融資審査 対小規模ベンチャー編 結果
「これは彼らの事業計画なのですから、お嬢様は口を出してはいけませんよ」
にこりと笑う一条だが、この言葉自体が既にヒントになっているのに三人は気付くだろうか?
社会というのは基本ルールもマニュアルも教えられない上に、裏ルールなんてのもあったりする。
その可能性に気付いたのは光也くんだった。
「桂華院。
君は一条CEOとの会話に口を挟まないでくれ。
その上で、友人として俺たちに教えてくれ。
君は一条氏の審査を通ったんだな?」
私はただコクリと首を縦に振った。
一条の提示した『口を出さない』に抵触しないように。
つまりはそういうゲームのルール。
私というヘルプをどのように使うかが、このゲームの鍵となる。
「ムーンライトファンドの資金調達は桂華院さんが自前で調達したと。
道理で政財界でこの銀行の名前が出る訳ですね」
「いいですね。
そういう外堀から埋めてゆく姿勢は嫌いではないですよ。
ただ、時間をお忘れにならないように」
裕次郎くんの呟きに一条が楽しそうに反応する。
私も彼らや一条たちと話をして思ったのだが、頭のいい人間と話をするとその会話のラリーが速くて楽しいのだ。
おそらくは、桂華財閥が岩崎財閥に飲み込まれた現状、私が買い漁った企業群が未だ桂華の名前で存続している事の不思議を裕次郎くんは私を知っているから察したのだ。
彼らを前に数千億のお買い物報告を何度もしていたから、それに気付くのも時間の問題ではある。
「審査を通ったという事は、担保があったはずだ。
考えられるのは土地。
俺たちには土地はないからこの手は使えない」
ある程度の家ならば、私の両親の不祥事は知っているので保証人は無いと判断できる。
そう判断した栄一くんが実にいい笑顔で一条と相対する。
そして、栄一くんは保証人を切り出す。
「だとすれば、保証人だろうな。
親の名前で金を借りる。
これだと幾ら貸してくれる?」
「無担保無保証低金利で10億」
一条の即答に三人は今頃親の偉大さを思い知っているだろう。
そして、子供の無力さと大人への憧れあたりを考えている頃だろうか。
大人を体験してしまった私には、この子供時代が狂おしく愛おしいのだが。
「それなら、俺たちの名前とアイデアだと幾ら貸してくれる?」
「大人になってから出直してきてくださいとしか言えませんね。
日本の金融機関だと」
ほら。
一つの正解例と別ルートのヒントが出たぞ。
皆勘違いしているが、融資というのは金融機関も『お金を貸したい』のだ。
何故ならば、金融機関はお金を借りて集めて、そのお金を貸す金利差で基本利益を作っているから。
お金を貸さなければ、金融機関は利益を作れない。
問題は、そのビジネスが破綻して貸したお金が帰ってこない場合で、それを避けるために日本では土地という担保を取るし、保証人なんてのを欲しがるわけだ。
土地神話株神話にあぐらをかいて、大量の不良債権に苦しんでいるのは笑い話だが。
「事業アイデアについてはシリコンバレーの方から高い評価を受けているのにですか?」
「この場合、金融機関が気にするのは事業の継続性です。
金のなる木に育ってほしいし、短期の貸出で終わるならば貸す手間の方が面倒ですからね」
裕次郎くんの確認に一条が優しく諭す。
三人の顔を見るに、大体の問題点が見えてきたらしい。
「つまり、俺たちが子供であることと、事業が続けられるかが最大のネックという訳ですね?」
「はい。そのとおりです」
光也くんの解答に、一条は正解と軽く拍手をする。
そうなれば手は幾つかあるが、それを彼らが知っているかどうか。
「元々はこのプランをテイア自動車のウェブ事業に売る事を考えていたから事業の継続性なんて無いぞ」
「いや、ウェブだからこそ常時情報を更新し続けないといけない。
そのためには、常にスタッフを確保しておく必要がある。
そして、このウェブサイトを一番良く知っているのは俺たちだ」
「つまり、ウェブサイト更新スタッフとして仕事を受注できる。
事業の継続性はこれでクリアできるはずだ」
やっぱりこの三人はすごい。
栄一くんが問題点を提示し、光也くんが解決策を提示し、裕次郎くんが現実的な落とし所を探り出す。
三人寄れば文殊の知恵とは言うが、三人チートが揃えばさて何と名付けようか。
「あとは俺たちが子供であることが問題という事なんだが……」
「それも手段がない訳じゃない。
会社法人に貸せば少なくとも子供に貸すなんて見られなくなる」
「なるほど。
学生ベンチャーかぁ」
ここまで来ると、三人にとってはゴールは見えたようなもの。
その三人の議論を一条が楽しそうに見ていた。
「何処までこの展開を読んでいたのよ?」
「成功するとは思っていましたよ。
何故かと言うと、お嬢様のご友人なのですから」
こっそりと尋ねてみたら一条はいけしゃーしゃーと言い放つ。
まぁ、そう言われると私も何だか嬉しい。
「米国ネバダ州でウェブ制作の株式会社を起業し、日本支店の業務としてテイア自動車の携帯サイトの仕事を請け負う。
その上で、代表は帝亜財閥総帥帝亜秀一の息子帝亜栄一。
テイア自動車との取引そのものを看板として、他のウェブ事業者が買い取りの交渉を求めたら売却に応じる。
そういうビジネスプランで、いくら融資して頂けるでしょうか?」
そんな正解を栄一くんが口に出した時、残り時間は5分を切っていた。
一条はベンチャー投資の資料や法律関連の書類を栄一くんに手渡しながら、彼らの価値を決めた。
「無担保無保証ならば、金利2%で1億。
お父様の保証を付けるならば、金利0.5%で10億。
お好きな方を選んでください」
みんなの顔に勝利の笑顔が映る。
多分彼らはこの時点で大人になっただけでなく、何者かになったと自覚できたのだろう。
誇らしげに笑っていた栄一くんが、やっとコーラに口を付けて私の方を向いた。
「瑠奈。
お前この事業に絡みたがっていたな。
幾らで買ってくれる?」
私と一条は互いを見た上で、彼らの正解に降参したのだった。
おまけ
「ちなみに桂華院さんは、一条CEOからどうやって融資を受けたの?」
「東京支店に乗り込んで、バランスシートを見せてもらって不良債権の額を確認した上で、屋敷を担保に5億円借りました」
「桂華院よ。
それをお前は何歳でやったんだ?」
「ひ・み・つ♪
こら。何でみんな私を見ないのかなぁ?」
「つまり、元手5億が今や兆のムーンライトファンドという訳だ。
そりゃロマノフ家の財宝説が出る訳だ……」
学生ベンチャー
私が学生時代だった90年後半時に既に話題になっていた。
米国起業の日本支店という形で株式会社を作れるという聞いた時の、『この手があったか感』は今も忘れなれない。
何しろ1ドルで株式会社ができるというのが90年台の日本においてどれぐらいすごかったかなんてあの時の人間でないと理解し辛いだろうからだ。
グーグル先生でさっと確認して、起業で名前がよく見られたネバダ州に決定。
金利
日本政策金融公庫の金利情報から少し高めをチョイス。
景気環境が今より良いから高くなっているという設定。




