エピソード2-27:終焉の歯車、あるいは共鳴する魂 一
王都の命運を懸けた、最後の戦いが幕を開けます。
魔導炉はもはや、聖なるエネルギーの供給源ではなく、巨大な歯車が噛み合う「鋼鉄の監獄」へと変貌していた。
王都中央、立ち入り禁止区域の最深部。魔導炉へと続く巨大な防壁の前に、四人の姿があった。
炉の内部からは、大気を震わせる不気味な重低音と、高圧蒸気の噴出音が響いている。
「……リリィ、ハッキングによる強制開錠は?」
「……否定。大司教による物理的なロックが多層展開されています。電子的な干渉は 82% の確率で遮断されます」
アリスが不機嫌そうに端末を叩き、シフォンを見た。
「……作戦変更よ。シフォン、あなたの『暴力』で道を作りなさい。アリアはリリィと連携して、飛散する破片から私たちをガードして」
「……了解。……全部、……壊す」
シフォンの槍に黒いオーラが収束する。彼女が地を蹴った瞬間、厚さ一メートルの魔導鋼鉄の扉が、紙屑のようにひしゃげ、吹き飛んだ。
突入陣形:
• 先鋒(Breaker): シフォン。物理障壁の破壊。
• 中衛(Scanner & Guard): リリィとアリア。全方位の迎撃と索敵。
• 後衛(Controller): アリス。魔導炉のシステム奪還。
四人は、歯車が逆回転し、火花が散る狂気の回廊を駆け抜けた。
魔導炉の中央、本来なら青い魔力光が満ちているはずの空間は、今や巨大な蒸気機関の心臓部と化していた。
その中心に、かつて「大司教」と呼ばれた男の成れの果てがいた。
彼はもはや、脊髄の一部を除いて人間ではなかった。数千、数万の歯車が複雑に絡み合い、炉のエネルギーを直接吸い上げる、全高五メートルを超える「完全機械生命体」となっていたのだ。
『……来たか、不確定要素の塊どもよ。……見よ、この完璧な美を。……感情も、魔法という揺らぎも介さぬ、……永遠なる絶対論理の姿を!』
大司教の背中から、真鍮製の巨大な多節棍のような触手が伸び、音速を超えてアリアたちを襲う。
「……アリア、左! 迎撃!」
「はい!」
アリアは細剣を抜き放ち、リリィの演算支援を受けて、最小限の動きで触手を弾く。かつての彼女なら悲鳴を上げていたであろう衝撃を、今の彼女は「守るための力」として受け流していた。
「……シフォン、アリア! 炉の出力を私が抑え込めるのは、あと百二十秒が限界よ!」
アリスが端末に魔力を流し込み、咆哮する。
『……無駄だ。……私の機械言語は、……貴様らの理解を遥かに超えている!』
大司教が全エネルギーを解放しようとした瞬間、シフォンが空中で槍を旋回させた。
「……アリア。……合わせる。……ヴィオラの時と、……同じ」
「……肯定します、シフォンさん! 行きましょう!」
二人の少女が、正反対の軌跡を描いて跳躍した。
シフォンは「死」を体現する黒い一閃。
アリアは「希望」を繋ぐ青い一閃。
合体奥義:双閃・共鳴臨界
アリアの細剣が大司教の装甲に楔を打ち込み、魔力回路を一時的に「開放」状態にする。
そこに、シフォンの槍が、ヴィオラから受け継いだ重力干渉の全出力を叩き込んだ。
「……これで、終わりです!」
アリアの叫びと共に、二人の力が大司教の核で交差した。
感情を否定し、論理のみを信奉した機械の神は、皮肉にも「愛」と「信頼」という、最も計算不可能な力によって内側から崩壊を始めた。
『……馬鹿な、……計算、……不、能……。……何故、……不純物が、……完璧を……』
断末魔と共に、大司教を構成していた歯車がバラバラに弾け飛ぶ。
王都の魔導炉に、再び澄み渡った青い光が戻ってきた。
静寂が戻った魔導炉の底で、アリアとシフォンは肩を寄せ合って座り込んでいた。
アリスは端末を閉じ、深く溜息をつき、リリィは静かに二人の元へ歩み寄る。
「……終わりましたね、シフォンさん」
「……うん。……お腹、……空いた。……アリアの、……クッキー、……また焼いて」
アリアは、震える手でシフォンの手を握り返した。
その掌の温かさは、大司教が求めたどんな完璧な機械よりも、確かに、そして力強く脈打っていた。




