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8通目裏2 私のお嬢様

シエラさん視点。8通目0と3の接続回です。

さらーっと読んでください。

 私のかわいいお嬢様が帰ってきました。


「おはようございます。お嬢様。朝ですよ~?」

「ふにゃぁ…あとごふん…」


 揺ればベッドに丸くなるお嬢様。にっこり笑って上掛けを引っぺがします。


「さむ!!…え?さむい??」

「お嬢様、今は3の月です。そして本日はイリオス様とフィーリア様の結婚式です。」

「はぇ?えええ?!」


 部屋から消えて数カ月。

 あの時のままのお嬢様は、今日もベッドで「貴重な年齢一桁の若い時間を失った…あれ?成長してないから儲けた?」と変に悩んでます。



 ◆◇◇



 それはある夜のことです。

 ケロちゃんが使用人呼び出しベルを鳴らし、大きく吠えたてました。

 慌てて部屋に行き、すぐ状況を確認。窓や扉の侵入者用の罠は解除されておらず、触った形跡もありません。靴も服もにゃんポケもそのままで、お嬢様だけがいません。


 そもそもケロちゃんのテリトリーにただの人間が侵入しようものなら、音も立てずに返り討ちにされます。魔族の悪戯もケロちゃんを騙すことは難しいです。

 誘導されたベッドのシーツは温もりがあり、先程までいたのは確かです。注意深く観察すると、くんと、僅かに香りが。

 可能性に思い当たり、急ぎイリオス様に報告に向かうと、そこには魔族のセバスさんもいらっしゃいました。


「御歓談中失礼します。イリオス様。お嬢様が消えました。」

「何が起きた?」

「わかりません。罠の解除も人の侵入した形跡もベッドから降りた様子もありません。荷物もそのままです。お嬢様だけがいません。」

「わんわんわん!」

「…どうやら、一足遅かったようですね。妖精族の仕業のようです。」


 妖精族の連れ去り。

 その事実からざっと考えられる問題の多さに眩暈がします。連れ戻せるか、戻せても普通の状態でいられるか、一番マシで『器だけのお嬢様』、つまり屍です。


「王家を通していたら時間がかかりすぎる。リスクも高い。まずはシャルが接触してた大樹様に行く。供物の用意を。」

「すぐに。」

「ケルベロス、近くまで道案内してくれるか?」

「わん!」


 ◇


 イリオス様が可能性のある手段を組み立てますが、初手の大樹様に辿りつくことができません。

 セバスさんによると、妖精魔法の干渉が入り、意図的に道を捻じ曲げられて塞がれているようです。


「大樹様が道を閉ざしているのか?」

「いえ、おそらく違うでしょう。お嬢様の部屋と同じ複数の魔法痕があります。

 私で吹っ飛ばして脅しても構いませんが…妖精界への影響が大きいでしょうね。

 何分、悪魔族の長なので。」

「破壊したら揉めるな。ウチの妹が原因で、人族ならまだしも、魔族を異種族抗争の火種にさせられない。他に入口は?」

「ケルベロスを使って魔族界から妖精界に追う手もあります。冥界の出なので先に魔王様の許可が必要です。」

「どちらも荒事に突入か…正攻法だと、本国侯爵家から王家筋…隣国では調査も含めて厄介だな…」


 妖精界への接触は異国の貴族家では分が悪すぎます。

 原因調査でお嬢様の全属性を嗅ぎつけられると、事情を聞く名目で、今度は王家が返さない可能性が高いのです。


 ◇


「セバスさん、魔王様にお願いできませんか?」

「シエラ。」


 成り行きを見ていて、居ても立ってもいられず声を出すと、イリオス様が鋭く牽制されました。

 魔王ことアスト様に願い出るということは、供物…命をかけることになります。


「私の管理能力不足です。二度と大樹様の下へ行けなくても、お嬢様を隔離すべきでした。」

「花の精でトロールじゃない。取り換え子ではないから対策は難しいだろう。

 きちんと報告をしてなかったシャルも問題だ。

 それ以前にいつでも大樹様の下へ行けると思ってた私の見込み違いもある。」

「しかし…」

