74.木の上でショッキングです
気配に聡くない者達は、気配に聡い者すなわち桜花へと視線を向け、声をかけようと口を開きかけていたが、それより先に魔物の気配を察知した者達が声を上げた。
「やっぱり、何か来てます!近くに来てます!何かが迫って来てます!!!」
「こ、ここ、こっちに迫って…っ!!」
「…ッ!!??何の気配!?数が、多っ!!」
佳那子や樹里が悲鳴のような声を上げたと同時に悠真も肩を震わせた。顔色を青くし、ギョッとしている。
何かの気配を察知したらしい。それも大量にいるらしい。
それを聞き、マリは3人が注意を向けている方向をギョッとしてみたーーーが、やはり木々が広がるだけで何もいやしない。気配は一切感じられない。
「何が来てるんでぇ?」
キョロキョロあたりを見渡していた魁斗。魁斗も気配が解らないようで、キョトンとした様子で佳那子達を見た後、桜花の顔を覗き込んだ。
みんな、どうしたら良いか分からず。分からないが故に自然と桜花に視線が集まっていた。
そうよ。桜花だったら何か分かるかも。またいつものノリでなんて事ないよと言ってくれるかも。そんな思いでマリは桜花を見つめていた。
チビは唸り声を上げるでもなく、桜花のそばで座って桜花を見上げていた。先ほど、蜘蛛の事で笑われたからか、今度は静かだ。指示を待っているようにも見える。
「……ん〜…んん。仕方ないか。みんな、木に登って気配消して、息を殺して待機。はい、早く。」
頭をポリポリ掻きながら何かを考えていた桜花。木を指さしつつ、皆の顔をぐるぅーっと見渡した。
はたして、何が近づいていると言うのか。
説明が先なんじゃないかとマリは桜花に視線を向けた。説明なく指示を出す桜花に戸惑いを隠せずにいた。
それに対して何も聞かずに動き出した者達もいた。行動が早かったのは魁斗、ツバサ、そして秋明だった。
何があったかを考えたり聞いたりするより先に近場の木に登ろうと動き出していた。
「どのくらい登れば良い?」
「自分達の身長より高く。」
「分かった。」
木に上りつつ聞いてきた秋明に、桜花は端的に答えつつ、まだ動き出していない者達に視線を送る。
早く行動するように手振りで促した。
が。
桜花と秋明のやりとりに一部が顔を青ざめた。樹里や佳那子、武器師達である。
悠真も木を見上げ、やや苦悶顔。仕方ないやるしかないと腹を括った様子で自身に術式を使い、強化を始め、木を見上げた。そして、ちらっと周りを見る。周りにも術式をかけつつ、登るのはさすがに悠真には難しい。どうしようか、と。
「引き上げてやるから頑張れ。」
「ゔ…はい。」
秋明に言われ、樹里はうなずく。苦々しく顔を顰めたまま、やるしかないと木に手を伸ばそうとしたその時。
「チビ、ユキとかカナちゃんとか乗せて上で待機。」
周りを見渡し、桜花がチビに言った。
気に登る前に魔物に遭遇しそうな者がいるからこその措置だ。
「にゅい。」
「あ、僕も乗せてください!」
樹里は即座に木から手を離すと桜花に手をあげつつ主張した。
その判断の速さは1秒もかからず、さすがだとマリは感心してしまうほどに早かった。
いつもなら動作が緩やかなくせに、こういう時は行動が早い。
「おぃ。」
桜花の言葉に迷いなく食いついた樹里に、秋明は木の上から声を上げるが、樹里は気にしない。キラキラとチビに視線を向けていた。
チビは皆のやりとりなど気にする事もなく、桜花の指示通り、身体を数人が乗れるくらいに大きさとなり、上に乗るように視線で訴えかけていた。
ユキや佳那子達は戸惑った様子を見せたが、迷わずチビの上に乗った樹里に続いて、チビの上に乗っていった。
自分にしっかり乗ったのを確認すると、チビは数名を乗せているにもかかわらず、何も乗せていないかのように軽やかに木を駆け上がって行った。
「みんな、早く!」
そんなチビに見惚れ、木に登らずにその場に立ち尽くす面々に桜花は言う。それに弾かれたように反応し、各々、必死に木に上っていく。
ーーーぞわぁ。
あ、これだったのね。
マリは木に上ったところで、やっと分かった。何かが近づいてくる嫌な感じがある。大量に来ているとか詳しくは分からないが、嫌な感じが確かにある。
樹里やカナちゃんは気配に敏感なのねとマリは感心した。すごいわ、と。それに比べ自分は直前まで気付けなかった。
確かに何かが確かに近づいて来ている。それもすぐそばまで来ているようだ。
みんな、登った木にしっかりと身体を密着させ、息を潜める。木の影から、気配のする方を緊張した面立ちで見つめていた。
みんながみんな、真剣そのものだ。ピリついた空気は怖くてたまらない。
ーーー張り詰めた空気の中、各々が見つめる先に、それは姿を現した。
先行したのは音だ。
