帝都学習館学園七不思議 チェーンラブレター その4
「つまるところ、あれ何だったの?」
あの手紙騒動は調べてみると色々闇な部分が出て私は愚痴がてらに神奈水樹にぼやく。
監視カメラがあるのでほぼ内部犯なのは間違いがないのだが、そこから先が出てこないのだ。
帝都学習館学園中等部に通っている生徒は、初等部から通っている華族や財閥子弟に中等部から入ったお付の者たちである。
つまり、背後を探ると最後はそういう連中の所に行く訳で。
橘由香をはじめとした側近団は大人を入れての解決まで主張したが、これに中等部生徒会執行部が待ったをかけたのだ。
『学園の自治に外部が介入するきっかけになる』という事で。
おまけに、手紙の内容が建前的に『送ると幸せになります』というチェーンメールなのがまた……
「幸せになってほしくて手紙を出しました!」
という善意でしらばっくれるとそこでおしまいである。
だからと言って収穫が無い訳でもない。
この手紙イベントは小鳥遊瑞穂の時にあったのだ。
その時はダイレクトな不幸の手紙だったのだが結局犯人は見つからずという奴で、その流れを確認できたのは悪い事ではない。
セキュリティーは、最後の最後の所は人であり信頼であるという教訓なのだろう。
「そうね。
わかるように言うならば、可能性の具現化かな」
私の愚痴という形で一部始終を聞いた神奈水樹は、そんな事を口にする。
口にした顔が笑っていないあたり、かなり真面目な話なのだろう。
「可能性はいくらでもあるわ。
その可能性からどれを選ぶかという事なんだけど、どれを選んでも幸せにはなるでしょうよ。
問題は、誰かが幸せになるならば、誰かが不幸になるという事をみんな見ようとしないだけ」
神奈水樹は憂い顔で苦笑する。
そういうミステリアスな笑みは占い師としては必須なのだとか。後で聞いた話である。
「今回のこれは、有難い事に初動の段階で鎮火に持って行けた事ね」
「初動?」
私の確認に神奈水樹は断言する。
「だって、あの手紙の対象は多分桂華院さん。貴方よ」
なんとなくそんな気はしていた。
神奈水樹も私宛の手紙を処理していた訳だし。
「誰かが幸せになるという事は、誰かが不幸になるという事でもあるわ。
そして、幸せになる人が多くなればなるほど、そのしわ寄せは不幸になる人に行く。
ある種の蟲毒ね。これ」
たとえば、手紙が来た人間が経済的に苦しいとしよう。
それが幸せになるという事は経済的に救済されたという事なのだが、とうぜんお金というものは有限な訳で、そうやって救われた人の経済的苦境を不幸になる人が一身に受けるというのがこの蟲毒の仕掛け。
「つまり、その誰かは私に手紙が届かない事を確信していた?」
「中等部だけでなく、初等部や高等部にまで広がってみなさいな。
いくら桂華院さんがお金持ちとはいえ、日本の高級子弟の経済的窮乏を肩代わりしたら持たないわよ」
……いや多分レバレッジをかけたらそれでも耐えきれ……いや。よそう。
これはそういう話ではない。エコノミーではなくオカルトなのだから。
「おそらく、私や華月さん、多分橘さんあたりで手紙が止まるのを確信していたのでしょうね。
そして、広がり切った時にもらわなかった桂華院さんに不幸が一身に集まるという訳」
華月詩織さんのロッカールームのある部屋の前のカメラをチェックしたが、その手紙を入れるタイミングがない事は分かっていた。
にもかかわらず、彼女の所に手紙は四通も来た。
手品とかトリックも考えたが、神奈水樹の断言と蛍ちゃんの処理でこれはオカルトな話と私は納得し、それ以上の捜査を打ち切ったのである。
「ただのいたずらならば手紙を止めるだけで害はないんだけど、これ多分本物だからね。
という訳で、対策をご用意しておきました」
頬に手を当てて神奈水樹がぼやくが、そんな事をいいながらも彼女は鞄から一枚の手紙を取り出して私に手渡す。
あて名は桂華院瑠奈様。送り主は神奈水樹。
「開けていい?」
「どうぞ」
確認をとって私は手紙を開けた。
そこに書かれていたあまりに簡単な言葉に私は笑うしかなく、神奈水樹は私の笑顔を報酬として占い師の仕事を終えたのである。
「華月さん。
ちょっといいかしら?」
「あ……はい。何でしょうか?
桂華院さん」
放課後、あの一件から露骨に避けている華月詩織さんを呼び止める。
声の弱さと距離感から彼女が私を避けているのが分かってしまうが、それを気づかないふりをして私は手紙を彼女に差し出す。
あて名は華月詩織様。送り主は桂華院瑠奈。
「どうぞ」
「こ、これは?」
「開けてみて頂戴な」
おそるおそる彼女はその手紙を開ける。
中に入ったメッセージカードにはたった一言だけ、神奈水樹が教えてくれた魔法の言葉が書かれていた。
『みんなが幸せになりますように』
華月詩織の目から涙がこぼれた。
メッセージカードを握りしめて、震える声で私に確認する。
「わ、私も、みんなの中に入っていいのでしょうか?」
「もちろん。
そして、謝罪させてもらうわ。
一族や分家の関係から、それとなく距離をとっていました。ごめんなさい」
頭を下げる。
彼女が裏切るのはまだ先の事。
神奈水樹が言っていたではないか。
知ってしまったからこそ、未来を閉ざしてしまうと。
「だから、きちんと華月詩織さん自身と向き合いたいの。
改めてお友達になりましょう」
私は手を差し出す。
華月詩織は、震える手で私の手を取った。
「私、桂華院さんの事をもっと知りたいです」
「ええ。
もっとお話ししましょう。
よかったら、この後どうかしら?
とても良い喫茶店を知っているのよ」
その日、喫茶店『アヴァンティー』にて、私と華月詩織は長くお互いの事を語った。
もし、二人が友達となるのならば、きっと今日なのだろうなと思った。




