301.
いつも通りの笑顔。いつも通りの落ち着いた声。普段と一切、違いを感じさせないわんこがいた。
が。
叱りますよというようなニュアンスが言葉の中に見え隠れしているのも事実であった。
「ん?んん?チビ、どこに行ってたの。」
「にゅ!」
目を丸くしチビを迎える桜花も、桜花に飛びつくチビもいつも通り。
動揺する様子もない。
わんこの問いかけなんかは一切気にしていないようだ。
「散歩かぁ。自由度の高い武器ですまないねぇ。」
のんびりとチビを撫でながら桜花はわんこを見て笑った。
あははと笑う様子には反省の色は一切ない。あるわけもない。
「びっくりするくらい自然に嘘をつくね?」
桜花やチビの一切、違和感を感じさせない様子に物おじせずにわんこは言った。
桜花がとぼけているのだと、確信しているのが分かる。
「うわぁ。嘘だなんて証拠もないのにひどいなぁ。」
白々しい返事を桜花はする。
「君の武器が意味もなく君から離れるわけがないというか?」
「散歩くらいチビだってするよね?」
「にゅ!」
「もし許可なく行っていたのだとすれば、それはコントロール不全と判断せざるを得ないというか?授業以外での武器の使用を禁止する他なくなるかもというか?」
「じゃぁ、私としては、この学園を退学する他なくなっちゃうねぇ?」
「にゅうー?」
「チビが終始出ていることを許可できないなら仕方ないよねぇ。」
「にゅぅー!」
「封じられる可能性を考えないのかな?」
わんこが言い終わるや否や。
場に重々しい空気が出現した。息を吸う事ですら許されないような重く鋭い空気。
動いたら殺される。そう思ってしまうような緊張感があった。
そんな空気を出しているのはわんこの言葉に怒ったチビと、チビによばれ姿を現した童子であった。
童子ーー双子のように全く同じ姿形の子どもらが、全く同じ形・大きさ・色をした刀を構え、視線だけで物が斬れてしまいそうなほどに鋭い目つきでわんこを見ていた。
童子は桜花を挟むように立ち構え、桜花の前にオスのライオン程度の大きさに変化したチビが牙を見せ、毛を逆立たせている。
「桜花。抑えろ。」
緊迫した空気の中、まず動いたのはゲンだった。
桜花の両脇に出現し、刀を構えわんこを睨みつけていた子ども達や、桜花の前に立ち、毛を逆立てわんこに対し唸り声を上げたチビではなく、中心で呑気に状況を眺めていた桜花に声をかけた。
「チビさん、童子さん。落ち着くっすよ。」
丞もまた、ゲンに続いて動き出し、こちらは桜花ではなく、桜花の周りで殺気立つ桜花の武器達に声をかけた。
が。
わんこを睨みつける桜花の武器達はわんこを睨みつけ構えたままだ。
「傷つけたりしない。それならいいしょ?」
チビが唸るように言った。
可愛い幼児のような声であるにも関わらず、言っていることは幼児とは程遠い血気盛んなことだ。
「桜花。」
「チビ、童子。どうどう。」
二度目の呼びかけで桜花が口を開いた。
にへらぁと笑い、武器達に声をかける様子には緊張感のかけらもない。
武器達が作り出した重々しい緊張感に動けず冷や汗をかいていたユキや佳那子には桜花の緊張感のなさが信じられなかった。
「にゅ。」
「「主人ぃ〜!アイツが脅してきたのぉ〜!」」
桜花に止められれば、武器たちは即座に反応した。しかし、不満げにだ。
チビも童子たちも桜花に飛びかかり、だってだってと駄々をこねる様は幼児のそれだ。
「桜花が嘘ついたんが問題だろうが。職員会議盗み聞きしたっつぅのも問題だ。」
「失敬な。チビがいたのは廊下だよん。立ち入り禁止な場所にゃあ入ってなーい。」
だから悪くなぁあいって、桜花は主張している。
「やっぱりどこにいたかは把握してたわけだね?」
「まぁまぁ。で?わんこはいつまでそこにいるの?早く現状把握して問題解決してきたらどうかなぁ?」
「はっはっは?言うね?まぁ、あの子たちが心配だからこその行動だろうから、僕らの話を盗聴していたことは不問にするけど?もうやってはいけないよ?」
「ちぇ。はぁーい。」
「わんこ先生!!!連絡取れただ!しがし!!!!」
桜花が返事をするのに被せるようにして、にゃんこは乱暴に扉を開け傾れ込むようにして室内に入ってきた。それと同時ににゃんこは必死な叫びをあげていた。
今にも泣きそうな表情。
緊迫した状況をあらわすかのように張り上げられた声。
一目で状況が芳しくないと分かった。分かってしまった。
「ちょ?落ち着いて??どうしたのかな??」
にゃんこの様子に表情を凍らせ、不安気にしている生徒達からなんとか距離を取らせようとしつつ、余裕をなくさせている同僚に声をかけるわんこ。
わんこの落ち着いて欲しいだなんていう思いはにゃんこには届かず。
「あの子ら、担当の人らに待っとれって言われた場所におらんくなったみてぇで。捜索しとるみてぇなんだが、見つかんねぇって。しかも、あの場には羊も犬もいるみてぇだべ!!オレ、どうしたら良いか。」
声はやっぱり大きいまま。余裕もなく、周りも見えていないが故に、自身の得た情報を隠すだなんてこともなく吐露してしまう。
