エピソード2-17:残響のログ、あるいは北の深淵
王都へと帰還した魔導飛空艇。その一室には、重苦しい沈黙が沈殿していた。
中央のテーブルにはアリスの携帯端末が置かれ、その周囲をアリア、ミリア、リリィ、そしてシフォンが取り囲んでいる。
ヴィオラの遺体は王宮の安置所へと運ばれたが、彼女が最後に遺した「データ」が、アリスの手によって復元されようとしていた。
アリスの指が端末の鍵盤を叩く。青白いホログラムが空間に展開され、ヴィオラの無機質な、しかしどこか柔らかな声が再生された。
『音声ログ、再生開始。個体名ヴィオラ。本記録は、私の内部クロックが停止し、かつアリスの端末との同期が途絶した場合にのみ公開されるよう設定されています』
ホログラムに映し出されたヴィオラの姿は、調整を終えた直後の、あの青い髪を靡かせた姿だった。
『まず、技術的な報告を優先します。……アリス。私のオーバーロック中に収集した「零」の戦闘機動、および琥珀魔力の周波数データを添付しました。……これは、あの子と同じ「初期型」であるリリィのアップグレードに役立ててください』
アリスは唇を噛み、何も言わずに画面を見つめた。
ログの声は、少しの間をおいてから、より「人間味」を帯びたトーンへと変化した。
『……ミリア様。あなたが作ってくれたスープの温度を、私の記録回路は「幸福」というフォルダに分類しました。……頂いた服は、私のコアの一部になりました。……ヴィオラという名前を、……ありがとうございました。私は最後の一秒まで、記号ではなく、一人の娘として存在できました』
ミリアは口元を抑え、溢れる涙を堪えきれずに嗚咽した。
『リリィ。……私を姉と呼んでくれて、ありがとう。……お菓子を食べて、笑って、誰かを愛してください。……それが、私たちが造られた本来の理由ではないとしても、……あなたがそうあることが、私の存在証明になります。……泣かないで。……演算上、私はあなたの記憶の中で永遠に「最適化」され続けますから』
リリィは、ヴィオラが座っていた空の椅子を見つめ、静かに、そして淡々と頷いた。その瞳からは、一筋の雫が頬を伝い、床に落ちた。
ヴィオラの音声は、最後に再び冷徹な分析官のものへと戻った。
『最後に、組織「アンバー・ノア」の首謀者に関する情報を共有します。……私は零との接触時、彼女のバックドアを経由して本部の深層データに侵入しました。……首謀者の名は、「マスター・クロノス」。……彼は、大戦期に失われた「魂の永続化」を琥珀によって実現しようとしています』
画面に、北の最果てにある巨大な琥珀の塔の座標が表示された。
『……そこには、リリィや私、そして零の雛形となった「最初の少女」の素体が保管されています。……彼は、人間を琥珀の中に閉じ込め、静止した永遠を築こうとしている。……アリア様。……どうか、止めてください。……世界には、……終わるからこそ美しい、……温かな時間が必要だと……私は学びましたから』
ログは、そこで途切れた。
ホログラムが消え、部屋に再び静寂が戻った。しかし、その静寂は先ほどまでの絶望ではなく、静かな、そして苛烈な闘志を含んだものへと変わっていた。
「……マスター・クロノス。……その男が、ヴィオラを……あの子を、ただの道具として使い潰した元凶ね」
アリアが静かに立ち上がった。その瞳には、かつてない決意の炎が宿っている。
「……アリア。……準備、できてる。……あいつ、……噛み殺すだけじゃ足りない。……跡形もなく、消す」
シフォンが槍を手に取り、北の空を見据えた。
リリィはヴィオラから託されたデータを自身の脳殻へと同期させ、ゆっくりと立ち上がった。
「……肯定。……姉の遺志を、私の回路に統合しました。……アンバー・ノアの本部を特定。……これより、最終殲滅作戦を開始します」
ヴィオラが遺した、たった数分の音声。それは、機械仕掛けの少女たちが手に入れた「魂」の記録であり、悪を討つための最後の鍵であった。
一行は、ヴィオラが愛したこの日常を守り抜くため、そして彼女の死を無駄にしないために、凍てつく北の地へと向かう決意を固めた。