マリが嫌な気配を察知したのとほぼ同時に耳に届いた何かの足音。ドドドドドド…ッというような音。やや地が揺れているようにも感じられる。
音がしたすぐ後に、その魔物の姿は見えた。
黒っぽい塊が徐々に徐々に近づいてくるように見えた。大きな大きな全容が掴めないほど大きな黒っぽい塊のような魔物がこちらに近づいてきている。
あれが何体もいるというのか。
ーーーゾッとし、身体を硬らせる。
戦うではなく、隠れる。それをわざわざ桜花が選択したのだ。ヤバイ魔物なのかもしれない。
桜花は木に登ればいいと言った。
だが、あんなに大きいならば、こんなとこまでなら容易く手が届くのではないか。本当に大丈夫なのだろうか。
カタカタカタカタカタカタ…ッと震えてしまい、足がすくむ。
木にしがみついて息を潜めねばならぬと言うのに、身体に力が入らないーーーゆらりと身体が揺れるーーーヤバイ、落ちると思った身体を支えたのは桜花だった。
「マリ、落ち着いて。大丈夫だから。」
いつの間にかそばに来ていた桜花はマリの身体を支えると、耳元で囁くように言う。
まるで危機にあるヒロインを守るヒーローかのようにときめきと安心感を与えてくれる。
「一体一体はたいした魔物でもないし、このまま隠れてたらここまでは来れないよ。」
桜花は言葉を続ける。
一体一体はたいしたものではない…?どこがよ。とマリは叫びたくなる。
「よく見てみて。ただの虫だから。」
マリの反応を見て、安心させるためか桜花は言う。
桜花に支えられ、多少の冷静さを取り戻したマリは桜花に促されるままに魔物に再度視線を向けた。
よくよく見ればそれは蠢く大量の魔物だった。物凄い数の集団。それが集団となり動いていたためでっかいなんだか分からない個体のように見えていた。
黒というか灰というか。汚れた鉄のような色の15センチくらいある玉が3つ連なり出来た身体に、6本の足がついている。全ての足をせわしなく動かす姿は気持ちが悪い。頭には長い触覚、口の部分には鋭い牙が見える。
あれ、どっかで見たことがーーー……
マリはじぃっと魔物達を凝視し、思い出そうと頭を働かせる。そして、思い至る。
そう、あれはアリだわ。アリってあんな鋭い牙あるの?!てか、大きすぎでしょう!!何食べたらあんなに大きくなるのよ嘘でしょうッ!!
マリは大きな声で叫びたい気分となっていた。魔物の姿を目視し、目を見開いた。
そしてーーー……
「ッ!??」
悲鳴を上げかけた。気持ち悪いと言うか何というか。
いきなり大きい蟻の大群なんか見てしまったら仕方ない。悲鳴を上げたくもなる。
「シー…。」
悲鳴を上げかけたマリの口を桜花は押さえ、静かにするようにジェスチャーで伝えて来た。
そんな桜花に強くしがみつけば、桜花はマリの背をポンポンと優しく叩いた。あれが怖いのーと泣きじゃくる餓鬼を慰めるかのように桜花はマリを抱きしめる。マリもまた、ムギューっと強く抱きついたのだった。
他の面々が冷静に息を潜め、蟻へと視線を送っている姿に何で冷静でいられるのよぉ〜と悪態を吐きたくなる気分である。なんとも言えない気分だ。
何かを言うわけにもいかず、気配をできるだけ小さくし、桜花に強くしがみついた。
魔物達が過ぎ去った時。
その場は静かだった。魔物はすでにいない。さっきまでした、奴らが動くカサカサカサカサカサといった音はすでにしない。だけど、誰も口を開けずにいた。それくらいショッキングな衝撃があった。
なんていうか。
大量のゴキブリが足元を通り過ぎていったような。敵わないという恐怖ではない。蠢くそれが数いるからこその気持ち悪さ。
それがあった。
あれなら鬼がいたほうがーーーいや、どちらも嫌か。何もいないほうがいい。多量の虫も鬼も嫌だ。
「降りようか。………あらー…腰抜けた?仕方ないねぇ。」
マリを覗き込むように見た桜花は苦笑を浮かべつつ、マリをいわゆるお姫様抱っこをすると、木から飛び降りた。
桜花が下に降りると、それに続くようにちびも三人を乗せたまま降りて来た。それを見て、他のみんながおそるおそると続いてくる。
「何だったの、あれ……。」
魔物達が過ぎ去った後、静寂に包まれる中、誰かがつぶやいた。
小さな小さなつぶやきだ。
中々にショッキングなものを見たあとって、放心状態になるじゃん?
再起動するまでに時間かかったりするわけだよ。
画面が何かのショックで固まっちゃって、それを復活させるために強制再起動させるパソコンみたいに。多少の時間が必要。
ま、今のワクワク学園所属のメンバーにはそんな時間が必要らしく、静かな空気が場には広がっていた。
やや放心状態のまま、誰かがあれは何だったのかとつぶやく。
読んでいただきまして、ありがとうございます^ ^
楽しんでいただけると嬉しいです
3月終盤ですね
花を愛でながら呑みたい今日この頃




