5話
「これが例の脅迫状か……字が綺麗だし、丁寧に書いてあるね」
「変わった着眼点だなあ、レリアさんは。それより問題は、どうやってこれを置いたかだよ」
アベルが深刻そうに話すと、オルレアが同意する。
「見たところ、この部屋には窓がありません。つまり、外から入ってくるにはこの屋敷の警備をかいくぐるしかなさそうですね」
「その通り。だが、ここは仮にも騎士団長の屋敷。普段から警備もかなり厳重だ。いくら魔道教団とは言え、そんな人材が居るとは考えにくい」
その言葉を聞いて、レリアは周囲を見回す。なるほど言われてみれば、確かにこの部屋には窓が無い。思い返せばここまで来るルートだってかなり長く、そして複雑だった。警備が厳重な中であのルートを誰にも気づかれず突破し、帰りもまた同じ事をするというのは半ば荒唐無稽な話に感じられた。
となると、アベルの結論は何となく予想がついた。
「では内部犯を疑っている、と?」
「噂通り鋭いね。流石は一等騎士サマってところだ」
おお、と感心した様なリアクションは妙に嘘くさい。レリアにはこの男が、少し軽薄な人物に思えてきた。
「おたくのとこの騎士団長が襲われた時も、教団の内通者が何人か居たらしいからね。それも騎士団だけじゃなく、貴族、宮廷魔術師、果てには諜報部にまで」
「何処にでも居るね、連中は。となればこの屋敷の中に居てもおかしくはないか」
「ああ。執事やメイドを中心に、屋敷内の怪しい人物は全員こっそり騎士がマークしてる。また同じ事をやろうとすれば、すぐ分かるはずだよ」
これだけ警戒されればもうやる事はないだろうけど、とアベルは笑いながら付け加えた。
「ふむ。まあ次があるとしたらファウルハイト殿に直接危害を加えようとした時だろうね」
「だろうね。まあ、そんな事は俺達がさせないけども」
ごもっとも、とレリアは笑いながら話す。そんな折、扉の向こうから力強い男の声が聞こえてきた。
「ええい、まだ犯人は捕まらないのか!!」
「団長、申し訳ありません。教団の関与が疑われていますが、実行犯はまだなんとも……」
「要は何も分からんという事ではないか! もう良い! 私が直々に陣頭指揮を取ってやる!」
バタン! と乱暴な音と共に扉が開かれる。彫りの深い顔が目立つ、白髪混じりの男が部屋に入ってきた。第七騎士団団長、ファウルハイト・ゾンネ。その地位に相応しい風格の持ち主であり、そして今騎士団で最も勢いのある男であった。
「捜査は今どうなっている!」
半ば怒鳴り散らしながらの問いに、周囲が戦々恐々とする中、アベルが進み出る。
「お早う御座います団長。捜査の方は今始まったばかりですから、大きな進展はありません」
「ハナからそんなものには期待していない! 小さかろうと進展を報告しろ!」
「現在屋敷内の怪しい人物をリストアップし、全員に密かに監視をつけておりまして……」
「そんな当たり前の話はどうでもいい。何か犯人像の一つでも浮かび上がってこないのか!?」
何を言っても怒鳴られるこの状況にアベルもどうしようもないらしく、こっそり苦笑いしている。
しょうがないので、レリアが助け舟を出す事にした。
「犯人像と言えるかどうかは分かりませんが、一つ思い当たる事なら……」
「ふむ。そこの君、言ってみなさい」
「この脅迫状を書いた人物は、貴族階級か、あるいは裕福な商家出身かと」
「何だと? 何故そう言える?」
ファウルハイトの両目が、レリアをぎろりと睨み付ける。こんなに威圧される様な視線に晒されては、溜まったものではない。先程ファウルハイトが捜査状況を問いかけた時、アベル以外に誰も答えようとしなかった理由が分かった気がした。
「字が整いすぎています。おまけにご丁寧な事に、一角一角を一切省略しない格式ばった書き方です」
「……それはそうだが、だから何かね?」
「一般の平民は、こんな不便な書き方をしません。必要ありませんからね。それにそもそも、彼らの教育環境では知ることすらないはずです」
大半の国において平民の識字率が低いのに対して、帝国や王国といった大国では大半の人間が文字を読み書きできる。しかし、それはあくまで使えるだけだ。
日常生活で使えさえすれば問題ない為、彼らの字は大概汚く、また幾分か正式な物に比べて省略化されている。貴族階級が主に使う格式ばった書き方など、教えられてすらいないだろう。
「ふむ……言われてみればその通りだ。我が家の使用人もこの書き方をする者は少ないな」
少し考えれば当たり前の話だが、騎士団の大半の人間には思い当たらない。厳しい選抜をクリアして騎士になれる時点で、その殆どが良い教育環境で育った人間なのである。つまるところ、ほぼ全員がこれを書いた人間と同じく貴族か裕福な商家出身である。
この文字を書けるのが彼らには当たり前なのだ。だからこれを書けるのが一部の人間であるという事実が思い当たらない。
帝国における上流階級とそれ以外との差が、残酷なほどに表れていた。
(大半の騎士にとっては、平民など文字通り別世界の人間なのだろうな……)
レリアが感傷に浸っていた、その時。
「で、君は誰だ?」
ファウルハイトの目が、ぎょろりと動いた。




