帝都学習館学園七不思議 音楽堂の鏡台 その4
「ねぇ。
栗森さん」
栗森志津香さんに私は声を掛ける。
彼女は綺麗な笑顔で私に振り向いた。
「なぁに?
桂華院さん」
「ほら、この間会った時に『今度ゆっくりお話ししましょう』って言ったじゃない?
そのまま忘れてしまうのも嫌だから、どこかで時間を作りたいなって思って」
私の笑顔は自然になっているだろうか?
この誘いは、彼女に憑いている何かを祓う仕掛けなのだから。
「そうね。
こういう機会はちゃんと作らないと駄目よね」
「今日の放課後とかどうかな?
私、音楽堂でレッスンを受けるのだけど、その後なら空いているのよ」
神奈水樹の提案した祓い方というか罠が『オペラ座の怪人』方式だ。
栗森志津香さんについている何かが、栗森さんを輝かせる方法として私を殺すというパターンに付き物を落とし込む。
『オペラ座の怪人』のクリスティーヌが栗森さんでカルロッタ役が私。
その上で私を害するのを妨害して、栗森さん自身に憑いたものを祓わせるという訳。
橘由香を始めとした側近団が猛反対したのは言うまでもないが、それを神奈水樹は専門家として押し切った。
「ならばどうする?
貴方たちで守れるなら私は手を出さない。
けど、貴方たちそこに居た開法院さんの姿すら見えなかったじゃない。
あのオカルトは開法院さんより優しくないわよ」
その一言で側近団全滅。
逃げようとした蛍ちゃんは私が捕まえたので、突然現れたようにみえた蛍ちゃんによって神奈水樹の言葉に説得力が出てしまったのが原因である。
「それでも危険です!
お嬢様の身の安全を考えるならば……」
なおも食い下がる橘由香に私が言い切った。
この場において、彼女たちを黙らせるのは私しかできない。
「由香さん。
私に己の身の安全の為に友人を見捨てるような女になれと?
そういう女が桂華グループのトップに立った時、どれだけの人が私に付いて来るのかしら?」
「……」
ここで『はい。そうです。ご友人を見捨ててください』と言える日本人はそんなに居ない。
そのあたり、義理人情と浪花節がまだ残っているのがこの国である。
結果、みんなで仲良くデフレ地獄で苦しむのだが。
話がそれた。
「神奈さん。
お嬢様は大丈夫なんでしょうね?」
側近団リーダーである久春内七海が低い声で神奈水樹に詰め寄るが、さすが占い師。
道化師の側面もある神奈水樹はびくともしない。
「知らないわよ。
相手はオカルトで基本何でもあり。
藪を突いて祟られるもあり。
何もせずに祟られるもあり。
けど、貴方のご主人様は何もしないことをよしとしなかった」
こういう言い方をするあたり実に神奈水樹は卑怯だ。いい意味で。
その後で、さらりと己へのヘイトコントロールをして責任を分割して押し付けた。
「まぁ、私が駄目でも、開法院さんがいるから悪くはならないわよ。きっと」
(こくこく)
神奈水樹のヘイトすら一緒に下げてしまう、蛍ちゃんのにこにこ笑顔。
橘由香と久春内七海は目と口を閉じざるを得なかったのである。
「でさぁ、実際どのぐらい勝算があるの?」
レッスン前の楽屋。
準備をしながら私は神奈水樹に尋ねる。
側近団は音楽堂のライトが落ちないようにチェックしているからこの場には、神奈水樹しかいない。
「ま、七割って所かな」
「結構高めね」
なんとなく鏡を見たくないので、鏡台を背にして話す。
元凶の鏡台は既に私が買い取って、神奈のビルに送っている。
神奈水樹のお師匠様と一緒に調べたうえで祓うか封じるかするのだろう。
「占いって正確には『未来を固定する呪い』なのよ。
出たカード『皇帝』の正位置は、この一件においては悪い意味はなくてね。
それで勝率は半分。
