87.ウサギはビビリで弱虫のようですよ?③
目の前にいる桜花ちゃんは今、怒っている。誰がみても明らかなくらいにあからさまに怒っている。怖い。
今日の夜はもう眠れないな。後を引く恐怖が目の前にある。幽霊やら怪談噺よりもずっと迫力があって恐ろしい。
「ストッキング??私は生憎とそういうものは身につけておりませんが…そしてそれを隠す気もありませんよ、志貴様?」
こてんっと頭をぶりっ子でもする感覚で傾げつつ、ウサとして言葉を話す。小馬鹿にしたような話口。
いつものウサを俺は演じてみせる。
いや、桜花ちゃんの神経を逆撫でするなんて恐ろしくて恐ろしくてたまらないが、泣いてはいられない。
今の俺はウサなのだから。
桜花ちゃんだからとびびって仮面を外すわけにはいかない。
今は俺はウサ。
ふざけたピエロだ。全ては子供達の成長のために存在する。自身の感情は全て隠す。
ここで挑発に乗るのも、仮面を脱いで素直に全てを話すのもすべきではない。
俺は今、彼女の教師なのだから。
なにより、感情を露わにして彼女に怯えを見せれば、彼女を傷つけることにも繋がる。化け物と言われるのは彼女も嫌なはず。
導く人間である教員が、彼女の仲間である俺が、彼女を傷つけるわけにはいかない。
必死に演じろ!!
「ーーー童子、殺さなければ何をしても良い。治すから。血祭りにしろ。」
冷たい声を耳が捉えた時、反射的に体が動いていた。良かった、反射的に動かすことができた。
《キンッ キンッ キンッ キンッ》
必死に動けば無機質な金属音がその場に響いた。
桜花ちゃんが言うや否や童子が刀を構え、同僚の1人ーーーにゃんこ先生に襲いかかった。
そこに一切の迷いはない。ぼんやり立っていただけの戦意の一切感じられなかった童子だが、桜花ちゃんの声に対する反応速度は凄まじい。
童子は武器であり、当然、持ち主である桜花ちゃんの指示に従う。殺気は一切感じられないが、黙々と襲いかかってくる。容赦することなんてない。あるはずがない。
桜花ちゃんの言葉に絶対服従が当たり前の存在なのだから。
俺が攻撃を防がなければーーー……
にゃんこ先生は顔を強張らせ、俺と童子の攻防を見ていた。戦闘を得意としない彼女は童子をどうにか出来るほどの力はない。
額に冷や汗が滲む。背中は冷や汗でベタベタだ。小雨に打たれたくらいには濡れている。あー、本当に怖くてかなわない。
しかも、治すとか言ったが、桜花ちゃんは治療は得意じゃないだろう。どう治す気だっていうんだ。
「ちょちょッ??志貴さん??落ち着いてくれるかな??」
「おめぇ、本気でオレを攻撃しようとしてっぺ?!やめさせねぇが!!」
桜花ちゃんとオレのやりとりをずっと静観していた同僚達が声を上げる。
肝の座った同僚だ。今の桜花ちゃんに対しても怯えることなく、声を上げる。接近戦を得意とはしないため、襲われればひとたまりもないと言うのに。
声をかけられた桜花ちゃんは忌々し気に2人に視線を向けた。
「童子。………ふざけた回答してないで仮面とって真面目に返答してくれるかな、一琢磨。返答次第じゃ、にゃんこ先生やわんこ先生、痛めつけるよ?」
すぅーっと目を細め俺を睥睨する。俺をはじめちゃんではなく、フルネームで呼ぶあたりが怖くてたまらない。本気で怒っているではないか。
いつもふざけたあだ名で呼んでいるというのに、それすらやめられると怖いんだが。泣き出しそうなんだが。
背筋に嫌な汗が流れ落ちた。
そばには容易に人質となる者たちもいる。人質とされれば、俺が救えるはずもない。
やばいやばいやばい!!!