「シエラ、簡単に命をかけるな。

 戻ってきてお前がいなかったら、シャルは泣くぞ?」


 イリオス様の言葉にぐっと堪えます。

 いつもおまぬけさんで、おっちょこちょいで。明るくて落ち込んで怒って泣いてまた笑う。いろんな表情を見せてくれるお嬢様。


 子守女中としてお側についたときはまるで人形のようでした。

 今ほど表情はなく、言葉も少なく、大人の言葉に反応して動く、薄い魂魄が入ったモノ。

 それがある頃から豊かで楽しく振り回される姿に、常に高度な技術と緊張を強いられるアシュリー家で癒しスポットになってました。

 お嬢様がいなくなれば、寂しい悲しいと思う者は多いのです。


「…セバス。アストはシャルのことで耳を貸してくれるだろうか。」

「…可能でしょう。コック長を誑し込んだ娘です。頂いたレシピで大人しくなった魔族も多いですから。」

「ここで昨夏のシャルの功績が光るとは…では、セバスへの対価は何を?」

「魔王様が不在中はオックスが仕事を担います。

 私の手をかけずに、機嫌よく働かすための貢物がいいですね。人族の斧関係の書籍か…あとは柿。」

「柿、ですか?」

「えぇ。ドライフルーツや干柿。

 堪え性がなくて干してる最中に食べてしまうんですよ。なので乾燥した甘い柿を与えると、しばらくは黙って私の分も仕事してくれます。楽でいい。」

「干柿は冬に仕上がるが…そういえば、シャルが柿のゼリーみたいなものをシェフに作らせてたな。」

「先にそれで手を打ちましょう。レシピもあればコック長を味方に入れます。」

「ありがとう。すぐに用意させる。」


 ◇


 セバスさんがケロちゃんと共に魔族界へ戻り、古城の応接室でアスト様を待ちます。

 妖精界の時間は歪で、極端に早い所もあれば遅い所もあります。故に、即断即決。

 スピード重視で、空いている時間に考えられることを挙げていきます。


「シエラ。シェフ達をスタンバイさせておけ。大樹様への供物リストはあるか?」

「お酒と食べ物をいくつか。同等の物は保管庫にあります。すぐ出せるよう用意させましょう。」

「指示だけ出してシエラはシャルの準備を。上から羽織れるもの…旅装のマントなら仮に遠路でも耐えられるか。」

「今と大人サイズの着替えとブーツも入れておきます。変装用にしますか?」

「現時点で、いつどの国に出るかわからないから旅商人風が妥当だろう。メモと路銀も入れて。携帯食糧と換金しやすいものも。」

「かしこまりました。」


 アスト様がいらっしゃると、今度は交渉に入ります。

 イリオス様はこれまで、魔族に対して『依頼』という言葉を使ってきませんでした。

 それがわかっているからこそ、アスト様も魔王と人族の正式な対価――『命の契約』の形式を取らず、私的な『漬物大盛り』に指定しました。

 まるで言葉遊びのようなやりとりですが、内容は国家間どころか異種族・異界間の大問題です。とても対価に見合うものではありません。

 ケロちゃんが動き、セバスさんが動き、ベスさんもデュラハンさんも動いてくれる。

 もし、アスト様達のご厚意が無ければ、どうなっていたでしょうか。


「本国で待ってろ。シャルを連れていく。」


 デュラハンさんの開いた妖精界の道が閉じるのを目に焼き付けます。

 お嬢様の異界探索が益々大事になってる気もしますが、今の私にできることはそこにありません。


「シエラ。シャルが戻るまで数カ月は覚悟なさい。そんな顔では耐えきれないわよ?」

「ベス様…」

「だいじょーぶ。何かあっても魔王様が喧嘩するだけだから。

 魔王の魔石保有者に手を出したのよ?妖精界も強くは出られないわ。」

「…別の意味で心配になってきました…お嬢様生き延びますよね?」

「ケロちゃんがいるから大丈夫でしょう。冥界も入口までなら一時退避で戻ってこれるもの。」


 私を励ましてくれた赤い髪のサキュッパスさんを見て、イリオス様とセバスさんの様子も見て、もしかしてこれなら…と提案することにします。


「ベスさん、不在の間に貴族令嬢ごっこはいかがですか?

