天音澪と三人の姉 パフューム編
天音澪には三人の姉がいる。
血のつながっていない姉だが、『お姉ちゃん』と呼んで慕っているのは中学生になっても変わらない。
「どお?」
九段下桂華タワーの桂華院瑠奈の部屋。
ポーズを決めて香りを漂わせる長姉こと桂華院瑠奈。
自信満々のポーズの裏に、男子三人にコテンパンにされた恨みがあるのだがそれをこの面子は知らない。
「いい香りですね。
薔薇は分かったけど、あとは何だろう?」
首をひねる澪だが、次姉こと春日乃明日香は香りを嗅いでその正体を当てる。
「……ムスクと、何かな?
グレープ?」
「明日香ちゃん。いい所ついてる。
トップノートはクラリセージ。
ミドルノートがオットーで、ラストノートがムスクなのよ」
女の子同士だとこういう話に花が咲く。
当然、話はそういう話に行くわけで。
「私だったらどういう香りにするかなぁ?」
「オレンジは確定でしょ?」
「オレンジは入っていますね」
(こくこく)
三人のつっこみにジト目の次姉。
いかに彼女がみかんの匂いをさせているか分かろうというもの。
「まぁ、否定はしないけど、ミドルノートはオレンジの中からマンダリンとしてトップノートとラストノートは何にしようかな?」
「明日香お姉さまは、活発なイメージがありますから、そういう香りなんてどうでしょう?」
「だったらマリンノートね。
潮の香りみたいなのがいいわね」
(ぐいっ!ぐいっ!)
末姉が引っ張ると、そこには一つの香水が。
多分これと言っているので、澪はみんなの前でその香水を開ける。
「あ……これ、いいわね」
「ライラックかぁ。蛍ちゃんいいの選んでくるわね」
「さすがです。蛍お姉さま」
(えっへん)
そんなことをすれば、当然他の人も選びたくなる訳で。
「蛍ちゃんはなんだろう?」
「……お線香の香り」
「あ、たしかに」
(にっこり)
若人には結構嫌がられるお線香の香りだが、末姉にとってはむしろ誇らしいみたいなので目をつぶってこくこくと頷く。
なお、お線香の香りは白檀という。
そして、春日乃明日香の前に置かれている香水の一つを持ってにっこり。
「マンダリン……おそろいがいいのかな?」
「好きだもんね。蛍ちゃん。オレンジ」
「おそろい。そういうのもありですね」
そして、最後の一つを考える。
澪がなんとなく呟く。
「……お姉さまたちで香りが繋がっているならいいですね」
(ぽん)
「澪ちゃん!それいい!!」
「じゃあ、私の香りから好きなのを持っていって」
結果、蛍が選んだのはクラリセージだった。
こういう流れだと、澪はこの三人から香りを選ぶ訳で。
「じゃあ、私はお姉さまたちの香りを一つずついただきますね」
「蛍ちゃんからは白檀として」
「私からオレンジだと蛍ちゃんと被るわね。
じゃあ、ライラックなんてどう?」
(……すっ)
蛍が差し出したのは、クラリセージの香水。
こうして、それぞれのオリジナル香水が完成する。
「今度、この香水を付けて遊びに行きましょう」
「賛成」
(こくこく)
「いいですね」
で、四人で遊びに行ったのだが……
「う……」
「ぉぇ……」
「匂いが……」
(きゅー)
付け方は聞いているけど、嬉しい四人はたっぷり付けたあげくに四人の匂いが混ざってすごいことに。
それで車に乗ったらもう大変。
散々たる目にあって引き返して、香水を落としたのは言うまでもない。
「まぁ、それでお風呂に入ってきたのね」
その日の夕食。
澪のママは楽しそうに笑う。
こういう失敗をして、子供は大人になってゆくのだとばかりに、母親は笑顔で澪の話を聞く。
一方、父親は聞きながらもいまいち分かっていないのは男だからだろう。
「まぁ、良くは分からないが、次は失敗しないといいな」
「お父さん。
これは、いずれ澪が男子をデートに誘う時に付けるものなんですよ」
そう言われると、少しムッとするのは父親あるあるである。
一方の母親は娘が女になるのが楽しくて仕方ない。
「きっと澪も私みたいに良い殿方を捕まえられますよ」
「……捕まえたというか、捕まえられたというか」
父親がそこで黙ったのは、母親の笑みのせいである。
孤独の個人貿易商をゲットするまでのいろいろなやり取りについて母が娘に語ってくれるのだが、それはもう少し澪が大人になってからの事。
「けど、澪のボーイフレンドは大変ね」
「どうして?」
「だって、私たちより先にお姉さんたちが面接するわよ。きっと」
くすくす笑いながら母は語り、娘はありそうだなと苦笑する。
姉たちは妹がかわいくてかわいくて仕方ないのだから。
だから翌日。
お礼とお詫びを兼ねた四人の集まりで澪はこんなことを言ってみた。
「今度、ボーイフレンドができたらこの香水を付けてみますね」
「……へぇ。
その時はちゃんと紹介してね。色々ご挨拶するから」
とてもとても抑揚のない声で長姉は口を開き、
「そうよね。
挨拶って大事よね。こんなにかわいい妹のボーイフレンドですから」
何でか言葉に妙な強みのある口調で次姉が続き、
(にこっ)
いつもなら救いとなるはずの末姉の笑顔が、まったく救いになっていなかったあたりで察した。
母は正しかったと。
四人の香水
瑠奈
トップノート クラリセージ
ミドルノート オットー
ラストノート ムスク
明日香
トップノート マリンノート
ミドルノート マンダリン
ラストノート ライラック
蛍
トップノート 白檀
ミドルノート マンダリン
ラストノート クラリセージ
澪
トップノート クラリセージ
ミドルノート ライラック
ラストノート マンダリン




