだが、雪だとそれも怪しいからな」
「新幹線。たしか新庄まで伸びるんだろう?そこから……」
話していた男が黙り込んだのは、その先の言葉で戦争が勃発しかねないからだ。
庄内地方とこの場ではまとまっているが、藩の城下町だった鶴岡と商都として栄えた酒田との間には微妙に溝がある。
だからこそ、こういう場では特に慎重に言葉を選ぶ必要があるのだが、地方にとって東京に直結できる交通は経済発展の為になくては話にならないのも事実。
人口流出のデメリットもあるが、ただでさえ雪風に悩まされていた庄内地方において、都心部への交通アクセスの安定化は悲願と言ってよかった。
そんな会話を笑顔で捌きながら、一条は息抜きをかねて、会場から静かに出る。
わざと階の違う喫煙ブースに行くと、一条と似たような考えの人間が一人で煙草を吸っていた。
「なんだ。一条。主役なんだから離れちゃダメだろう?吸いに来たのか?」
「やめたんですよ。煙草。
お仕えしているお嬢様に悪いので」
「たしかに、お子様は嫌うよな。この臭い」
「あなたもやめたらいいじゃないですか」
「勘弁してくれ。吸わなくてどうやってあの仕事のストレスを処理するんだよ」
一条に煙草を差し出した男は出来立ての喫煙ブースを眺めて苦笑する。
まだまだ喫煙者多かりしこの時期、桂華グループはいち早く分煙に舵を切りつつあった。
一条を前に煙草を吸う男は高校の同期で、親友で、今は地元で親の建設会社を継いでいた。
「変わるもんだな。一条。
数年前まではお前が鬼か悪魔に見えたよ」
「不良債権処理に奔走しましたからね。
あれで縁が切れた友人が何人もいますよ。
貴方にもぶん殴られましたし」
「それ以上に、見知った顔が消えたよ。
この手の集まりは成功者だから出られるもんで、落ちていった人間はまず戻ってこない。
寂しいもんだ」
不良債権処理の過程で発生したのが貸しはがしという融資の引き上げである。
債権が回収できなかった場合は当然ながら損失が発生するわけで、そういう場合、銀行員達は容赦なく顧客を追い詰める。
その過程で、一条は多くの人間から恨みを買ってきた。
この男もその一人だったのだが、それを表に出せばどうなるか分かっているからこそ、彼らは互いに対して敵意を見せないようにしていた。
「後で知ったが、お前金の回収に合わせて、新規融資の斡旋をしていたそうだな」
「回収しただけで食えるほど、銀行員ってのは楽な商売じゃないんですよ。
私だって、殴られる回数は少ない方がいいので」
この時期の地方の不良債権は、大きく分けて二つあった。
地方を発展させる為に地方に投資するケースで、1987年のリゾート法をきっかけに第二の軽井沢を目指した地方はその後のバブル崩壊で爆死して多額の借金を抱える事になるが、地方の借金なだけあって処理すると地方が死にかねないのでそのまま眠らせる所が多かったのである。
もう一つは、その地方開発の資金を確保する為に、バブルに踊る都市部の開発に出資してバブル崩壊に巻き込まれたケースで、こちらの不良債権は上のケースと違って桁が一つ二つ上なのが厄介だった。
極東銀行東京支店長だった一条は、この都市部開発の不良債権処理を中心に行った結果、この郷友会に出るのを躊躇うぐらい恨まれていたのである。少し前までは。
今は桂華銀行執行役員という肩書の一条に縋ってなんとか融資をという本音を郷土愛と宴会の無礼講で隠して歓迎されているが、それを嗅ぎ分けられないような男が銀行の執行役員なんてものになれる訳もなく。
「聞きましたよ。貴方があちこちに頭下げて回ったそうじゃないですか。『俺が殴ったからチャラにしてくれ』って」
「腹は立ったし、実際手を出したが、助けてもらった恩もあるしな。
とはいえ、感情は別だ。ああしないと収まらんだろう?」
「おっしゃる通りで」
一条とこの男にとって少しだけ運が良かったのが、極東銀行最大かつ最後に残った不良債権である極東土地開発の処理がお嬢様によって完遂した事で貸しはがしをしなくても良くなった上に、山形新幹線新庄延長という巨大公共事業が決定しつつあった事が大きい。
更に、桂華グループが酒田にコンビナートを建設するに及んで、庄内地区に慈雨のごとく金が振り注ぐ事に。
多くの地場企業は自転車操業ではあるが、その自転車が走り続けている限りは経済は回るのである。
「いつかは帰るんだろう?地元に」
「まぁ、故郷ですしね」
「帰って村八分だと帰る意味はないだろう?
恩と融資、今のうちに売っておけ」
「そういうおせっかい焼きの所、嫌いではなかったですよ」
そう言って、一条は男の肩を叩きながら会場へと戻っていく。
後日、桂華グループ傘下の格安航空会社AIRHOによって、早朝と最終のみだが庄内-成田便が設定されたのを地元新聞紙で知った男は、東京に居るだろう一条を思って顔をにやけさせて従業員たちに怪訝な顔をされたという。
郷友会
県単位の『県人会』の方が知っている人は多い。
これと、同窓会に出て来る人は大体社会の成功者である。
このあたり『島耕作』で触れられていたが、どの役職の島耕作だったか覚えていない……
庄内空港羽田便
何処の地方空港もそうなのだが、稼げるのが東京(羽田)便で、この時期の羽田空港は枠が無かった。
話の最後で早朝成田便が設定されたが、新千歳>>成田>>庄内で夜泊、庄内>>成田>>新千歳という運用方針。
この早朝便荷物室は庄内の米や野菜や海産物で一杯なのだろう。
山形新幹線新庄延長
平成5(1993)年7月に県の重要事業に掲げ、平成9(1997)年2月に県とJR東日本において事業化合意が成立。
この手の事業は地場ゼネコンが下請けに回るので、不良債権処理がなくなった上に酒田のコンビナート建設なんてするこの世界において相当助かったのだろう。




