彼女の物語1
引き続き、クリス視点です。
「女は、箱庭を持っていますの」
そう言う彼女は、ディアナ嬢の妹のメイフィー……僕の本当の婚約者だ。
「お姉様は、後から箱庭に住み着いた私を許す事はないでしょう」
ここは、会員制カフェの個室。
このカフェの話題を社交界で出すのはタブーとされている。迂闊に話した者は二度とこのカフェに足を踏み入れる事が出来ない。ここはそういう場所だ。彼女とはここでしか会えない。
シルフィ夫人に似ているが表情に乏しい。それがメイフィーの印象だ。
「それは、あなたのせいではありませんよね?」
「ええ。でも理屈ではありませんの」
メイフィーはふと窓に視線をやって言う。
「私の母は、国王陛下の婚約者候補でした。されど、そうはならず公爵家の後妻となっております。妃殿下の望む箱庭の邪魔になるからです。女は自分の持つ箱庭に害をなすと思えば、何処までも追い詰めます。それこそ、相手が視界に入らなくなるまで」
「あなたの言う箱庭とは、何でしょう?」
メイフィーはこちらを向いて言う。
「素敵な調度品、愛する家族、優しい使用人……幸福に満たされていると周囲に分かる様な空気感。それら全てです」
王妃殿下は悋気が強い。だから周囲はシルフィ夫人を王妃にふさわしいと推したが、陛下は今の王妃殿下を選んだ。そして……彼女が夫を探している最中に、唐突に公爵家の後妻になる事を命じられたのだ。
筆頭公爵家とはいえ、我が国では後妻は未亡人がなる事が多い。誰の差し金か一目瞭然だ。
「母は、未だに陛下に選ばれなかった原因を探している様な気がします。だから、どこまでも正しく公平にあろうとする事をやめられません。クリス様はお心当たりありますか?」
「……さあ、私にもわかりません」
シルフィ夫人は花の妖精の様な方だが、王妃殿下は正に太陽の化身。羽飾りや宝石があれ程付いた服を着て衣装負けしない顔立ちとスタイルの女性は、世界中探しても我が国の王妃殿下だけだ。
陛下の好みがそういう人なのだから……シルフィ夫人がどう変わろうと関係ない様な気がする。
公爵からの話とつなぎ合わせ、今回の茶番の裏がようやく理解できた気がした。
シルフィ夫人は、国母になれなくても公平である事をやめられなかった。だからディアナ嬢を大切に育てた。そうする内に公爵との間に愛情が芽生え、心境の変化の末にメイフィーが誕生した。
多分、今まで通りの公平を続けられなくなったのだろう。結果、年上で強い感情表現をするディアナ嬢の態度に周囲が振り回されるようになったのだ。
シルフィ夫人の公平は素晴らしいものだ。継子を別邸に追いやる家だってあるのだから。
しかしどうあがいても同じには出来なかったのだろう。「一般常識の優しさ」と「内から湧き上がる身内への優しさ」の差がある。
それは……理屈ではなく、肌で感じ取るものだ。子供でも大人でも。しかも先妻の血を引くディアナ嬢は、そういうものに人一倍敏感だ。
本来、ここは関係性もあるので互いに譲歩して暮らすのが最善になる。
血の繋がった親子でも、これが出来なければ関係が悪くなる。しかし、ディアナ嬢はそういう事を一切考えなかったらしい。
「私は産まれた時からお姉様の箱庭の異物なのです。お姉様には異物が完全に排除されたと認識して頂かねばなりません。だから私をお連れ下さい」
先妻の死で、彼女の作った廃墟の箱庭は公爵家に残ってしまった。そこに王族になれなかった女性が、無念と虚しさを抱え、公平で透明度の高い箱庭を増築した。美しいが、一歩中に入れば息をするのも苦しいガラスと廃墟の入り混じる箱庭。そこでメイフィーは生まれ育ったのだ。




