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エピソード2-13:零の宣告、あるいは静かなる予兆

 

 王都の北門上空。昼下がりの穏やかな陽光が、突如として吸い込まれるように陰った。

 大気が凍りつき、重力場が不自然に歪む。城壁の上に立つアリア、シフォン、アリス、リリィ、そしてヴィオラの五人は、その「中心」を見上げた。

 

 

 空間の亀裂から、一人の少女が音もなく降り立った。

 彼女の背後には、漆黒の琥珀で形成された六枚の翼が展開されている。その瞳には感情の揺らぎすら存在せず、ただ観測データだけを処理する無機質な虚無が湛えられていた。

 

「個体名『ゼロ』。目標地点への転移完了。……観測を開始する」

 

 その声は、物理的な音波としてではなく、魔導的な強制信号として王都全域に響いた。城壁の監視兵たちは、その圧倒的な重圧だけで膝を突き、呼吸を阻害されている。

 

「零」は、城壁に立つ一行を順に走査した。その視線が止まるたび、リリィとヴィオラの内部回路が最大級の警告を発する。

「……Lー081。Vー012。および、組織の再編において最大の障害と定義された個体、アリア・フォン・ルミナス」

 

 その冷徹な宣告に、アリアは呼吸を止めた。

「零」の指先が、アリアに向く。それは単なる指差しではなく、死の執行を予約する照準であった。

 

「貴殿らは、この世界の最適化において『不要なログ』です。……本来であれば即座に抹消すべきですが、現在は環境データの収集フェーズにあります。本日は、宣戦布告のみを目的とします」

 

「零」の周囲から、黒い琥珀の粒子が霧のように噴き出し、周囲の石造りの装飾を一瞬で砂へと変えた。

 

「……却下」

 

 一歩、前に出たのはシフォンだった。彼女の銀髪が、逆流する魔力に煽られて鋭く逆立つ。シフォンは愛槍を無造作に担ぎ、空中の「零」を見据えた。

 

「……その名前、……勝手に呼ぶな。……アリアを消すとか、……笑えない」

 

 シフォンの瞳には、いつもの気怠さはなく、かつて「死神」と呼ばれた頃の冷徹な殺意が凝縮されていた。

 

「……リリィ。……あれ、動くゴミ。……ヴィオラ。……あれ、ただの空箱」

「肯定します。……あれは、私たちが捨ててきた『無機質な正解』そのものです」

 

 リリィが静かに答え、ヴィオラも隣で頷いた。

 

「……個体名『零』。あなたの演算には、タルトの甘さも、撫でられる手の温度も含まれていない。……不完全なのは、あなたの方です」

 

「零」は、ヴィオラの言葉を理解不能なエラーとして処理した。

 

「……情動回路による論理の破綻を確認。……興味深い事象です。個体名シフォンの戦闘出力を含め、再計算が必要です」

 

「零」が右手を掲げると、上空の雲が渦を巻き、巨大な琥珀の門が再び口を開けた。

 

「……本日の挨拶は、これで終了とします。……アリア・フォン・ルミナス、次回の接触時、貴殿の心臓を物理的に停止させ、その魔導因子を回収します。……それまで、精々、その非効率な日常を謳歌してください」

 

「零」は一瞥もくれず、空間の裂け目へと消えていった。

 同時に、王都を覆っていた絶望的な圧力が消失し、再び冬の陽光が戻る。しかし、城壁に残された石畳の深い亀裂が、今起きた事象の現実味を物語っていた。

 

「……行ったわね。……でも、あれはただの挨拶よ。……次は、本気で王都を潰しに来るわ」

 アリスが銃を下ろし、平坦な声で告げた。

「……アリア。……大丈夫。……私が、噛み殺すから」

 

 シフォンはアリアの手を軽く握り、そのまま歩き出した。その手は、先ほどまでの殺意が嘘のように、いつも通り少しだけ温かかった。

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