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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第10章

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31 忘れられぬ一撃に





「うわわっ」


 足元が不安定で、湊はとっさに屈んだ。

 なぜか足下が布となっていた。そのうえ、平らな地面についていない。

 頭上を見ると、布がしぼられた形状が見えた。

 大きな布に包まれて運ばれたのだろう。頭から被せられたが、逆になったようだ。

 それよりも何よりも――。


「しまった、着替えてくるべきだった……!」


 庭掃除中だったため、ジャージにサンダルである。

 なんというしまらない格好であろうか。

 とはいえ、そんなことに構ってはいられない。布越しに大気のうねる音が聴こえるからだ。


『ほい、ついたぞ~』

『あけるよー!』


 風の精たちの声が聴こえた瞬間、ふぁさりと花が開くように布が開いた。

 突如、視界に飛び込んできた景色に湊は目を見張った。

 厚い雲が渦巻く空に、荒れくるう海。

 その中間地点の宙に浮かんでいた。

 風の精たちが布の端を持ってくれているが、あまりに心もとなく、立つこともままならない。

 台風並みの暴風が吹き荒れているゆえ立てないのが、正直なところである。


 湊はややたるみのある布を両手で握りつつ、あらためて眼下を確認した。

 波間に連なる群島がある。その先に、大きな大陸が見えるが、形状的に日本ではないかもしれない。

 詳細は見えないが、群島の平野部に民家が密集しており、赤茶色の屋根が多かった。


「日本より、もっと南の方っぽいな……。うわっ」


 突如斜め上からの暴風に身体が沈んだ。

 見上げると、風神と対峙する神獣がいた。四肢が長く、首と頭も長い。


「――馬?」


 頭部と背中にツノはあれど、全体的に似てはいるだろう。が、明らかに通常の馬とは異なる箇所があった。


「眼がいっぱいある……」


 額と、さらに胴体の側面に三つずつ。


「全部で九つだね」


 唸る風でほぼ聴覚がきかない状態でも、風神の声が耳元ではっきり聴こえた。


「九つの眼を持つ神獣といったら、神獣白澤……!」


 知った名を口すれば、複数の眼から槍のごとき視線を投げつけられた。

 しばらく睨んでいた白澤であるが、すぐに興味をなくしたように風神へ視線を流す。もののついでとばかりに、強風を風神に叩きつけた。


「白澤は、瑞獣じゃなかったんですか!?」


 つい言ってしまった。

 幸運の前触れとして現れる獣ではなかったのか。風神への行動から、気性の荒さがうかがえた。


「そうなんだよ。おめでたい獣のはずなのに、好戦的でね。暴れ馬はほんと困るよ」


 ひょいひょいと攻撃をかわしつつ、風神はこともなげに言う。


「すごく怒っているみたいなんですけど」

「そうなんだよねぇ。寝ている時に、ちょっとぶつかっただけでこれなんだ。短気極まりないよね」

「それはなんとも……」


 神々の世界のことはわからぬ。


「ところで、雷様は?」

「あの雲の中でのんきに寝ているよ」


 風神が指す上空を見上げると、小ぶりな黒雲があった。もこもことした輪郭が明確で、触れてみたくなるかわいらしさだ。

 しかしながら、時折その下側に枝分かれして走る稲妻は実に恐ろしい。


「いかにも雷様っぽいベッドだな……」


 感想を漏らした時、いななきが聞こえた。

 竿立ちになった白澤が風神へと突進する。ぶつかる寸前、風神が上空へ逃げた。勢い余った風が吹き荒れ、渦を巻く。海水をも巻き込み、大きな柱状に。

 あまつさえ海上を走り、群島へ向っていく。


「みんな俺を島の方へ運んで!」


 湊が指示するより早く、風の精たちは群島のもとへ運んでくれた。即座に風を放ち、真正面からくる風にぶつける。


「重い……!」


 神気を含む風は自然の風とは異なる。同じく神気を多分に含ませた風を連続で繰り出し、ようやく相殺できた。

 ほっと息をついたのもつかの間、空を縦横無尽に駆ける白澤が、後ろ足で黒雲を蹴った。

 蹴ってしまった。

 かの雷神がおやすみ中のベッドを。


「いってぇッ、なにしやがる!」


 いまだかつて聞いたこともないドスのきいた声が響いた。

 雷神なのは間違いない。

 ゆらりと身を起こすその少年体と、赤い肌には見覚えがある。しかしその逆立つ髪と、般若めいたご尊顔ははじめて見た。

 神鳴りがとどろく。

 黒雲から天へ延びる太い柱状の稲妻は、さながら宇宙へ放たれた砲弾のようであった。


 恐ろしすぎる。

