食事会今やこの規模に成り果てて
基本、ここに出てくるキャラはオリキャラ。
週一で行われる桂華グループ幹部を集めた食事会も、今や大ホールを貸し切っての大宴会に成り果てていた。
桂華金融ホールディングス、桂華商会、桂華鉄道、桂華電機連合という主要な大企業の取締役だけでも二百人は集まるからである。
ここに、他企業や執行役員まで入れると倍以上の五百人まで膨れ上がる。
その五百人がじっと私を見詰めている訳で。
「何か話す訳ではないですが、こうして顔を合わせてご飯を食べる事で生まれる連帯というのはあると思います。
桂華グループは短期間であまりに大きくなり、互いの顔が分からずに仕事をしている現状はよろしくありません。
これを機会に、互いの顔を見て同じご飯を食べた仲間であると思っていただけたらと思います。
……では、いただきます」
私の声に続いて五百人の男女の『いただきます』が唱和されて食事会が始まる。
シュールなことこの上ない。
食事は高級食材なのだが、私が未成年という事もあってお酒はNGとなっている。
食事というのは、その人となりを映しやすい。
たとえば、桂華鉄道の役員の多くは帝国鉄道からの天下りなので、食事の話題も必然的にその事業の話題になる。
と、同時に率いている橘が近く退任するので、その後釜を巡って東日本帝国鉄道出身と西日本帝国鉄道出身の天下り組が激しく対立している。
四国新幹線と新大阪駅ホームとなにわ筋線で西日本に、京勝高速鉄道や新常磐鉄道や新宿新幹線で東日本にそれぞれ縁があるからだ。
次期社長は、カード事業の提携もあって東日本帝国鉄道の天下りが座るというのが下馬評だ。
その一方で、ニューヨークのアンジェラが後継者みたいに扱われている桂華金融ホールディングスの連中のギスギスぶりが凄い。
元大蔵省の天下り組は大蔵省のスキャンダルと省庁再編で力を失い、あとは無事に勤め上げて退職金をせしめれば終わりなので食事と談笑が実に軽やかだ。
元都市銀行組はアンジェラの次を、さらに過激な奴はアンジェラの阻止すら企んでいるので遠くから見てもギスギスしているのが丸分かりである。
かと思えば、アンジェラの後継者内定で証券組は我が世の春みたいに振舞っているし、保険組は我関せずを決め込んでいる。
なお、地銀枠として一人旧極東銀行から取締役が出ているが、これが一条の力の限界なのだろう。
桂華電機連合ではボスであるカリンの存在もあって、英語飛び交うフレンドリーな空気がこちらまで伝わってきている。
米国社会というのは、日本以上のコネ社会なのは意外に知られていないことだ。
つまり、この時点でカリンは幹部連中を最低限自分色に染めたことをアピールしている訳だ。
桂華商会は、統合作業中なので元会社の幹部連中が全員やって来ているのだが、椅子取りゲームの真っ只中なので互いの動向を探るギスギスというよりピリピリした空気が蔓延している。
そんなの気にせずに、私の近くでただ飯とばかりに遠慮なく食べている岡崎なんて男もいるのだが。
「お嬢様。
よろしいでしょうか?
紹介したい人物がおります」
食事も中程、食べ終わった私の隣にいた橘が一人の男を連れてくる。
たしか、桂華鉄道の席にいた男だったな。
西日本帝国鉄道側の視線が凄いことに。
「三木原和昭と申します。
お嬢様」
なるほど。
彼が桂華鉄道の次期社長という訳だ。
「桂華院瑠奈です。
私は、橘を信じています。
その橘の期待に応える事を期待しています」
「ありがとうございます。
お嬢様」
桂華鉄道側は帝西百貨店や桂華ホテルが入る事になる。
必然的にそっちのプロをトップに据える事になったから、とりあえずは安心だろう。
「よろしいでしょうか?
