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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第10章

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5 山神さんちでキャンプを





 ぴりりと甲高い鳥の鳴き声に、山道を歩いていた湊は見上げた。

 梢がしなったと同時、近くの藪からも小鳥が飛び立つ。

 忙しなく羽ばたく翼と広がった尾羽根は、精巧につくられた芸術品のようだ。

 林冠を突っ切っていくその鮮やかな飛翔から、目が離せない。


「湊、あんまり見とれてると、転んじゃうよ~」


 隣を歩むウツギに注意されてしまった。


「――ああ、うん。気をつけるよ」


 顎を下げ、視界に入った山道は落ち葉が覆っている。朝日がお目見えしてそれなりに経っていようとも、露で濡れていた。

 気をつけないと、滑ってしまうだろう。


「たとえ転んで濡れたとしても、磨が乾かしてやるのじゃ」


 肩に乗るカエンが軽い口調で言ってきた。


「いや、いいよ。そんなことに神様パワーを遣わなくていいから……」


 湊はやや引きつった笑みを返した。


 本日はここ、山神さんちでお泊り会(方丈山でキャンプ)である。

 前々から計画していたことで、ようやくその日を迎えることができた。湊が背負うザックはパンパンである。いろいろ準備してきていた。

 むろんこの山の所有者である裏島家の許可は得ている。というより、いつでもお好きにどうぞという状態である。



 涼やかな瀬音を聴きながら、湊はかずら橋を渡る。

 横手から風が吹きつけてくるうえ、足元の隙間は広く不安定だ。足がすくむことはないが、気持ちのいいものではなかった。

 慎重に歩を進めていると、ペイっと肩からカエンが跳んだ。橋の手すり部分に着地し、ふんわりとした尻尾をたなびかせ、前をゆくウツギを追いかけていく。


「なんか、カエンご機嫌だね」

「だって、カエンはツルが好きだもんね~」


 ウツギが笑いながら言うと、カエンが当然のように答えた。


「うむ。藤のツルがもっともよいが、かずらもよいものじゃ」


 束ねられたカズラを軽快に回り、螺旋を描きつつ進む。


「それも祖神様の影響なの?」

「そうじゃ」


 カエンは、祖神たるカナヤコカミの血が濃い。ゆえにその性質と好き嫌いまでも強く受け継いでいるという。

 カエンが藤とみかんを好み、犬を苦手とするのはそのせいである。

 なんでもその昔、カナヤコカミが犬に追いかけられた際、ミカンの木に登って助かり、またある時は藤の木に登ってやり過ごせたからだとか。


 いつぞや山神から聞いたそのことを思い出しつつ、かずら橋を過ぎると、道が草に浸食されかけていた。


「刈らないと」


 と湊はついつぶやいてしまったが、すぐさま行動には移さない。移せないというのが正しい。

 なにせ、すでに登山客がいるからだ。

 山道を下ってきた二人組はカメラを持っている。動物か鳥を撮りに来たのだろう。

 この山には、付近の山々では見られない種が多いからだ。彼らの長である四霊がいるからなのだが、それはさておき。その希少種を目当てに山を訪れる者も日に日に増え、常連となっている者も多い。

