お嬢様の逆襲 その2 11/9更新
挿入だと予約投稿ができないのかな?
山師岡崎の打った手は狡猾だった。
桂華グループはあまりにも短期間に事業規模が拡大したので内部統制が取れていない。
そこで、こういう裏技が可能になる。
金を集めるのはロンドン。
ニューヨークだとアンジェラや一条の目に引っ掛かる可能性を考慮したからだ。
そこから産油国を中心に全額借金で金を引っ張ってくる。
ムーンライトファンドは日本向け原油を買うお得意様の上、ITバブルが崩壊して投資先が無かったオイルマネーは投資先を求めていた。
そして、私は岡崎にこう囁く。
「近い内に米国がイラクを叩くわよ」
「やはり、アフガンだけでは収まりませんか」
その情報を意図的に流して、今度はイラクが戦場になった時被害を受けかねない湾岸周辺国が抱える逃したいオイルマネーも確保。
かき集めた資金はおよそ200億ドル。日本円にして2兆4千億円。
金利は平均して年9%という超高額なものだ。
この男の最後の一線は、この資金は桂華グループ及びムーンライトファンドとは別名義という所。
匂わせはしただろうが最後しくじったら岡崎がこのビルから飛び降りれば、私にまで火の粉が降りかからないという類いのやばい金である。
なお、私の名前を出した場合、桁2つは変わっていたらしい。
「まぁ、それぐらいしておかないと、あちらの石油王相手にビジネスなんてできませんよ」
終わった後でばらしてくれた岡崎は笑って済ますが、それができるコネをこの男は持っていた。
商社の山師はこれぐらいできないと仕事はできない。
この資金をマン島のペーパーカンパニーに移し、そこからケイマン諸島の複数のペーパーカンパニーに移転させ、ヴァージン諸島に設立した複数のファンドに資金を供給する。
このファンドもペーパーカンパニーで、売買は専用のコンピューターで行うからここまで人を介して漏れる事はない。
そこから20倍のレバレッジを掛ける。
梃子と約されるこの言葉は元手を使って更に借金を重ねると言った方がイメージはわかりやすいだろう。
つまり、4000億ドル。
48兆円という莫大な資金が出来上がる。
なお、この金額は私も後から知った。
不用意な接触はそこから情報漏えいに繋がるからだ。
その一方で、古川通信のTOBは加熱してゆく。
『町下ファンドとアイアン・パートナーズは本日付けで両者の業務提携を解消すると発表した。
米国パソコンメーカーの委任状争奪戦で女性CEOを解任した新経営陣が、その公約となってしまった古川通信の買収に舵を切ったからで、物言う株主として穏健な路線を目指していた町下ファンドと米パソコンメーカーに呼応したアイアン・パートナーズの路線対立が表面化。今回の提携解消となった。
アイアン・パートナーズはそれまで町下ファンドと集めていた古川通信株の名義はこちらにあるとして東京地裁に仮処分を申請。
更に欧米金融機関数社からの資金提供を受けてTOB価格を2600円に引き上げる事を発表。
これを受けて町下ファンドは、古川通信経営陣と合同で会見を開き、このTOBに対して防衛をする事を発表。
古川通信株はストップ高となり……』
これについに古川通信の本当の親が出てくる。
帝国電話だ。
このニュースはオールジャパンで外資から会社を守るという形でマスコミが派手に宣伝した。
『速報:古川通信のTOBに対して、町下ファンドが音頭を取り帝国電話を中心とした企業連合がホワイトナイトを表明。
2800円で対抗TOBを……』
岡崎の準備完了の報告は、岡崎の部下である船上庄忍からメイドをやっている一条絵梨花を通じて、お茶会の席で伝えられた。
「私、ムーンライトファンドの船上庄忍さんとはよく話すんですけど、彼女のボスの岡崎さんがお嬢様の真似をして紅茶を頼んだんですよ。
みんなして似合わないって笑ったら『お嬢様だってコーヒーのブラックの味が分からないだろう』って……」
「そりゃあわたくし、これでもお子様ですから。
せっかくだから、コーヒーを入れてくださいな。
砂糖とミルクたっぷり入れて」
「はーい♪」
置かれている紅茶を飲み干し、息を整える。
何も知らない一条絵梨花を一旦部屋から追い出すと、当然控えているアンジェラに、私は引き金を引く。
「アンジェラ。
ちょっと気になる話があるんだけど」
「何でしょうか?
