金色を滅し、星は再び愛を受ける
「勝ったんだし、祭りだよな!?」
「祭りをやるっきゃねえよなぁ!?」
「お? やる? やるか?」
「やるしかねえ!」
『祭りじゃああああああああああああああああああ!』
グランドクエストをクリアした後、プレイヤー全員で討伐証明となる鱗やらなんやらを持ってリトルナイトに赴き、リトルナイトの住人全員、特にブランにエマがきつく説教されたのちに、プレイヤーたちが急にそう騒ぎ出した。
吸血鬼たちは人間と親しくするつもりはないと言って追い出そうとしたが、エマとヨミがまあまあと説得することで、とりあえず祝宴を開くことが決定した。
決定したはいいが、食材とかはどうするんだと言い出しっぺの青年に聞こうとしたところで、最初から勝つつもりで来ていたのか手際よくバーベキューセットを用意し始めたのを見て、呆れるしかなかった。
なんでそんなもんをこんな大事な戦いの時に持ってきてんだよと問うたら、
「え? 勝つつもりでいたし」
と、真面目な顔で返された。確かに勝つつもりでいたが、ステラもエマも何度か危ない目に遭っていたし万が一もあっただろうと思ったが、結果的に勝てたからいいやと思考放棄する。
ノーザンフロスト王国から一緒に来たアーネストとイリヤの護衛も、飛空艇の乗組員たちもみんな呼び集めて、リトルナイトの外に出るほどの規模のバーベキューパーティーが開催。
肉や野菜、お酒などを大盤振る舞いし、人間同士のプレイヤーとNPCはあっという間に親密になった。
吸血鬼たちは肉と酒を受け取るだけ受け取った後、人間から離れてヨミやヘカテー、シエルら魔族とエマたちを引っ張って行って一か所に固まっていたが、酒がはいってテンションがおかしくなったプレイヤーがそこに乱入。
最初は全員酷く警戒していたが、一時間もしたらそのプレイヤーとは親しくなり、更にもう少し時間がすぎたら今回のレイド戦に参加した大半のプレイヤーとは打ち解けていた。
まだアーネストやイリヤらノーザンフロスト王国側のプレイヤーとNPCは信用しきっていないようだったが、ゴルドフレイを倒したと言うことでアーネストとイリヤだけは他のノーザンフロスト国民より信じることにしたらしい。
「ヨミちゃーん、たのしんでるぅ~?」
「一番頑張ってたんだから、たくさん食べてねー!」
「あ、ありがとう……」
「ステラちゃんもだよー。本当にお疲れー!」
「あ、ありがとうございます」
吸血鬼たちから離れたヨミはステラと一緒に、ちょっと離れたところでお肉と野菜を食べていたら、アルコール類は味だけ再現されているのに雰囲気でベロベロに酔ったプレイヤーたちが、大量の肉と野菜を持ってやってきた。
純粋な厚意、とは少し言いづらいかもしれないがせっかく持ってきてくれたものなのだし、受け取る。
「……未だに、夢のように感じます」
用意されたパイプ椅子に腰を掛けて二人で一緒にお肉を食べていると、ぽつりとステラが零す。
顔を見れば、やり切ったとも受け取れるし、何か目的を失ったとも受け取れる、曖昧な表情をしていた。
「思えば、五年前に故郷と家族を全て失ってからずっと、私の心は金竜王に対する憎しみと復讐心でいっぱいでした。何年かかっても絶対に殺す。何があっても殺してみせる。ただそれだけが原動力で、あんな体になっても動き続けられた。きっと、あの時ヨミ様に会うことができなければ、私はどこかで野垂れ死んでいたでしょうね」
困ったような笑みを浮かべ、お皿の上の焦げ目がついた輪切りの玉ねぎをフォークで刺して上げて、しゃくりと齧る。
「あの時ヨミ様を見つけることができて、私の願いを聞いてくださって、面倒を見てくださって、多くの人たちに助けられて支えられ、心も少しずつ癒してもらえて。それで、エマ様たちと出会い、多くの女神様の加護を受けた冒険者様たちの協力を得て、こうして悲願を達成できた。現実だと分かっていますけど、もしこれが夢なのだとしたら……こんなに幸せな夢、一生覚めてほしくないです」
「……そうだね。こんな風に大勢とバカ騒ぎして、美味しいご飯を食べて。本来はなんて事のない当たり前は、本当は奇跡の上で成り立っている危ういもの。永遠にこういうのが続いてほしいって思うのは当然だよ」
現実だって、いつ病気になるかも分からない。どれだけ気を付けていても、交通事故に巻き込まれる。何かしらの事件に巻き込まれる。そういう危険性が、目に見えないだけで必ずそこにある。