「かーーっつ!!オレ達を無視すんな!!桜花、オレ達を人質に「人質になる程度の実力でありながらこの場にいる2人が悪くない?弱者らしく安全地帯にでもいろっての。で?どういうつもりで罠を張ったのか、聞こっか。」
おめぇなぁと、ワナワナと怒りを燃やすにゃんこ先生の主張を一切取り合うつもりはないらしい。桜花ちゃんは俺をまっすぐと睨みつけていた。
武力行使して脅すまでに怒っている。
治せる程度の怪我ならば、負わされるかもしれない。彼女自身は治療については特化していないが、どの程度の怪我ならば自身で治せるかくらいは把握しているはず。
もしも、にゃんこ先生が治療に特化していると知っていたならば。それに見合った傷は負わされるかもしれない。
しっかり手加減してくるだろうあたりが怖い。
「………罠を張った理由を察しているからこそ、我々のところに来たのではありませんか?」
俺たちがなぜ、この行動に出たか、桜花ちゃんは分かっているはずだ。
分かっているからこそ、あの子らのもとではなく我々のもとに来たのだからーーー多分、だが。
「魔物だらけの建物に訓練のために送り込んだ。私がいちゃあ、あの子らの訓練にならない。そんなとこ?」
……どこに飛ばしたかや魔物がいるところまで把握されているとは。成長期なだけあってますます能力が磨かれているようだ。
いやはや、やはり桜花ちゃんはすごい。
俺たちの考えすら読んで行動をしているのだから、すごい子だ。
あの子達を罠にかけ危険にさらしたことを怒っているのだから、優しい子でもある。他者のために怒れる子ってわけなんだ。
優しくて優しくて傷つきやすい大切な俺の仲間。あぁ、やはり俺は彼女を守りたい。
「分かっておいでならば、此度は大人しくお留守番してくださいまし。」
俺は恭しく頭を下げる。
あの子らを死なないように鍛え上げ、桜花ちゃんの横に立てるようにしたい。彼らだってそれを望んでいる。
桜花ちゃんには共に戦う仲間が必要だ。
あの子らならば、そうなれるかもしれない。まだまだ弱いが、可能かもしれない。
桜花ちゃんのためにも、あの子たちのためにも、もっともっと鍛え上げたい。
だからこそ、今は桜花ちゃんを宥め賺す必要がある。
言葉や状況が理解できない子ではない。言葉を尽くせば納得は出来ずとも怒りを収めて静観するくらいはしてくれるはず。
「罠だらけの建物にあの子らには面倒な魔物まで詰め込んで訓練?蜘蛛やら蜥蜴やらにさえ、対処できない経験不足な状態で?もどきとかまでいるなんてどんだけ性格悪いの?」
あの子らには、ね。
桜花ちゃんにとってはなんて事のない魔物達だろう。
しかし。
桜花ちゃんから見るあの子達が自分達で対処するにはまだまだ難しい魔物達に見えるようだ。……その判断、過保護と言わざるを得ない。
だから、今回、桜花ちゃんを他のメンバーと引き離したのだ。
あそこにいる魔物の種類が気に入らないようだが、今、討伐の経験しておいたほうが良い魔物たちだ。
今ならば最悪、俺たちがいるんだから。
俺たちのいない場で、本当の現場で出会ったならば、死ぬかもしれない。
だが、今ここでならば俺たちが救えば良い。
そして、経験したならば、次は討伐できるようにすれば良い。
勝てなくても、負けたという経験が彼らは得られる。そこからさらに鍛えることができる。
今の彼らならばなんとか倒せるだろうレベルの魔物が多い。あるいは倒せずとも魔物と出会ったときに死なずにやり過ごす術を身につけれれば良い。
鍛えるのが目的なのだから強くなければ意味がない。
やはり、桜花ちゃんを引き離したのは正解だったようだ。
「経験不足な状態、でございますか。そうでございましょう。最初はできないのは当たり前の事にございます。できるようにするために経験を積んでいただいているのですよ。」
彼らならばあれくらいの課題ならば乗り越えられるはずだ。
じゃなければ、問答無用で桜花ちゃんはあちらに乗り込む。ここに桜花ちゃんがいるのだから、何とか大丈夫だと桜花も思ったはず。
「現場の空気になれるくらいで良いんじゃないの?」
気に入らないと明らかに眉間にシワを寄せ、桜花ちゃんは言う。
甘くて甘くて甘ったるい事を言う。真っ白なご飯に甘々に煮た金時豆をこれでもかと盛った金時丼ほど甘ったるい。胃もたれしそうだ。
それでは現実に降り立った時、心身ともに殺されてしまうからこそ、今を厳しくする必要があると言うのに。
現実に傷つけられた君は仲間に甘い。いや、はじめから仲間に甘い子ではあった。仲間を大切にする子だった。
俺だってできる事ならば皆を危険な地になどーーーいや、彼らを死なせないためにもできる事をしていき、彼ら自身に乗り越えてもらわなければ。
「それは闘魔隊に入隊当初にデモンストレーションで十分行っております。志貴様自身だって、はじめての任務の際にはお師匠様とはぐれ、1人で武器以外のまともな装備もなく、遭難していたそうではありませんか。それも、1週間。誰にも守られることなく貴女様1人で切り抜けられた。それに比べれば甘すぎるくらいの課題ですよ?」
桜花ちゃんは危ないと言うが、実際の戦闘員達はもっと危険な状況に身を置くんだ。
空と現場に出た桜花ちゃんですら、はぐれてしまい1週間彷徨うなんていう事態に陥っている。
読んでいただき、ありがとうございます!
楽しんでいただけましたでしょうか?
そう、今回はみんな大好きウサの名が明らかになりました!
え?
どうでもいい?
"にのまえ"という変わった苗字を桜花達が下の名のように読み、そのままその呼び方をしているなんて気にならない?
重大発表だったのでございますよ?
ウサの名は一琢磨なんですー!
どやぁっ!
ではまた次回、お会いしましょ♡




