レイト・レイト・レイトショウのオーディション
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文神様が書けと朝降りてきた
ハリウッド。
その場末のスタジオでは、需要はあるが映画館にまで行っては見ないような映画が常に制作されていた。
大体ゾンビ映画かサメ映画で、TVの深夜枠を埋めるそんな作品たちである。
とはいえ、そんなのでも映画は映画であり、ハリウッドはハリウッドである。
夢と希望に満ちた連中がここに居るわけもなく、生活と挫折と渇望に苦しむ奴らが銀幕のスタァを目指し、こんな場末の映画のオーディションを受けに来る。
「で、今回は何だっけ?」
「サメでしょ?」
「じゃあ水着で食われる役か」
「セックスシーン無いのは楽でいいわよねー」
世にいう餌枠の美女たちが煙草を吹かしながら、ご自慢のお色気ボディをアピールして威嚇し合う。
自由の国アメリカという国は、このポルノとそれ以外の境界線が無いように見えて実はある。
具体的に言うと、グラビアとストリップとセックスの間にそれぞれラインが引かれているのだ。
この手のサメ映画やゾンビ映画の餌枠というのは、グラビアでは食えないがセックスまではしたくないという女優の卵たちや、己の体を使ったアルバイトぐらいの感覚で応募する女性たちの良いバイト先でもあったのだ。
という訳で、そこそこの美貌とさして無い知性を晒す美女たちだが、煙草を吸っていたグラビア崩れの女性が窓の外に灰を捨てようとして珍しいものに気付く。
「わーお。
キャデラックがこっちに来てる。護衛付きで」
「道に迷ったんじゃないの?
誰か教えてあげたら?
夢の舞台はこっちじゃありませんって」
「HAHAHAHAHA」
彼女たちは知らない。
護衛がシークレットサーヴィスであるという事を。
キャデラックに乗っているトランジスタグラマーな少女が、昨日行われていたアカデミー賞で助演女優賞を受賞した俳優だという事を。
「ハァイ♪
ここがサメ映画の餌枠オーディションで良かったかしら?」
明らかに場違いな少女が、SPと秘書の女性を連れて入ってくる。
この時点で来ていた女性たちは、この異物の正体に気付く。
というか、昨日まで散々TVに出ていた顔である。
日本の財閥を率い、ロマノフ家の血を引く公爵令嬢で、大統領ともお友達で、アカデミー賞までかっさらって米国で人気大爆発中の超セレブの一人。
間違ってもこんな所に来るべき人間ではない。
「貴方、アカデミー助演女優賞を受賞したルナ・ケイカイン?」
「色々肩書があるけど、多分そのルナ・ケイカインだと思いますよ。
着物姿で赤絨毯に映っていたでしょう?」
場が凍る。
その初演でアカデミー賞を獲ってきた輝かしい俳優が、何が悲しくて場末のサメ映画の餌枠になんてなりに来たのやら。
誰もが思ったその疑問を彼女はさも当然のように言ってのける。
「だって、撮影一日で終わるでしょ?
楽でいいじゃない」
これほど持てる者の傲慢を臆面もなく言い放てる時点で、彼女たちは目の前の少女が本物であると認識せざるを得なかった。
強欲の国アメリカ。
自由であるがゆえに欲望に素直なこの国の人達は、その強欲を美徳と捉える節がある。
少女本人はここまで押すつもりはなかったのだが、せっかくだから米国の階層を見せておこうと秘書は立ち振舞いの作法だけ教えて、好き勝手にさせることにした。
こうやって、立場を分からせてから慈悲をかけてあげるのだ。
「という訳で、私、この映画に出たいのだけど、落ちた方々の足代ぐらいは払いますわよ」
ぱちんと少女が指を鳴らすと秘書の女性が持つジュラルミンケースが開けられ、その中には10ドル札の束がきれいに並んでいる。
自由の国アメリカ。
場末の映画スタジオだからこそできる、少女に取ってはちゃちな、彼女たちに取っては破格の買収工作に、彼女たちが勝てる道理は無かった。
このスタジオの社長兼監督は怯えていた。
ハッタリのつもりで少女にオファーを出したのに、まさか本物がやって来るなんて思わなかったのだ。
スターの有名税みたいなものである。
で、少女によく似た女優がサメにパックリ。
三流B級映画だが、需要はあるのだ。
そして、何か言われた時のためにオファーを出して予防線を張ったつもりなのに、本物が来てしまった。
(……もっとハリウッドど真ん中のスタジオに行けよ……そりゃ、話題の女優だからパチもんを作ろうと思った事は謝るが、本当に来るのは駄目だろうが……
神様、俺はどうすればいいんだ……?)
見事なまでの自業自得である。
なお、彼はこの後いたずらの代償としてシークレットサーヴィスから長い説教を食らい、同業者から嫉妬と怨嗟の集中砲撃をくらい、村八分になってハリウッドから追われ、少女の映画の放映権を巡ってTV局から莫大なオファー合戦の果てにミリオネアとなってフロリダで優雅な引退生活を送ることになるのだが、今の彼は彼が作ってきたサメやゾンビよりも怖い少女の笑みから逃れることしか考えていなかった。
「餌役私しか居ないから決まりでしょう?」
「ああ。
すまないね。
この映画はスポンサーが付かなくて中止に……」
少女のインターセプト。
少女の肩書の一つである財閥を使うことにした。
「だったら、うちの会社でスポンサーを付けますよ。
うち、米国でも事業やってますので」
追い込まれる社長。
なんとか逃れようと別の言い訳を思い付く。
「ああ。
脚本とカメラマンと監督が逃げてしまってね。
残念だなぁ。
申し訳ないが……」
少女のインターセプト。
秘書から海外でも使える携帯電話を受け取り片手でピポパと電話を。
「あ。監督。
今、私を餌枠にサメ映画撮っているんだけど、脚本とカメラと監督が居ないんだってー。
来る?
おっけー、伝えておくわ♪」
携帯電話を秘書に返して少女は可憐に笑う。
その笑顔は彼が今まで撮ってきた映画のモンスターよりも苛烈で怖かったと後に語っている。
「今年のアカデミー監督賞を獲っているから腕は保証しますわ♪」
彼の逃げ場は無かった。
こうして撮影半日、編集一週間というやっつけ仕事というか、過剰な護衛とパパラッチに爆発した少女の気晴らし次回作品『サムライサメ亡霊VS水着公爵令嬢』が完成する。
この映画が映画館で上映されなかったのは、
「これで賞は取りたくないよねー」
「だな」
という監督と餌枠から主演女優になった少女の映画会社社長への脅迫に他ならない。
なお、TVに流すために作られたのでそこは許したのだが、レイトショーどころかゴールデンで放映されたのは言うまでもない。
そして、多くの米国民、後に日本のTVでも上映されたが、視聴者の多くが食べていたお菓子や飲み物を吹き出し、微笑ましい社会現象になった事を記しておく。
元ネタ
『イット・ケイム・フロム・ザ・レイト・レイト・レイトショウ 深夜三流俗悪映画の来襲!!』(1997年 スザク・ゲームズ)
ボードゲーム話で『おこんないでね』を取り出して読んだら、ついつい神様が降りてきてしまったんだ。
鮮度が命なので、書いておく。
10ドル札
瑠奈「100ドル渡せばよくね?」
アンジェラ「偽札と警戒されるんですよ」
賞は取りたくない
アカデミー賞の選考規定に、『映画館で上映する』というのがある。
なお、この二人他の賞をきれいに忘れているガバをやらかしている。