お嬢様?」
メイドのエヴァが一人の外国人を連れている。
こいつは、桂華金融ホールディングスの証券席に座っていたな。
「いいわよ。
で、彼はどなた?」
「ミズ・サリバンにスカウトされてこちらに参りました。
マーク・M・バーンズと申します。ボス。
前職は、シルバー・ウーマン証券のファンドマネジャーをやっていました。
こちらへは、桂華証券の執行役員として来ております」
アンジェラが引き抜いてきた人材である。
元か現役のCIAかは分からないが、そういう色眼鏡で見た方がいいだろう。
「桂華院瑠奈です。
貴方の仕事はアンジェラが教えてくれたでしょうから、それを全うしてください。
こちらも、そこそこ魔境ですよ」
「摩天楼に比べたらまだまだですな。
派手に首切りしていないじゃないですか」
言いながら、露骨に分かる視線で桂華金融ホールディングスの席のお歴々を見るマーク。
あ、こいつカンパニーの人間でなく、ウォール街の人間だ。
「私の流儀じゃないの。
せめて、アンジェラが一条の座る椅子に座ってからやって頂戴」
「オーダー承りました。お嬢様」
芝居かかった仕草で礼をしてみせるマーク。
おうおう。
何処からかの露骨な敵意が私にも伝わるのがすげぇ。
「ボス。
私もボスに紹介したい人が居るのよ」
次は私だとばかりにカリンが一人の女性を連れてくる。
こっちも彼女がヘッドハンティングした人間らしい。
「クロエ・マイヤーズと申します。
かつて、カリンの下で働いていました」
多分、カリンの前の職場での側近中の側近なのだろう。
雇われCEOであるカリンは、とにかく自派を大急ぎで強化しないと何もできない。
私の意思が直接会社を動かすというのは経営上よろしくないからだ。
「桂華院瑠奈です。
カリンの下では時々私が部下になるの。
その時はよろしくね」
握手をして立ち上がる。
この食事会の席は、この三人のお披露目でもあるのだ。
それが済めば、私の役目は終わりというわけで。
「ごちそうさまでした。
あとは皆さま楽しんでくださいね」
私が居てまともな話もできる訳がないので私は途中で退出する。
友好を深めるも敵対するもとりあえずはその後でという訳だ。
なお、デザートタイムは別室で。
本当に重要な話をする橘なり一条なりを呼んでという訳なのだが、今日は少し勝手が違った。
「お待ちを。お嬢様」
部屋から出て別室に入る前、すっと護衛が私を守る姿勢を取るが私が手でそれを制する。
たしか、食事会にいた面子で桂華商会の席に座っていたな。このおっさん。
「良かった。
挨拶が遅れました。
桂華商会大阪本社の天満橋満と申します。
お嬢様に一言申し上げたくてご無礼をば」
「いいわよ。
一言で済むのならばね」
大体一言で終わるはずがないのだが、このタイミングで私に突貫してきたそのパワーについては褒めて話を聞くことにする。
思い出した。
このおっさん、大阪で『資源管理部を本社直轄に』と言ってきた旧帝商石井のおっさんじゃないか。
そんなおっさんの一言で終わるはずのない一言は、ある意味予測可能で回避不可能な一言だったのである。
「お嬢様。
この桂華グループ内部において、お嬢様を下ろすクーデターが進んでおります」
キャラクターデータ
三木原和昭
五十代で、東日本帝国鉄道運行管理部門出身。
スジ屋で、関東で運営される桂華鉄道と東日本帝国鉄道の直通運転を円滑に行うために呼ばれた。
建設中の新常磐鉄道や新宿新幹線の運行管理は彼の手が握っている。
マーク・M・バーンズ
三十代の若きシルバー・ウーマン証券ファンドマネージャー。
アクティビスト投資(物言う株主)のプロで、桂華グループの株主価値の向上(最大株主は瑠奈)の為にヘッドハンティングされた。
紳士的振る舞いだが、仕事においての思考は強欲なクズというウォール街らしい人間。
実はITバブル崩壊の際にいくつかの違法行為を行ったので、司法取引でアンジェラに繋がれている。
クロエ・マイヤーズ
四十代の人の良い女性。
東海岸出身で、名門校に学び就職し結婚して出世など気にしないのだが、カリンと知り合うことで開花する。
カリンの腹心であり、人間調整能力とスば抜けた記憶能力を持つ。
前の会社でカリン派が粛清されたの同時にカリンが桂華電機連合への引き込みをかけており、そんなカリン派の取りまとめ役でもある。
ホームパーティー大好きであり、日本びいきでもある。
天満橋満
六十代で旧帝商石井役員でもある大阪のおっさん。
普段は敬語だが、親しくなると関西弁に変わる。
帝商石井の花形部門だった鉄取引のエースであり、誰の懐にも入りこんで仕事をしてゆくので、ついたあだ名は『大阪の狸親父』。
このおっさんを出したいがためにこの話はつくられた。