お嬢様」
「来年のお買い物候補に、ゼネラル・エネルギー・オンラインも考えているのだけど」
「そういえば調べてましたよね。
それが何か?」
「調べれば調べるほど、あれ監査法人グルだったんじゃない?」
「……まさか。
米国5大会計事務所の一つですよ」
これこそ、今回の仕掛けの最大の切り札。
未来知識の事前発動である。
起こる出来事をこちらのタイミングで起爆させる。
ゼネラル・エネルギー・オンライン倒産は米国内でもスキャンダルになっており、しかもゼネラル・エネルギー・オンラインCEOは大統領のお友達であり、大口献金者だった事もあって、米国政界にもその波紋は広がっていたのだった。
「ほら。
うちも今の大統領とは親しいでしょ。
変な声が出る前に身奇麗にしておきたいのよ。
この国の大臣と対立している身の上といたしましては」
「お嬢様。
何か掴みましたね?」
こういう時のアンジェラは鋭い。
それに乗せられたふりをして、私はプリントされたとある企業のデータを見せる。
ゼネラル・エネルギー・オンラインと同じ会計事務所で、米国長距離通信二位の会社の名前が乗っていた。
「WCI社っ!?
嘘でしょ!?」
「事が事だけに岡崎がさっき私に直に持ってきたわよ」
内部告発メールを見たアンジェラの声に、戻ってきた一条絵梨花の入れたミルクコーヒーに私は口を付ける。
もちろん私と岡崎の自作自演だ。
第三者を装った内部告発メールは、わざわざロンドンのネットカフェの捨てアドレスから送られるという念の入れよう。
そして、アンジェラが驚いている間に私はアンジェラの考えを誘導する。
「これ、見なかった事にしましょうか」
「お嬢様!?」
アンジェラが思わず紙もろともテーブルを叩きつけ、カップの中のミルクコーヒーが溢れた。
テーブルの紙にカフェオレ色のシミが付くのを眺めながら、白々しくさも当然に己の立場を主張する。
「だってそうでしょう?
私は今の大統領と近い人間なんですから。
テロとの戦争完遂のためにも、今の大統領には倒れてもらうのは困るのよ」
にっこり。
私は大統領を守った。
少なくともアンジェラはそう報告する。
同時に、内部告発の形をとった以上、この情報は他所にも流れているのは間違いがない。
アンジェラの視線が、控えているエヴァと交差したのを私は見逃さなかった。
「分かりました。
お嬢様はこの手紙を見なかった。
そう報告しておきます」
もちろん、この内部告発情報はCIAを通じて、大統領にまで挙げられるだろう。
WCI社も大統領に近く、大統領の大口献金者の一人だったのだ。
ここで庇ったら、大統領が致命傷を受ける。
先に切り捨てる事で、大統領はダメージを受けるが致命傷は免れるだろう。
それは、WCI社に不正会計で公的捜査が入る事になり、準備万端の準備が整った岡崎の前に決定的な大暴落のチャンスがやって来る事を意味していた。
『速報:米長距離通信事業WCI社の不正会計事件でCEOが辞任を表明。米ナスダック総崩れ』
この速報が世界に発信されるまでの時間はわずか三日間だった。
マン島 ケイマン諸島 ヴァージン諸島
タックスヘイブンと呼ばれる租税回避地。
ペーパーカンパニーを通じて、カネの出所がわからないようにした。
これで麻薬や武器売買などの汚いお金を、綺麗なお金に替えるのがマネーロンダリングである。
複数のタックスヘイブンを介在させる事で、誰のお金かわからないようにもしている。




