占い師のお茶会
作者も忘れていたが、この物語は古き良き少女コミックスというか『花とゆめ』コミックス90年台のノリで進めています。
「あら、可愛いお嬢様ね。
ようこそ。
占いの館へ」
楽しそうに微笑む女性は艶やかでミステリアスで何か壊れているような人だった。
多分、うちのメイド長の佳子さんより少し年上あたりだろうか。
テーブルの隣に座る神奈水樹も緊張しているらしい。
これが一代で神奈一門という占い師一門を築き上げた女傑、神奈世羅か。
「桂華院瑠奈と申します。
亡き祖父が色々とお世話になったそうで」
「神奈世羅と申します。
お気になさらず。
私はあの人を利用したし、あの人も私を利用した。
そういう関係ですから」
私が神奈水樹に会うという事で、神奈世羅はこの日の予定を全てキャンセルして私に会うことを決めたらしい。
私が神奈水樹を見てみたかったように、神奈世羅は私を見たかったのだろう。
テーブルにはハーブティーが良い香りを立てて、ケーキやクッキー等のお菓子が並ぶ。
ここのお菓子たちは神奈一門の娘たちの手作りらしい。
「いただきます……あ、美味しい」
「嬉しいわね。
プロの味は無理だけど、家庭の味ぐらいは出せたらって娘たちに はっぱをかけて良かったわ」
「お師匠様。
私も作ったんですよ。クッキー」
「あら。
ここに出せるぐらいまで上達したのは凄いわね」
他愛のない雑談。
それを笑顔という仮面で包み込んで内心を悟らせない神経戦。
だからこそ、ふいに思考が囁く。
何で私は、彼女を、神奈水樹を手放したのだろうかと。
(留学おめでとう。水樹さん)
(ありがとう。桂華院さん。
けど、良かったの?)
(良くはないけど、かといってこのままだと中が壊れるのは目に見えていたし。
帝亜家と婚約が成立したから、身辺整理をと華月さんあたりがうるさかったしね)
(あはは。
私の火遊びで迷惑を掛けたことについては謝るわ)
ああ。
これは未来だ。
ゲームの私と神奈水樹との別れのシーン。
ゲームで描かれなかったそのシーンを白昼夢で見ている。
(感謝するわ。
貴方の伝で資金繰りはだいぶ楽になった。
桂華院家はなんとか立ち直らせられるわ)
(あとは貴方が帝亜に嫁げばめでたしめでたしと。
けど、いいの?)
(いいわよ。
私の人生は、桂華院家の復興に賭けた。
それにやっと手が届く)
(そっちもだけど、小鳥遊さんの事。
知らないわけじゃないでしょう?)
(気にしないわよ。
愛人や妾の一人や二人ぐらい。
家同士の繋がりってそういうものでしょう?)
あれ?
おかしい?
これが、神奈水樹との別れならば、私の破滅はもうすぐそこのはずだ。
彼女は二学期には海外留学という形でゲームから姿を消す。
そして、その二学期に特待生改革運動が一気に激化して私の破滅に繋がってゆく。
なんでこんなに穏やかに、私と神奈水樹は別れる?
いや、私はここまで勝ちを確信していたのに何処から崩された?
(じゃあ、行くわ)
(火遊びはほどほどにしなさいよ。
今までありがとうね)
(貴方の人生が幸運でありますように)
(その言葉をお返しするわ。
神奈水樹。
あなたの人生が幸運でありますように)
「……さん!
桂華院さん!!」
我に返るとお茶会が行われていた部屋。
神奈水樹が心配そうな顔をするが、神奈世羅は微笑のまま。
「あれ?
私、どうしていた?」
「どうしていたって急にぼーっとして、こっちが知りたいわよ」
ホッとする神奈水樹が椅子に深く寄り掛かると、神奈世羅は穏やかな声で一言。
「ところで、桂華院さん。
そのポケットのものを出してもらっていいかしら?」
え?
まるで催眠術に掛かったかのように私はポケットの中を探り、それを見つける。
もちろん、ここにそれを持ってくることなんてなかった。
それを、京都の伏見稲荷大社でもらった宝珠を私は静かにテーブルに置いた。
神奈水樹の顔色が変わる。
「うわぁ……まじ?これ?」
「本物みたいね。
大事にするといいですよ。
きっと貴方を導いてくれますわ。
触ってもいいかしら?」
神奈世羅は私に確認を取ってから、その宝珠を丁寧に持ち上げる。
何をしているかは分からないが、多分悪いことではないという事だけは伝わる。
「あれ、多分手に入れるとしたら、このビルを売っても無理だわ」
ぽつりと呟いた神奈水樹の言葉に私が軽口を言う。
つまり、そういうものらしい。
「いなり寿司と交換でもらったのよ。
お狐さまから」
人によっては冗談と思われるだろうが、占い師なんてやっているだろうから、ファンタジー側としてしっかりとその意味を理解した。
「あーなるほど。
そりゃ本物だわ……
今度貸して♪」
「だめ」
そんな私と神奈水樹のやり取りを神奈世羅は宝珠を置いて楽しそうに見ていた。
なお、その宝珠の入れ物として守り袋をもらい、できるだけ身の側に置いておくようにアドバイスされて私達は神奈のビルを後にした。
「で、お嬢様。
神奈水樹はどうでしたか?」
待っていた橘由香の言葉に私は曖昧に笑う。
宝珠の入った守り袋を軽く揺らしながら。
「いいお友達にはなれるんじゃないかな。
身内に入れるには、ちょっとアレかもだけど」
「良かったじゃないですか。
長く付き合える友人は貴重ですよ」
一条絵梨花の相槌に適当に返しながら、私は考える。
あの幻視で幾つか気になった事があったからだ。
ゲームの私の家である桂華院家は、バブルの不良債権とその後の色々で実質的に崩壊していた。
それでも桂華院瑠奈は学園内で権勢を誇り、あの高等部三年生二学期まではその崩壊を露呈させなかった。
(感謝するわ。
貴方の伝で資金繰りはだいぶ楽になった。
桂華院家はなんとか立ち直らせられるわ)
あの幻視での言葉。
資金繰りまでしていたというのならば、確実に気になることがある。
こっちでの不良債権処理をしていたからこそ、桂華グループの不良債権額は大体見当が付いている。
最低でも四百五十億円、その他色々を考えたら五百億円は絶対に必要なのだ。
だからこそ、その疑問は私の心に引っ掛かる。
(落ち目の公爵令嬢だった私に、誰が、何の目的で、五百億円以上の資金を提供したというの?)
神奈世羅
私の物語におけるやべーやつ。
詳しくは『昨日宰相今日JK明日悪役令嬢』を読んでねとダイレクトマーケティング。