 この二人組もそうだ。湊と同年代の青年たちである。

 すれ違いざまにあいさつする間、湊の肩に乗るカエンは、大きなまなこでじっと二人組を見つめた。


「あっ」と片方が立ち止まり、あたりを見渡す。連れが振り返った。


「おい、どうした」

「――なんか見られてるっぽい」


 敏感なタイプのようだ。連れはそんな反応に慣れているのか、訝しがる様子はない。


「お前、この山にくると毎回そう言うよな。けどいやな感じじゃないんだろう?」

「今日はちょっと刺々しい感じがする」

「あーらら、嫌われちゃった?」


 連れは笑っており、深刻にはとらえていないようだ。

 湊の数歩先をゆくウツギも笑う。青年たちには聴こえない声で、カエンに忠告した。


『カエン、害のない人間は睨んじゃダメだよ』

『――睨んではいないのじゃ』


 そっぽを向くカエンは、ややバツが悪そうだ。


 かずら橋を軽快に渡っていく青年たちから離れつつ、湊はカエンに問うた。


「カエン、まだ人を許せないのかな。嫌い?」


 かなり間を置いたあと、カエンは消え入りそうな声でつぶやいた。


「――嫌いではないのじゃ」


 まだ思うところはあるのだろう。

 カエンはその昔、術者の願いに応え、自ら刀剣に降りてやったのである。

 それはもともと人間に興味なり、思いなりがあったからこそだろう。

 にもかかわらず、粗末に扱われ、あげくには放置されるという、手ひどい裏切りにあった。

 ゆえに、そうあっさりと元のように戻るはずもなかろう。

 少しずつでいい。ゆっくりでいい。また人間に寄り添ってくれるようになってくれれば。

 と湊が思っていると、ウツギが笑いながら茶化した。


「嫌う程度ならいいじゃな〜い。憎んでないならね!」

「うーん、まあ、そうかな?」

「そうだよ。ちょっと睨むぐらいなら、敏感な者しか気づけないよ。山神だったらそれだけでも、相手がちびっちゃうけど~」


 洒落にならぬ。

 そのおっかない山神はといえば、ここにはいない。近くに気配もない。おそらく山の奥深くにある磐座にいるのだろう。

 湊が目指すのもそこなのだが、その前に寄る場所があった。

 おなじみの祠だ。


 ほどなくしてその祠の真正面に立った湊は、ポツリとつぶやく。


「綺麗だ」


 祠のみならず、周辺に雑草も落ち葉すらない。

 実のところ、これが最近の常態である。月に一回の定期清掃が必要ないほど、掃除がいき届いていた。

 ウツギが、祠の屋根に駆け上がった。ちょこんと座すも、罰当たりな、などと思うはずもない。輝かしいその身は神々しさしかない。

 ともあれ、ウツギは祠を軽く叩きながら、教えてくれた。


「これに向かって手を合わせる前に、掃除をする人間がいっぱいいるからだよ。中には『雑草をいただいてもいいですか!?』って祠にお伺いを立てる者もいるからさ、了承の意味で祠の後ろに小石を落としてやると、喜んで持って帰るんだよね〜。意味わかんない」


 最後は真顔で言ってのけた。

 湊は笑いながらも、念のため、祠の中ものぞいた。

 三つの丸い石が寄り添っている。

 それらは山の神の代わりとはいえ、ただの石にすぎない。そのうえ、むき出しの状態である。けれども、動かされた形跡はなく、誰も触れていないのは明らかだ。

 湊は満足げな笑みを浮かべつつ、つくづく思う。


「この国の人たちは、ホント信心深いよね」

「ゆえに、なんのへんてつもない雑草を持って帰ると?」


 カエンは不思議そうだ。


「どうだろう。世の中、変わり者もいるからなんともいえないけど……。あ! もしかしたら、この御山には神様がいるから、雑草にも何かしらの霊験があると話題になってるとか?」


 思いつきを口にしながら、湊は一抹の不安を覚えた。

 信心深い人々は、時に暴走することもあるからだ。

 一方、祠に後ろ足で立つウツギは、なんの不安も感じていないようで、合点がいったようにポンと前足を打った。


「ああ、そうか。だから、供物もやたら豪華なんだ」

「――そんなに?」

「うん。大袋の菓子やつくりたての弁当、あとはね、酒もた~くさんくれるよ。酒は取り合いになるからすぐなくなるんだけど~」


 誰と誰が、などあえて訊くまでもない。

 むろん、妖怪らだ。


「!」


 突如として濃密な妖気を感じ、湊は祠の後方を見やった。

 うっそうと茂る木々の奥で、感情を高ぶらせた妖怪がいるようだ。

 もしかすると、登山客が妖怪と揉めているのかもしれない。

「――ちょっと、見に行ってみるよ」


 硬い声でいうと、反対にウツギは陽気に言った。


「いいよ~、行こうか」

「うむ」


 肩に乗るカエンも、緊張している様子は微塵もなかった。


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