 本国で帰還の宴があります。間近でファッションチェックができますよ?」

「お、いいねー!その調子。幻術でシャルに化ければいいかな?」

「昨夏のおばけ屋敷と今秋の薔薇の子のことがありますから、未成年とはいえお誘いも多いと思います。」

「父と母には私から言っておこう。セバスは一旦魔族界へ?」

「えぇ、オックスを十分躾けてから侯爵邸へ参りましょう。証を貰い受けても?」

「よろこんで。」


 柿ゼリーもどきとドライフルーツを手にしたセバスさんは、「それでは、しばしお暇を。」と挨拶をくださると、楽しそうに魔族界へ戻られました。


「セバスさんね、柿を見せびらかしながらオックスを踏みつけるの。そこに喜びがあるんですって。」

「流石悪魔族…ちょっと旦那様と通じるところが…」


 とても一人族ではできないことが、お嬢様たちが繋げた縁で成り立っていきます。

 欲に実直な魔族が、人族の少女のために動く。まるで物語みたい。

 物語といえば…


「シエラ?」

「お嬢様が『立派な悪役令嬢になる』っていつも豪語されるんです。」

「…なれるかしら?」

「…どうでしょう?」


 クスクスと笑い合う人族と魔族。本当に不思議な縁です。



 ◇◆◇



 冬の初めにセバスさんへお嬢様確保の一報が入り、妖精女王との交渉を行うことが伝えられました。単純に返すだけでは同じ事が有り得るので、そのあたりも詰めてくださるようです。

 そうして春告げの時、アスト様に抱えられたお嬢様は、「絶叫系 安全装置を 離せない」と乗り物酔い?で、まともな精神状態で、消えた時のままの体で、無事戻られました。

 翌日から丸二カ月眠りっぱなしでしたが。


「異界渡りで体に負荷がかかったのだろう。呪いではないから安心しろ。」


 くぴぃ~すぷぅ~と眠るお嬢様を心配してると、様子を見に来たアスト様が教えてくださいました。

 ぽりぽり漬物を食べてる姿に、あぁ、大丈夫なんだと落ち着きます。判断材料が魔王様の食欲で納得する私もだいぶ慣らされました。

 そうして今朝、ようやく目を覚ましたお嬢様。久しぶりの髪を結います。


「私のドレスってどうなってるの?」

「奥様から妖精のワンピースをとお達しがありましたぁ。」

「ティターニア様の?着てたばかりよ?皺になってない?」

「二カ月前ですよ?妖精のワンピースはサイズチェンジも変形もできるそうで、ベスさんとリリィさんが楽しそうに整えてましたよぉ~」

「…主役のお株を奪ってしまわない?」

「いいえー?供物の礼で妖精の布がありまして。フィーリア様のドレスに誂えたのでお揃いだそうです。」

「なんてこったい。」


 鏡の前でいつも通り百面相をするお嬢様。そういえば妖精界に行く前と一つだけ変わったところがあります。


「お嬢様、額飾りは着けますか?」

「へ?」


 妖精女王から祝福を預けられた場所には、薄く花の種のような文様が。


 後程、三男のエルンスト様から「第三の眼!シャル…やるな…!」と褒め讃えられ?、「エルンストお兄様の厨二病が悪化した!!」と嘆くお嬢様は、今日もかわいいです。

いつかオックスさんにも花を持たせたい。

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