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エピソード2-16:零の残響、あるいは家族の記憶

 

 王都から北へ。荒涼とした岩肌が続く最終防衛ライン。

 魔導飛空艇のエンジン音が重く響く中、ハッチが開放された。吹き込む風は凍てつくように冷たく、眼下にはただ一人の少女、「零」が立ち尽くしている。

 

 上空数百メートル。ヴィオラは巨大なハルバートを抱えたまま、迷いなく空間へと身を投げた。

 クリスタルブルーへと変色した彼女の髪が、風に乗り青い軌跡を描く。

 着地の衝撃で大地が爆ぜ、土煙の中から彼女は静かに立ち上がった。

「零」は、無機質な瞳でヴィオラを見つめた。

 二人は言葉を交わさない。ただゆっくりと歩み寄り、至近距離で互いの武器――剣とハルバートを「カチン」と軽く打ち合わせた。

 それはかつての剣闘士が、試合の開始を告げ、互いの健闘を祈るために交わした礼儀作法エチケットの再現だった。

 次の瞬間、大気が歪んだ。

 

 衝突の轟音が、遅れて周囲に響き渡る。

 ヴィオラのハルバートは、彼女自身の華奢な体躯よりも遥かに重く、受けという概念を許さない。一度のクリーンヒットが死を意味する破壊の塊。それを、ヴィオラは近衛騎士のような洗練された技量で正確に零へと叩き込んだ。

 零はその悉くを剣で弾き、あるいは最小限の動作で受け流していく。

 だが、ヴィオラの連撃は止まらない。一振りのたびに地面が砕け、零の体力を着実に削り、その装甲に微細なダメージを蓄積させていく。

 零の剣が、ハルバートの隙間を縫ってヴィオラの心臓を突く。

 ヴィオラはそれを紙一重で回避し、即座に薙ぎ払いの動作へと移行した。

 一瞬が永遠に引き延ばされるような、静謐な斬り合い。

 やがて、零のギアが上がった。

 

 零の速度が数段階、跳ね上がった。

 キレを増した剣が、回避不能なタイミングでヴィオラの心臓部へと突き出される。ヴィオラの演算回路は「回避不可能」という結論を弾き出した。

 だが、ヴィオラはその結論を、自身の命を燃料リソースとした『オーバーロック』で上書きした。

 世界が停止する。

 加速した神経伝達が、物理法則を置き去りにした。

 零が剣を振り抜いた瞬間、そこには既に肉体は存在しなかった。ヴィオラは零秒の領域で移動し、切っ先を紙一重で躱していたのである。

 ヴィオラはハルバートの重さを利用し、遠心力を乗せて零の剣を力任せに弾き飛ばした。

 無防備になった零の胴へ、渾身の一撃を振り抜く。

 

 鋭い衝撃。

 

 ハルバートの刃が零の肉体を深く切り裂き、その機能を永久に沈黙させるに十分な一撃が刻まれた。

 

 ヴィオラが勝利を確信した瞬間、彼女の喉元に衝撃が走った。

 

 二本の小型ナイフ。

 

 零は剣を弾かれたコンマ数秒の間に、武器の放棄と同時に懐からナイフを抜き、至近距離からヴィオラの喉へと投じていた。

「零」はゆっくりと膝を突き、倒れ込んだ。

 その口元には、自身の死すら計画の内であったかのような、冷徹な満足感が浮かんでいた。彼女の目から光が失われ、ただの冷たい石塊へと戻っていく。

 ヴィオラは喉のナイフを引き抜いたが、そのまま力なく仰向けに倒れ込んだ。

 

「……っ……ぁ……」

「ヴィオラ!」

 

 魔導飛空艇から降り立ったミリアとリリィが、必死の形相で駆け寄った。

 ミリアは即座に掌をかざし、最上位の回復魔法を起動する。

 しかし、傷口は塞がらない。

 溢れ出す鮮血はミリアの服を赤く染め、魔法の光は虚しく宙に霧散していった。

 

「……無駄です、ミリア様。……あのナイフには、……回復を阻害する……『アンバー・ノア』の呪いが……。私の……自己修復プログラムも、……既に停止しました」

 

 ヴィオラの声は掠れ、瞳のクリスタルブルーが徐々に色褪せていく。

 

 ヴィオラは震える手で、ミリアの袖を掴んだ。

 

「……ミリア様。……見てください。……頂いた服、……汚さずに、……破かずに……守れました。……約束、……果たせましたね」

 

 紺色のワンピースは、喉元を除けば、土埃に汚れているだけで傷一つなかった。

 ミリアは涙で視界を滲ませながら、ヴィオラの小さな手を握り締めた。

 

「ええ、ええ……。とっても綺麗よ、ヴィオラ。よく頑張ったわね……」

 

 ヴィオラは次に、傍らで言葉を失っているリリィへと視線を向けた。

 

「……リリィ。……姉として、……妹を守るのは……当然のプロトコル……でしょう? ……あなたは、……もっと、……人間として……幸せに……」

 

 ヴィオラの指先から力が抜け、その瞳から光が完全に消失した。

 

 静寂。

 

 荒野に、二人の少女の慟哭だけが響き渡った。

 上空、飛空艇の甲板。

 その惨劇を、シフォンとアリアは沈黙の中で見届けていた。

 シフォンの瞳には、もはや眠気も迷いもない。ただ、底知れない「死神」の闇が凝縮されていた。

 

「……許さない。……アリアを泣かせて、……ヴィオラを壊した、……あいつら」

 

 アリアは拳を血が滲むほどに握りしめ、遥か北、雲の向こうに潜む『アンバー・ノア』の本部を見据えた。

 

「行きましょう、シフォンさん。……すべての元凶を、私たちの手で終わらせるために」

 

 ヴィオラが命を賭して守った「日常」という名のバグ。

 それを繋ぐための、最後の戦いが今、始まろうとしていた。

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