あと二割は開法院さんの力かな。
桂華院さん。
あの娘は手放しちゃだめよ」
少なくとも、この時神奈水樹の顔は一際真剣だった。
神奈水樹と蛍ちゃんが会ったのはお茶会の時だろうから、あの時に彼女は蛍ちゃんの力を見抜いたのか。
「じゃあ、歌ってくるわ」
「いってらっしゃい」
そんな挨拶と共に私は舞台に立つ。
観客のいない舞台で私は歌う。
「~♪」
その日。
結局何も起こることはなく私はレッスンを終えた。
「おまたせ。待った?」
「気にしなくていいわよ。桂華院さん。
開法院さんとそこで会ってね」
(こくこく)
レッスンの終わった後、私達は約束通り会っておしゃべりをする。
近くの喫茶店に入り、お茶とお菓子の甘い香りが乙女の口を軽くした。
「桂華院さん。
私、白昼夢を見たの」
「……へぇ。白昼夢ねぇ」
ネタバレは物語の終わりの証。
栗森志津香さんの告白でこのオカルト騒動が終わった事を私は察した。
「桂華院さん。
私ね、桂華院さんみたいになりたかったんだ。
結構努力したけど、色々あってね」
その色々が知りたい気もするが、あえて問わない。
怖い話になったらいやだし。
「なれるわよ」
私は断言する。
少なくとも彼女は私を害して私に成り変わらなかった。
あくまで、この一件は私の空回りとして処理される。
そういう物語である。
「そういうと思った」
栗森志津香さんは笑う。
とてもいい笑顔で。
「私の憧れた桂華院さんは卑怯なことをしないと思ってた」
「結局、栗森さんは桂華院さんに憧れたから、その憧れを崩せなかったという訳ね。
憑いた何かはきっと桂華院さんを害そうとしたのだろうけど、果たせずに契約不履行という所かしら」
栗森さんとのおしゃべりの後、さも当然のようにやって来た神奈水樹だが声に安堵がこもっていたと思うのは私だけだろうか?
それを指摘するつもりもないが。
「ということは、栗森さんはもう大丈夫?」
「まぁね。
居なくなった憑き物だけど、依頼の範疇としてそれとなく目を光らせておくわ」
残る問題はそこに行き着く。
憑いた何かは未だ学校にいる訳で、また誰かに憑いて何かするかもしれない。
神奈水樹のアフターフォローまで確約できたのだからとりあえず大丈夫だろう。
という訳で、報酬の時間である。
「ありがとう。
じゃあ、これ」
「なにこれ?
小切手だけど、金額書いていないじゃない?」
神奈水樹よ。
オカルト分野は貴方に分があるが、マネーというものが通じる現代社会は私に分があるのだよ。
という訳で、それ相応にマウントを取っておこう。
「好きな金額を書いて頂戴。
一兆円までなら引き出せるようにしてあるから」
「一兆円って……まじ?」
「ちょっと色々あってね。
今の私、お金持ちなんだ♪」
具体的に言うと、この一兆円ドブに捨ててもいいやと言えるぐらい。
他にも無駄遣いと称して、米国ハイテク企業を買ったり、第二青函トンネルを掘ろうとしたりと無駄遣いはとどまるところを知らないのだが、それは言わないでおこう。
こういうレアスキル持ちを抱え込めるのならば、一兆円でも安い。
ましてや、彼女が居なくなってから私は破滅したと知っているのならばなおさらである。
「……いいわ。
今回は私より開法院さんのおかげみたいだし、私はアドバイス料としてここのお茶代のおごりという事で。
また、何かありましたら神奈の占い師にご用命を」
そう言って、白紙小切手を押し返した神奈水樹は優雅に私に向けて一礼をしてみせたのだった。
神奈水樹が帰った後、残っているのは蛍ちゃんのみ。
という訳で、聞いてみた。
「で、蛍ちゃん。
何をしたの?」
意味のない質問ではあるが、私に向けて蛍ちゃんはとてもいい笑顔で微笑んで一言。
「内緒♪」




