あの業界から見たお嬢様
「あのお嬢様使えないかな……」
ここ最近のTV業界関係者は、あいさつがてらにこんなぼやきをこぼす。
桂華院瑠奈公爵令嬢の事である。
どんなに偉かろうが、どんなに金を持っていようが、カメラに映るものが全てであるのがこの業界。
彼女のアンタッチャブルぶりを最後まで理解しなかったのがここだった。
「けど、どうやって使うんだ?
基本オファーお断りだろ?あのお嬢様」
「桂華グループスポンサー番組にしかCM出さないんだよなぁ。
おまけに、桂華のCM枠は深夜がメインだし」
桂華グループはもちろんゴールデン枠にもCMを出している。
その場合、他の俳優を起用したCMを流しているのだが、桂華院瑠奈が出るCMは深夜枠かつその時間一回しか流さないレア感を出している。
結果、桂華院瑠奈を日中で見るのはワイドショーの話題という形になる。
アカデミー賞助演女優賞からサメ映画、成田空港テロ事件を経て恋住総理が頭を下げた選挙も終わり、やっと話題性というネタを消費しつつあったのである。
次のネタが無いと彼女はTVから消える。
それはもったいないという彼ら側の論理で、なんとか彼女を引っ張り続けようと考えたのである。
当の本人は、全くそれを望んでいないのだが。
「金で引っ張ったらどうだ?」
「桂華グループで金持っているからダメじゃないか?」
TVマンたちのそんな会話を政治部・経済部の記者たちが白けた目で見ているが、彼らは気付かない。
あの一連の騒動で彼女の所にどれだけの金が入ったか、公的資金申請後に即返済してみせて不良債権処理の完了宣言をした日系金融機関の数を数えれば分かるのだが、それを教える義理もない。
なお、人情もないのがこの業界である。
あるのは視聴率のみ。
「プロデューサー嘆いてたけど、いくら積んでもダメだと」
「だから、公務イベントにカメラ持っていっているのか。
取材面倒だからやめればいいのに」
桂華グループのイベントには基本顔を出すので、ワイドショー関係者が押し掛けるのが日常になりつつある。
なお、学校はかつてパパラッチが無断侵入したことで警備が強化されている。
成田空港テロ事件後は学園警備全域を北樺警備保障が受け持つよう切り替えられ、さらに彼女自身に側近団が付くようになったのでえらくガードが固くなってしまった。
その結果、欧州系の王室パパラッチが特攻しては玉砕して国外追放されるのぐらいは彼らも知っていた。
「お高くとまっちゃって。
出れば売れるんだから、もっと出ればいいのに」
「まぁ、公爵令嬢には我々下々のテレビマンの心なんて分からんだろうよ」
まだ彼らの映す映像が国民の民意と言えなくもない時代。
彼らの心境は国民の心境と言えなくもない。
可憐で華奢で最強で無敵に素敵なお嬢様。
そんなお嬢様を国民は見たがったのである。
当のお嬢様の内心なんて知ろうともせずに。
「駄目だ。
もう少しお嬢様が興味を持つようなネタを持ってこい!!!」
一方、プロデューサーレベルになると彼女のやばさは理解しているので、下っ端より危機感が強い。
親の七光りという言い方はよろしくはないが、親が政財界の要人であり、その威光で芸能界デビューというルートはたしかにある。
そういうパターンだと、親経由でお願いできればオファーを受けてくれる率が高くなる。
だが、このお嬢様の厄介な所は、親の七光りではなく子の七光りというべきか。
自分自身で光り輝いているのでそれを拒否できるのだ。
金に困らずコネに困らない人間が、TVに興味がないとばかりに素通りするのだから、彼らからすればたまったものではない。
そして、お嬢様への攻撃とその報復がどうなっているかを彼らは知り理解できる立場にいた人間である。
下手に手を出して、己も身の破滅なんて食らいたくはない。
かくして、末端の危機感のなさと上層部の無茶ぶりに胃を痛める彼らだが、まだ幸せなのだろう。
自分の番組だけを心配していればいいのだから。
「実に面白い番組だった。
けど、ここでこの二人が組むとは思わなかったな」
「対決してくれた方が面白かったのだが、成田の件で頭を下げられたらどうしようもないか」
日本の世論の奥の院。
その中枢であるキャスターや記者たちのコミュニティーではこういう評価で、あの夏の選挙を語っていた。
『面白かったが70点』。
リアルがモニターの中にしかないと思っている連中の評価である。
「しかし、こうなるとお嬢様と総理は割れるのか?」
「割れるさ。
華族特権改革はまだ法整備すらされていない。
とりあえず、お嬢様はそれに向けて貸しを作ったが、それであの総理は止まらんだろう?」
面白いのは、この時点で彼らは総理とお嬢様の対決を確信していた。
いや、そう仕向けるために世論を誘導しようとしていた。
その方が視聴率が取れるからだ。
「違いない。
とはいえ、あの総理とお嬢様を対決させるならば、米国大統領の出方次第だろうな」
「総理とお嬢様の手打ちを画策したのは大統領だという眉唾の話か?
ありえんだろうに」
「とはいえ、イラク情勢は悪化の一途だ。
暫定統治評議会設立にこぎつけたはいいが、北部はクルド人問題で越境したトルコ軍の撤退問題で、南部はシーア派保護で居座っているイラン軍の撤兵問題で頭を抱えているじゃないか」
「こりゃ、次の大統領は民主党かな?」
そういう話題になるのも、イラクの苦戦で来年の大統領選挙が現職苦戦になるだろうと踏んでいたからだ。
また、米国マスコミ勢力もリベラルの風潮は強く、その影響を日本も受けていたというのもある。
「それを考えると、総理とお嬢様の対決は大統領が変わる来年の冬以降になるだろうな」
「そういえば、ワシントンで妙な動きがあるって聞いたぞ。
桂華グループが選挙プロデューサーを大量に雇ってカリフォルニア州に送ったって。
桂華は大統領と近いから、秋の選挙の支援じゃないかって噂されているが」
「たしかリベラル系現職知事がリコールされたんだっけ?
だからってリベラルの金城湯池で保守系大統領の勢力が勝てる訳ないじゃないか。
ひょっとしたら、ハリウッド絡みで桂華がリベラルに寝返る下準備なのかもな。
探りだけは入れておこうか」
彼らは知らない。
この選挙で映画俳優の保守系知事が誕生して、リベラル勢力が一敗地に塗れる事を。
それが翌年の大統領選挙にどのような影響を与えるかを。
カリフォルニア州州知事
まさかの勝利なのだが、奥方の人脈(ケネディ家)のおかげという側面もあったり。
この話を書くために調べてみたら浮気で離婚してやんの。
カリフォルニアショック
大統領選挙における選挙人の数がここは55人と多く、民主党の金城湯池だった。
そこで共和党の知事ができたものだから、当時の民主党指導部は大ショック状態に。
米国の知事の権限はとてつもなく強いのだ。
その結果、大統領選挙期間中、金城湯池であるはずのカリフォルニア州に疑心暗鬼の民主党は一定の資金と戦力を投じないといけなくなり、最後の最後で接戦州で競り負けるという目を覆うばかりの結果に。
つまり、総理だけでなく大統領に再選の強烈な貸しを作ったことに……