そういう危険なことは、気を付けているから当たらない、ということも当然あるが、ヨミは気を付けていつつも起こりうる最悪を常に紙一重で回避し続けていると言う奇跡の上で成り立っているとも思う。
この理屈で言ってしまえば、ステラの故郷もエマの故郷も、ただ運が悪かったから滅んでしまったという風になってしまうが、偶然ゴルドフレイがエヴァンデール王国の空を飛んでいる時に、空はいずれ人のものになるという会話を聞かれたのだから、その点では運が悪かった。
「ずっと胸に抱き続けて来た復讐心がなくなって、ぽっかりと穴が開いたような気分ですが、ずっと張りつめていたものが、蝕んでいたものがなくなったので非常に清々しくもあります。これも全て、ヨミ様のおかげです。ありがとうございます」
「ボクだけじゃないよ。ここにいる全員が、ステラさんのことを助けたくて戦ったんだ。だからその言葉は、ボク一人に向けちゃダメだよ」
「ふふふっ、分かっていますよ。あとでちゃあんと、皆さんに感謝しておきます」
くすくすと笑い合い、ステラのお皿の上になかったハーブチキンを分けたり、逆にヨミのお皿の上になかった焼肉サイズのヒレステーキ肉を貰ったりしていると、急にじっと見つめて来た。
「な、何?」
「そう言えば、私が危うく金竜王に殺されそうになった時、ヨミ様は私の名前を呼び捨てで叫んでおられましたよね」
「あー……、それはまあ、色々と動転してね。急に攻撃してくるもんだから焦ったよ。ステラさんはボク等にとって最優先で守るべき、」
話している途中で、すっと人差し指を唇に触れさせてきた。
ステラほどの美少女にそんなことをされて思わずドキッとしてしまう。
「どうか、ステラ、とお呼びください」
「え、でも、」
「ステラ、です」
「えっ……と」
「ス・テ・ラ」
「……分かったよ、ステラ。今後はそう呼ぶ。でもこっちも条件がある」
「はい、何でしょう」
「もうそれは癖のようなものかもしれないけど、できるなら敬語は禁止。ボクのことも、様付けはしないで。その……ボクたちはもう、友達でしょ?」
少しもじもじしてから顔を見ると、ステラはぱちくりと目を瞬かせていた。
まさかそう思っていたのは自分だけかと思ってしまいショックを受けそうになったが、その表情のまま涙を流されてどういうこっちゃとはてなが大量に浮かぶ。
「ともだち……えぇ……! 私たちは、友達です! 友達、です……!」
ぼろぼろと涙を流しながら、何度も何度も「友達」と繰り返す。今思えば、助けてからステラのことを明確にそう呼んだ記憶がない。
別に友達になろうと言わなくたってそういう関係になれるのだし、言わなくてもいいだろうとしていたのだが、それがかえってステラを少し不安にさせていたのかもしれない。
「あれ、何で涙が……。嬉しいことですのに……」
「嬉しいことでも、涙は出るものなんだよ」
「……えぇ、そうですね。その通りですね。……ありがとうござい……ありがとう、ヨミ」
「何に対してのありがとうかは分からないけど、どういたしまして」
泣き笑いで、慣れないタメ口でありがとうと言うステラに、ヨミはへにゃっと笑いながら返す。
ぐすぐすと鼻をすするステラの頭を優しく撫でる。保護してからすっかり健康的な姿になり、傷んでいた髪も柔らかくさらさらで指通りもよくなり、艶やかでいわゆる天使の輪と呼ばれる光沢もある。
もし、彼女の故郷が残っていたら王女様としてドレスを着ていた姿が見られたのかもしれないなと、もう敵わないそれをちょっと悔しく思う。
「ヨミ。その……これからもよろしくおねが……よ、よろしく」
「……ぷっ」
「な、なんで笑うんですか!?」
「い、いや、ごめん。一生懸命敬語を止めようとしているのが、なんか可愛くて」
「むぅ……。ノエル様も言って、たけど、ヨミってちょっと意地悪」
「それはちょっと心外だなー」
これは後でノエルとお話をお話をしなければなるまい。彼女は首を甘噛みされたりするのに弱いようなので、甘噛みしながら問いただすと決める。
ぷくっと頬を膨らませてほんのりと不満げにしているステラの頬を突っついて、ぷしゅっと口の中の空気を抜くと、変な音が出たと顔を真っ赤にしてぽこぽこ叩いてきた。
それがまた可愛らしくて笑うと、いよいよ不機嫌さが増してきそうになったので機嫌を取った。
許してほしいなら、今度膝枕してほしいと言われ、どうしてどいつもこいつもそれをしてほしがるのだろうかと、心底不思議に思った。




