300.不安が募っています
目線、かわります
ユキも佳那子も不安だった。しかし、嘆いていても仕方ないため、作業に没頭した。そのほうが、気がまぎれるから。
それは幸か不幸か、作業スピードを早めた。
ゆえに。
あらかた、予定していた作業は終わってしまったのだ。ユキも佳那子も早々に終わらすのは予定外であり、げんと丞は次は何をしようかと相談していた。
「なぁ。」
そんな中、すみで何やら薬草を乾燥させたものをすり鉢を使ってゴリゴリとすっている桜花にユキは声をかけた。
作業が一旦止まった事でさまざまな事を考えてしまったのか、ユキの表情はかたく、緊張感が感じられた。
「ん〜?」
ユキの表情は明らかに暗い。声にもいつもの覇気がない。
が。
そこには触れず、桜花は作業を続けたままでユキに返事をした。
ごーりごーりと桜花の薬草をすりつぶす音が響く。
「教師陣の姿が先程から見えないんだが。」
あたりを見渡し、自分たちしかいないことをユキは再度確認する。
魁斗らの状況を確認するとにゃんこが職員室へと向かってからしばらくして。
1人、また1人と教師達が順々にいなくなっていき、ついには今は1人も残っていない状況となった。
ゲンや丞さえいれば、ユキらとしては構わないが、教師達がいないことはすなわち、級友になにかあったかもしれない可能性が高まっているのではないかと考えると不安になってしまう。
「そだねぇ。」
ざわざわする胸内を何とか気取られないようにしたユキが拍子抜けしてしまいそうなほどにのんびりした声色だった。
縁側で話を聞いているかどうか分からないじぃちゃんがする返事のように感じられる相槌だ。
望んだ反応ではないがゆえにユキはかすかに眉をひそめ、桜花につめよった。
「何かあったのか。」
単刀直入に聞かねば返答がないと感じたユキは問う。
真っ直ぐに桜花を見つめる目は何としても聞き出すという強い意志が感じられた。
「…………何で私に聞くのかなぁ。」
教師達に予定通り、ゲンや丞に指導を受けるように指示を受け、魁斗らの事について何もその後の話を聞かされていない。自身らには穏やかな時間が流れていた。
ユキも佳那子も桜花も状況は同じである。
が。
ユキは桜花が何かを知っているはずだと確信していた。
「チビを通じて聞いているだろう?」
教師同様にチビもしばらく前から姿がなかった。
普段、桜花から離れようとしない武器の姿が見えないのは考えられることはひとつ。
主人から何かの指令を受けているのだろう。そして、現状における指令は"情報収集"にちがいない。
「あり。バレてたか。聞いたら不安になるだけよん。」
悪びれた様子もなく、イタズラが見つかった子供のようににぃと笑う桜花。
しかし、話す内容は穏やかではない。不安を助長するものであった。
「……ヤバいのか。」
ユキはグッと眉間に力を込めただけで、たいした表情の変化はなかったのだが、声は震えていた。
普段通りの桜花の様子からして、大した事は無いはずだと自身に言い聞かせていたが、期待に反する桜花の言葉に動揺しているようである。
「ふぇ?!」
ちらちらと桜花とユキの会話を気にしていた佳那子から奇声をあがった。
不安げに瞳を揺らし、桜花を見つめる姿は今にも泣きだしてしまいそうな雰囲気さえある。
「いんやー。ん〜…正確には"分からない"。だから現状把握のためにドタバタしているようだよん。」
ユキや佳那子の様子に桜花は困ったように頬をかいた。
詳細を知るために情報を集めている桜花。桜花が動いているなら、聞けば分かるだろうとユキは思っていた。
ゆえに。
桜花からの返事には衝撃を受けてしまう。
「それは…ッ!」
何かがあったと言うことだろう。連絡が取れない事はすなわち、異常な事なのだから。
桜花からきいた話にユキも佳那子も表情を歪めていた。
「落ち着け。今は待つしかねぇんだからな。」
ゲンは何度も言い聞かせた言葉を繰り返す。
ゲンの言葉通りにするしかないと分かってはいても不安が勝ってそうはしていられない心情もゲンにだってわかっていたが、落ち着け、そのまま待機するしかないと言い聞かせるしかない。
「チビさんは今、どこに?」
げんに諭されてもやはり、不安は消えず。目をうるうるさせてはいるが、なんとか泣かないようにと耐えている佳那子。
震える声で問う姿は不安で不安でたまらないことをありありと感じさせた。
「職員室近くに潜んでたんだけどねぇ。チビさんったらドジっ子なんだからぁ〜。わんこに気づかられた。ま、はじめちゃんが留守にしてるんじゃ、神経尖らせてるか。」
やっと作業の手を止め、顔を上げた桜花は苦笑を浮かべ、チビがいるであろう方角を見ていた。
「チビに気付けるなんざ、たいしたもんじゃねぇか。」
げんは片眉を上げ、関心の声を上げた。そばにいた丞も驚き称賛している。
「そんなにすごいんですか?」
武器師達のリアクションに佳那子の興味がチビへ向かう。
「本気で暗躍する気なら気取られる事はないだろうな。良い武器だ。」
ユキは言う。
目の前にすれば恐ろしいが、間違いなくいい武器だろうと。
欲を言えば、また近くで見る機会が欲しい、と。
「はは。ありがと。」
あれだけ怖がってたのにとは言わず、桜花は笑って流した。
「少なくともボクには見つけられない。」
どーんと胸を張って言うユキはどこか自信ありげだ。
しかし、いばれる話ではなく。
「それはダメっすねぇ。中々姿見せてくれないシャイな武器もいるんす。」
「……桜花の武器達とかくれんぼでもするか。」
武器師達は難色を示し、そして、即座に対策を提案した。
が。
「ははは。ゲンさんがかくれんぼって!似合わない言葉だなぁ。」
真面目に提案したというのに、桜花は笑う。
名前の響きは子供の遊びだが、中身は決してそうでないと分かるユキには笑えない話だった。
「うるせぇよ。武器、だせ。」
「強盗みたぁーい。」
《ガラガラガラガラ》
桜花が武器を出すより先に、扉を開ける音が響いた。
音にひかれて、皆の視線が入り口へと集中する。
「志貴さん?チビを寄越したのは君かな?」
開けられた扉の隙間から入り込んできたのはチビであったが、その後ろからわんこが顔を覗かせていた。
ととととっとチビは走り込んでくると、桜花のそばまで来て、尻尾を振った。




