入学式
春。
桜が咲く季節。
私達は中等部に上がる。
「そんな事を言っても、あまり気分は変わらないのよね」
私のボヤキに、時任亜紀さんがつっこむ。
今日は、彼女が親役である。
「そうは言っても、雰囲気が違います。
グラウンドにはブランコやすべり台のような遊具は無いし、男子と女子がはっきりと分かれてゆくのもここです。
大人になるための第一歩。
それがこの中等部なのですよ」
私に偉そうに諭している亜紀さんだが、その大人の事情というものでの親役抜擢というのを私は知っていた。
少しずつ私の周りでの代替わりが始まろうとしていたからだ。
トップである執事の橘は桂華鉄道社長を退任後にまた執事に専念する事になるが、秘書だったアンジェラが桂華証券ニューヨーク支店に取締役として移動するのでここを離れる事に。
私の秘書役の本命である橘由香は未だ幼く、一条絵梨花だとまだ経験が足りない上に本人の結婚退職希望が遅れかねず、残っているエヴァ・シャロンを任命すると二代続けて外様という事に。
かくして、今回の親役である亜紀さんが秘書になり、その下にエヴァや一条絵梨花を付けるという形に。
メイド側も亜紀さんが秘書に飛んだ事で、メイド長斎藤佳子さん、副メイド長桂直美さん、メイド長付橘由香のラインが完成する。
一方で、エヴァ・シャロン、北雲涼子、アニーシャ・エゴロワの三人のメイド補佐に並ばせる形で、長森香織をメイド長補佐として抜擢。
これは、桂華ホテルグループのメイド育成を私付きのメイド達と共に教育・育成する事で、組織の教育と流動性を確保しようという訳だ。
今や桂華ホテルは日本だけでなく海外でも複数のホテルを保有しており、彼らの教育とコミュニケーションはCIAと旧KGBが仲良く同居するここでは実に頼もしいからだ。
情報やコネがそれらの組織に流れている事を見なければの話だが。
「はいはい。
分かっていますとも」
適当に相槌をしながら、前後を護衛車に挟まれた私の乗った車は渋滞気味の都心部を走る。
今日の運転手は茜沢三郎さんである。
「しかし早く出てきたけど、渋滞はひどいわね」
「この時間の東京で空いている道はないですよ」
私のぼやきに、運転手の茜沢さんがなだめるように言う。
なお、渋滞を嫌うお金持ち連中の通学手段としてヘリ通学というのもないわけではないが、さすがにそれをする勇気はない。
帝都学習館学園のヘリポートに毎日轟音とともに降り立って校舎に入るってやってみたい気もあるのだが、おとなしく渋滞の車の中で座っている方がましである。
「そんなに緊張しなくていいのよ。由香ちゃん」
亜紀さんが私と同じ学生服姿の橘由香につっこむ。
当人は平然を装っているみたいだが、私から見てもカチンコチンである。
「していましたか?緊張?」
「ええ。
まるで、これからデートに行くみたいに」
メイド養成校を成績優秀で卒業したとしても、橘由香も所詮私と同じ中学一年生でしかない。
緊張は当然なのかもしれない。
「せっかくだから、同級生として聞いてみたいけど、由香さん。
あなた、中等部に入って何をしたい?」
「お嬢様のお役に立つ以上に私の喜びはありません」
ぴしゃりと従者として満点な回答を、同級生としては零点な回答を言われて私は苦笑するしかない。
彼女の忠誠心はとてもありがたいが、多分同級生としてはそれは駄目なのだ。
「嬉しいけど、自分のしたい事を一つは考えておきなさい。
私も貴方も、先は長いのだから。多分。
あと、学校内ではお嬢様呼びは禁止。
ちゃんと名前で呼ぶように」
「お嬢様!?」
「はい。
減点。
瑠奈さんと呼んで頂戴な」
橘由香は亜紀さんに無言で助けを求めたが、亜紀さんはそれを理解した上で見捨てる。
このあたりの距離感に戸惑いながら、橘由香はおそるおそる私の名前を呼んだ。
「瑠奈さま」
「まぁ、いいでしよう。
これから少しずつ改善してゆけば」
そこで私は口を閉じた。
学校について車が止まったからだ。
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃいませ。お嬢様」
「私は保護者席で見ていますからね。
ちゃんとみんなに良い写真を撮ってあげないと」
亜紀さんは手を振りながら保護者入口の方に。
私達はそのままクラス表の所に行く。
私の名前はあっさりと見付かった。
友人たちはこんな感じでバラけた。
1-A
華月詩織
神奈水樹
桂華院瑠奈
橘由香
1-B
待宵早苗
1-C
朝霧薫
1-D
栗森志津香
1-E
開法院蛍
春日乃明日香
1-F
高橋鑑子
これにうちの推薦枠で入った護衛も入るのだから、大所帯ったらありゃしない。
その護衛はバラけたので、私の回りについては橘由香と華月詩織さんそして護衛の留高美羽が担当する事になる。
「おはよう!
桂華院さん。
一緒のクラスね。よろしくね♪」
「おはよう。
神奈さん。
一年間よろしくおねがいしますわ」
クラス表で一緒になった神奈水樹とにこやかに挨拶する。
彼女の胸元には、桂華院家の銀バッヂは飾られていない。
つまり、そういう関係でという事だろう。
背中に悪寒が走る。
ちらりと後ろを見ると、華月詩織さんが神奈水樹を睨んでいた。
橘由香も表情には出していないが、空気が冷たい。
なんとなくだが、彼女と橘由香と華月詩織さんの三人の仲は良くないなとこの時思った。
男子?
言わなくても分かるだろう。
教室に入ると、いつもの三人が私を見て挨拶をする。
「おはよう。瑠奈」
栄一くんは当たり前のように、
「おはよう。桂華院さん」
裕次郎くんは日常のように、
「遅かったな。桂華院」
光也くんは必然という顔で、
三人の挨拶に私は笑顔を作って、中等部最初の言葉を発した。
「おはよう。みんな」
そんな感じで、私の中等部生活が始まる。
ヘリ通学をやらない理由
某サイコロの旅でとある人がヘリに乗ってだな……
側近生徒達のプロフィールは後で決める予定。




