不良債権処理最終章 その1
2003年4月1日。
特殊法人帝国郵政公社が誕生する。
郵政民営化を公約に掲げていた恋住総理の悲願の第一歩であり、抵抗勢力側に取っては政治的妥協のサインであるこれを以てしても総理が止まらなかった事を私は知っている。
それよりも、この時にこの公社が出来た事を市場は明確なサインとして受け取っていた。
則ち、不良債権処理、やばい銀行を国有化してここに押し付けるというサインを。
「実際にするのですか?」
GW明けの食事会の後、私は一条を呼んで話を詰めてゆく。
不良債権処理の最終章であるだけに、桂華金融ホールディングスも無関係ではいられないのだ。
一条の疑問に、私は投げ捨てるように言い放つ。
「する、しないは別として、市場がどう受け止めるかよ。
これまでのゴミ箱役だった桂華金融ホールディングスは、処理完了のモデルケースとして上場させるのが既定方針でしょう?
そうなると、この最終章ではやばくなった銀行を誰が救済するのか?
その役者が居ないのよ」
「うちならば、桂華ルールの適用で助けるのですけどね」
一条の言葉に私も苦笑する。
食事後のおやつのプリンを口にしながら、直近のマスコミの紙面を確認する。
公的資金の注入目前になってメガバンクの対応は分かれ、公的資金返済及びその目処が立った所と目処が立たずに必死の増資を各界に頼む所に分かれていた。
そして、その目処が立たない所は市場の容赦ない攻勢に晒されている。
不良債権処理がある程度進んでいるので破綻までは行かないが、合併もしくは国有化が避けられないと踏んでいるのだ。
「しっかし、ここまで来てうちに駆け込む所が無いのが不思議よねー」
「うちは上場させると武永大臣がTVで何度も言ってましたからね。
ここでうちがメガバンクを食べるという事は上場が遅れることを意味し、お嬢様の力が温存されてしまいます。
大臣も総理も、これまでの確執からそれは望まないでしょうね」
これまでは桂華ルールで上の首を飛ばし、不良債権を整理回収機構に回して、足りない資金はムーンライトファンドから持ってきておしまいだった。
今回の処理についてはその手を使わないという訳だ。
緊急事態だからこその限りなくグレーな手口ではなく、法律と手順を踏んだ原理原則としての不良債権処理。
これが、今起こっている事である。
「上場前にムーンライトファンドは桂華商事の資源管理部の方に移すことになるでしょうね。
そういえば、あそこ『商事』なの?『商会』なの?」
「資源ビジネスを考えたら、その方がいいでしょう。
多分『商会』で決まりです。
この間、藤堂さんが本家に行って挨拶していますから」
それと同時に桂華グループ内部で起こっているのは、桂華グループの乗っ取り。
今までもそうではあったが、私を頂点とするグループ内部の再編である。
桂華院家主流の血から外れた私が頂点に登る事になるのに人材が圧倒的に足りず、私ではなく桂華院家に忠誠を誓う人材の確保は絶対的に必要だった。
桂華金融ホールディングスの上場は、その事業再編の象徴にもなっていたのである。
「まぁ、私も中学生になったし、無茶が許される時間は終わったって事なんでしょうねー」
「お嬢様が表舞台から去って、何も残っていませんでしたなんて私はご免ですからね。
ここについては、橘さんも藤堂さんも一緒の考えです」
一条の断言にわざと不満を表明する私。
そりゃ、桂華グループの人間を路頭に迷わせることまでするつもりはないが、最後は己を掛札に博打を打つ覚悟はとうにできている。
その最後にして最強の掛札である私自身を恋住総理は見事に封じていた。
だからこそ、この一件については身内にすら私の味方が居ない。
「ギャンブルって、勝ち逃げが最も難しいのですよ。
それをわざわざディーラーの方からサインを出しているのですから、おとなしく帰りましょうよ」
「その後、そのカジノは私を出禁にするのでしょう?