 子どもの頃、雷鳴の日は必ず母に「雷様におへそを取られたくなかったら、隠すのよ~」と脅されたものだ。

 かつてはことさら雷が怖かった。物心ついてまもなく、近所の大木に落雷したのを目撃したせいもあるだろう。

 ともあれ、そんな風に幾度も名を聞いて育ったおかげで、湊は雷神のことを畏怖と少しの親しみを込めて〝雷様(かみなりさま)〟と呼んでいる。


「か、雷さま……」


 おののきながらつぶやくと、雷神が振り返った。

 瞬時に逆立っていた髪が下り、吊り上がっていた目も下がる。


「あら? アンタ、なんでこんな所にいるの?」


 いつも通りのやわらかな女言葉であった。

 うすうす気づいていた。雷神はあえて女言葉を使っているのだろうと。

 雷神の普段の所作に、女めいたところはまったくないからだ。


「僕たち、本性はいかついおっさんだからね。無駄に怖がられないように、わざとやわらかい言葉で話しているんだよ」


 と、風神が白澤と戦いながら教えてくれた。

 相変わらず察しがいい。心が読めるようでこちらの神もやはり油断のならない、否、恐るべき存在である。


「それはいいけど、アタシを蹴ったあの馬にやり返さないと気が済まないんだけど」


 雷神の髪の毛先がふたたび浮き上がり、湊は腰が引けた。


「やっぱりまだお怒りだったんですね……!」

「あったりまえよぉ! やられっぱなしなんてアタシのプライドが許さないわっ」


 きっと白澤を睨み据えた雷神をどう止めたらいいのか。

 無意味に手を動かしていたら、雷神が黒雲ごとそばへきた。


「というわけでぇ、アタシの代わりによろしく〜」


 ほいと、小さな太鼓――雷鼓を渡された。

 反射で受け取ってしまったそれは、棒がついており、太鼓に一本ついた紐の先に玉がついている。


「これ、どう見てもでんでん太鼓じゃないですか。なんでこれを俺に!?」

「だから、アタシの代わりに、それであの馬野郎に雷をお見舞いするのよ」

「む、無理です!」

「大丈夫、大丈夫。一発だけしか出ないから」

「そういう問題じゃないんですけど!?」


 雷神が半目になった。


「あらぁ、いいの? アタシがやったら島に落ちるけど?」

「なんでですかっ」


 ふわわと雷神があくびをする。


「だってアタシ今、寝起きなんだも~ん」


 ふざけているわけでもないのだろう。実際、その頭部はぐらついており、目もしょぼついている。

 今にも寝てしまいそうだ。

 突然眠りを邪魔されたのだから、無理もあるまい。

 雷神は雷雲に横たわりつつ、軽い口調で言う。


「アンタ、いまだって二神の力も遣えてるんだから大丈夫よ。イケる、イケる」


 ゴロリとうつ伏せになった雷神は、重ねた手の甲に顎を乗せ、真正面から見据えてきた。


「人生、何事も経験でしょ。お仲間(人間)を一人も死なせたくないんなら、やりなさいよ」


 それをいわれたら、腹をくくるしかない。


「――わかりました。では、このでんでん太鼓はどう扱ったらいいんですか」

「狙う場所を決めて、鳴らせばいい。ただそれだけよ」


 湊は布の上で視線を正し、毅然と顔を上げた。

 風神と白澤は幾度も衝突を繰り返している。白澤が距離を開けたその瞬間を待つ。握った雷鼓の柄が奇妙にあたたかく、落ちつかない。


「はい、狙って狙って~」


 神経を研ぎ澄ませているせいか、やけに陽気な雷神の声が耳につく。

 そして、白澤が風神の風に飛ばされた瞬間、雷神の気配が尖り、口調が変わった。


「撃て」


 鋭き指示に、雷鼓を振った。

 雷神の乗る雷雲から、稲妻が放たれる。

 蛇めいた動きで見事、白澤に命中。光の中で白澤の毛が逆立ち、眼がかっぴらいた。

 そして、落下していった。


 まさかここまで威力があるとは思わず、湊は呆然となった。

 一方、雷神はいたく満足げだ。


「やるじゃな~い、上出来上出来〜」

「あー、やっと終わった。助太刀ありがとう。――神はしぶとくてなかなか死なないから、あんまり気にしなくていいよ」


 風神にまでにこやかに言われても、はいそうですかとすぐさま気持ちを切り替えるはずもない。

 雷鼓の消えた手のひらを上に向けたままの湊を、風の精たちがまるっと布でくるむ。


『さあ、帰ろ帰ろ~』

『いくぞいくぞー!』


 一瞬にして消えゆく一団を、風神が笑顔で見送る。一方雷神は、すでに夢の中へ旅立っていた。


★ アニメ化が決まりました! ★


ひとえに応援してくださった皆様のおかげです。

心より感謝申し上げます。

放送日をお楽しみに。


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これを機にぜひ。






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