83.ピンチは突然きます。
みんなで和やかに話していた。いつ魔物で出会うかも分からない場であり、話題は気持ちの悪い魔物についてではあったものの、いつも通りの和やかなムードだった。
緊張感がないわけではなかったが、いつも通りに話せる時間はほっとできる時間であり、マリにとっては重要だった。
だが。
いきなり空気が変わった。チャンネルが変わるかのようにまったく別物に一変した。空気の変動にマリは、嫌なくらいにドキリッと胸が音を立てたのを感じだ。
秋の空と女心ーーなんてものは非じゃないくらいにガラッと変わった。白かったものが瞬時に真っ黒に染まったように。それくらいまでにハッキリと空気が変化したのだ。
のんびりとした口調で皆が慌てる状況下でも慌てる事なく笑っているような子が、真剣な表情でピリついた空気を発した。
日本刀の刃先のように鋭い空気。それは強制的に皆に口を閉じさせた。当然、マリのものも閉じさせることとなった。皆、奥歯を噛みしめ、拳を握り、何があったのかと桜花に視線を向けていた。
刹那の間、静寂が姿をあらわす。
嫌な静寂だ。
皆が皆、表情を硬くし、桜花の様子を見つつ、お互いに視線を送り合っている。何が起きた、どうすれば良いと。
桜花の雰囲気が変わっただけだというのに、何かがあったと皆に緊張が走っている。
果てしない緊張感に包まれている。行列のできたトイレの前で最後尾に並んでいるときのようなプルプルしたくなる緊張感。
まだ出ないのかまだ列は進まないのかとはやる気持ち。その場で必死に耐えつつ、列が進み自分の順番が来るのを待っているかのような。半端ない緊張感があった。
1秒すらも永遠に感じるほど長く感じる時間だ。
だが、その緊張感に満たされた静寂の時間は長くも続かない。
次の瞬間。
桜花が動き出した。誰も目で追えなかったが、いつの間にか、桜花が移動していた。
武器を構えて立ちつつ、皆に背を向けた状態で桜花は声を張り上げた。
「全員、動くなっ!!」
その声には有無を言わせない圧があった。刃のような鋭い声。
主人から従者への絶対的な命令のような力を持っている。従わずに逆らうことを可能とする者はこの場にはいるはずもなかった。
何かがあったっていうのは分かるが、何が起きているのかは分からない。みんながみんな、桜花の様子を見守っている。
いや、違う。下手に動くわけにはいかない。下手に動いて桜花に迷惑をかけてはいけない。だなんて思考で動かなかったのではなく、どうしたら良いかわからなかったため、動けなかったのだ。
何があったのか、状況を把握する時間の余裕は一切なく、桜花を眺めることしかできなかった。
状況把握するためにあたりを見渡しているうちに、桜花が動き出し、置いていかれている最中なのである。
桜花が何に反応して、動き出しているかさえ分からないのだから仕方ない。
《ーーーキンッキンッキンッキンッキンッ》
静寂の中、無機質な金属音がその場に響き渡った。不規則的に、しかしながら、連続的に響き渡る音。
何かが飛んできたのだとマリは遅れて理解する。
飛んできた何かを桜花が弾き飛ばしたようだ。桜花が弾かなければマリ達に当たっていたんじゃないだろうか。マリたちを狙った攻撃のように見える。
何発目かのそれを桜花が弾き飛ばす姿を見て、それをようやく理解し、マリ達は青ざめる。桜花が反応しなければ今頃、自分達はーーー……
マリ達に飛んでくる何かが届くより先に桜花が全て弾いていく。物凄い身体さばきだ。左右上下に身体を動かしつつ、飛んでくるものをはじいていく。
動きが早くて目では追いきれない。なぜ、あれだけ早く動けるのだろうか。術式で身体を強化するから早く動けるのだと聞いたことがあるが、それにしてもすごい。
自分との違いにもはや、どれだけ差があるかも分からない。
サーカス団の演技を見て凄いと歓声をあげる客のような気分だ。同じ人間である人たちがやってみせる凄いこと。凄すぎて嫉妬も何も浮かんでこず、素直に凄いと呟いてしまう。
だが、サーカスを見ているわけではない。
今、自分達にも関連する、何かが起きているのだ。マリは周りに視線を巡らす。少しでも状況を把握しなければ。
自分達がいて、それをかばうように桜花が前にいる。そして飛んでくるものを、武器を使って全て弾き飛ばす桜花の姿がある。
いつもならば桜花より前に出ていくはずのチビは前に出ず、皆の後ろに控えていた。体勢を低くし、いつでも飛び出せる様は"待て"の状態のよう。桜花の指示待ちか。
桜花は何を弾き飛ばしている?
魔物による襲撃なのだろうか?
チビが控えているのは背後にも何かがいるというのか?だから待機しているのか。
どうしたら、何をしたら良いのか。
何が起きているのか、まだ理解できそうにない。動けそうにない。
あぁ、もうすでに泣き出したい。
一体、この状況はなんだっていうのか。
「あれは暗器か?」
「何が起きてるわけ?暗器なんて人の扱うものじゃない。」
桜花が弾き飛ばしたものを見て、ポツリとユキがつぶやいた。そのつぶやきに反応し、結弦も辺りを見渡しながら口を開く。
これは魔物の仕業ではない。人の仕業なのだと言うようだ。
桜花が弾き飛ばし、地面や木に突き刺さる無数の暗器。クナイや針、手裏剣など中々に多種多様。
それは確かに人の手で作られた人が扱う武器であった。武器の刃先に何かがぬられているのが明白であるものさえある。何か、テカっている。ヌメッている。毒だろうか。
マリは気配を探りながら周りを見てみるが、誰かがいる気配はさっぱり分からない。
飛んでくるものは様々な方から飛んできていた。複数いるってことなのか?
何で攻撃を受けているのだろう?そんなの説明にあっただろうか?記憶を手繰り寄せつつ、マリは頭をふる。そんな説明は、なかったはずだ。
いきなり攻撃される事があるから注意しとけとか言われていない。桜花が弾き飛ばしていなければ攻撃を受けるまで誰も気づかなかっただろう。
怪我じゃ済まなかったかもしれない。確実にマリたちを狙った攻撃だった。しっかり、着実に仕留めるために狙いを定められた攻撃であった。
いくらウサ達がマリ達を鍛えるためとはいえ、そんな破茶滅茶な事をやるだろうか?桜花がいなければ回避不可だなんて、いくらなんでもやりすぎだ。
攻撃に気づいた今だって、桜花がいなければ無事に切り抜けられる気はしない。
そこまで考えて、マリはふと不安になる。
アイツら以外の誰かがいて、襲撃を受けているとか?侵入者がいる?襲われている?気配を探っても分からない。姿を捉えることもできない。
どうしたら良いのだろうか?
ウサ達であれば防ぎきれば終わりだろう。だが、そうでなかったら?いやいやいや、そうでないとか、ますますもってどういう状況か判断し難い。
あぁ、状況把握はまだまだ出来ないし、自分がどう動けば良いかも分からない。
魔物相手であれば殴って終わりで単純で良いのだが、今はそういうわけにもいかないのだった。
読んでいただき、ありがとうございます!
楽しんでいただけると嬉しいです^_^