どうしたら良いかにゃんこはわんこに指示を仰いでいた。助けてくれと言わんばかりの様子で。
「落ち着いてくれるかな?とりあえず、探してくれてるんだね?」
「あ、あぁ。けんど、アイツらあちこちに桜花の匂い玉使ってるみてぇで、どこをどう通ったか分からなくなってるんだと。迷子になっちまってる可能性が高いって話だべ。狩りの対象は多分、アイツらみてぇで。あちこち逃げてる……逃げれてたら良いが。」
「だから、落ち着いてくれるかな?にゃんこ"先生"?」
何度も言った言葉をわんこは繰り返す。此度は先生という言葉を強調して。
そこでやっと、にゃんこは周りに気づいたようで、自分を不安げに見ている生徒らに視線を向け、気まずげにたじろいだ。
「す、すまねぇ。……わんこ先生や桜花も探しに行った方が良いんじゃねぇべか?」
「それが狙いだったらどうするのかな?にゃんこ先生、戦える?僕も志貴さんもここで待機するのは決定事項だよ?」
「ゔ。けども…」
「心配なのは分かるけどね?教員なんだから落ち着いてくれるかな?僕らは対応に向かった先生方や現場の方々にまかすしかないんだよ?」
「………分かってるべ。」
「なら狼狽えないでくれるかな?」
「わんこも気が立ってるみたいだねぇ。……島への侵入者なんざないんだし、気ぃ張りすぎてたらやってらんないよん。侵入されたって、ゲンさん達もいるし、羊やら犬如き何とでもなるよー」
「……そうだね?それじゃあ?君たちはこのままここで待機していてくれるかな?この子達をお願いします?」
桜花の言葉にグッと言葉を詰まらせたわんこ。表情は何とか崩さず、いつも通りに笑みを浮かべたままだ。
わんこは何とかいつも通りな調子でいうと、にゃんこをつれて退室していった。
「おぅ。」
「はいっす。」
わんこやにゃんこを見送れば、部屋は静寂に包まれた。
ただ静かな空間というわけではなく、悲壮感漂う空間だ。
「桜花さん。」
目には不安をたっぷりと映し出している佳那子。どうしたら良いかわからず、いっぱいいっぱいになっていることは明らかだ。
「んー。まぁまぁ落ち着いてくれるかにゃあ。とりあえず、カナちゃんは私のチビさんの傷を治してくれる?」
葬儀でもするかのような佳那子の追い込まれ感に、桜花はにへらっと笑って見せた。
「傷?!いつ?!」
桜花の言葉に今までの不安やらはどこかに吹き飛び、佳那子は目を見開く。
怪我などする時間などなかったはずなのにと。
「さっき組み手してる時に。かすり傷だから練習にゃあ良いでしょう?普段は自然治癒させんだけどねぇ。」
「なるほど。」
「チビは武器だろう。ならば我々武器師の仕事ではないか?」
桜花の説明に納得する佳那子の横でムスッとした様子でユキは抗議した。
自身が怪我を見せてもらうではなく、佳那子を指名したのが気に入らないようだ。
「えっと…チビさんは護獣ですから。」
佳那子が戸惑いつつもそれっぽい理由を口にし、お茶を濁そうとするが通じない。
「護獣は武器だろう。」
ユキはブスッとした様子で言う。
これには佳那子も困り果て、言葉に困ってしまう。
「お前ぇ、護獣の修復はできねぇだろ。佳那子は出来る。佳那子がやんのが妥当だろうが。」
「ゔ…。」
げんの容赦ない指摘にユキは言葉をつまらせ、気まずげにするが、佳那子も佳那子で気まずくてたまらなかった。
「ユキはこっちー。」
気まずい空気を気にせず、むしろ壊しに行く桜花の言動にいくらか、佳那子は救われていた。
「「僕らー?」」
「全力でかくれんぼーっ!」
「わぁー!!」
「おぉー!!逃げろ〜!!」
桜花の掛け声に元気に走り出す童子。2体は手を繋いでみるみるうちに部屋から出ていってしまった。
特記すべきはスピードか。
まばたきするうちに、部屋からいなくなるほどに早かった。
「捕まえてきて。校舎内からは出ないから。」
とてもじゃないが、あのスピードに追いつく自信はない。が、そんなユキの心中など気にした様子もなく、桜花は朗らかに言った。
「……あのスピードに、追いつけないんだが。」
ユキは童子達が出ていき、開けっぱなしになった扉を見つめてつぶやく。
どちらの方向に進んでいったのさえ、目で追えなかった。それを追うなど、捕まえられる気はしない。
「鬼ごっこじゃないから。てか、童子もずっと動きっぱなしじゃあないから何とでもなるよん。」
なんてこともなく桜花は言うが、簡単ではないだろう。
抗議したい気持ちが湧いてきてしまうユキだが、そんなユキの目の前では作業に戻ってしまった桜花がいた。
ゴリゴリゴリゴリと乾燥させた薬草をすれば、独特な香りが強まる。
ゴリゴリ擦りながらも、桜花の目の前には何もない場所から突如として薬草が姿を表していっていた。
「丞、ここは任せたぞ。俺はユキとアイツら探してくる。」
「了解っす!」
「行くぞ、ユキ。」
「は、はい!」
「いってらっしゃい〜。」
「佳那子さんはチビさんっすね。」
「はい!頑張りますッ!」
各々動き出す。
不安はよぎっているが、考えるだけ無駄。今はとりあえず、目の前の作業に集中しようと、佳那子もユキも必死に動くのであった。