知っているのだから」
「分かってて、なお高レートで博打を打とうとするお嬢様の心中は分かりたくありませんな」
まぁ、ここまでは雑談みたいなものである。
プリンを食べ終わって、口を拭きながら私は本題に入った。
「で、穂波銀行と五和尾三銀行は耐えきれる?」
「五和尾三銀行は無理ですね。
不良債権処理の遅れと同時に、金融庁の監査に抵抗したらしく金融庁はお冠です。
恋住政権の今回の処理の負のモデルケースとしてお取り潰しは避けられないでしょう。
穂波銀行はこちらでも分かりません」
今、ウォール街に居るだろうアンジェラは、この二行を食べることで桂華金融ホールディングスを世界と戦えるメガバンクにという構想を私に語ってくれていた。
サブプライムローンという爆弾と共に。
それをするまでもなく、この二行の危機は目前に迫っている。
ただし、今回は傍観者である。
「で、それを食べるとしたらどこ?」
「帝都岩崎銀行と二木淀屋橋銀行が激しく鍔迫り合いをしていますね。
穂波銀行がアウトだった場合でも、うちには駆け込みたくないそうですよ。
勘定系システムの一件が尾を引いていますね。これは」
ジト目で見つめる一条の視線を、私は口笛を吹きながらそらす。
私が副社長を務めているTIGバックアップシステムはこの桂華電機連合が受けた穂波銀行のシステム開発に絡み、現場にて私が撤退を決定したのである。
それは、穂波銀行でうちのシステムを強硬に主導した派閥の没落を意味しており、穂波銀行内部では『絶対に桂華には駆け込まんぞ!』を合言葉に一兆円の増資を目指してあちこち走り回っているとか。
うちの方が待遇はいいだろうに、それで国有化されたらどうするのだろうとか言わないほうがいいのだろう。多分。
「あと、気になる話が上がってきています」
ここまでは私が前世でも知っていた事だ。
ここから先の話は前世になかった事だ。
一条は少し視線を下に向けて、その続きを口にした。
「国有化された樺太銀行の処遇が噂になって来ています。
あそこは旧北日本政府の中央銀行で、不良債権だらけだった樺太の銀行を全部食べさせて莫大な公的資金をつぎ込んだうち以上の伏魔殿です。
これを、穂波銀行なり五和尾三銀行とくっ付けた上に郵貯に食べさせるとか」
私は目を閉じて考える。
ゲーム内の私は多分マネーロンダリングに絡んで負けて消えた。
そのマネーロンダリングの洗濯機として銀行は絶対に必要になる。
繋がった。
ゲームの私を操っていた、マネーロンダリングの大元は樺太銀行だ。
だから、私はその言葉を口に出す。
「ねぇ。一条。
樺太銀行について、ある程度調べておいてくれない?
食べるつもりはないけど、多分あそこが台風の目になるわよ」
悲しいことに、その予想は当たることになる。
郵政公社
年表で確認したけど、郵政公社誕生とりそな銀行の国有化のタイミングが本当に神がかっているんだよ。
既にこの時、民営化され莫大な預金を持つ郵貯にやばい所を食わせてしまえという意見があったのを私は知っている。
なお、五和尾三銀行ことUFJ銀行は2004年に合併に追い込まれる。
穂波銀行は残った
あれ今でも不思議なのだが、一勧と富士が潰れていって興銀がその幅広い人脈を駆使して踏ん張ったというのが真相らしい。
投資銀行になりたかった興銀はみずほ内部でも独立独歩を貫いて、みずほから興銀だけ(みずほコーポレート銀行)だけ食べてという噂が何度金融界隈で駆け巡ったことか。
郵貯の結婚相手
この時話題になっていたのが野村證券と日本生命で、たしかにこことくっつけば世界と戦えるだろうな。けどそれ夢物語だよなぁと今だから言える。
あの時はそんな噂が真顔で囁かれるぐらい混沌としていたんだよ……




