289.逃げます
自身の術式が通じないのを確認した魁斗は素早く桜に近づくと、頭を踏みつけようと足を振り下ろしーー避けられた。
桜はツタを地面から引き抜き引きちぎりながら、魁斗に踏まれるより先に身体を起こす形で魁斗の足を避けると、目の前に振り下ろされた足を横殴りにした。
「つぅッ!」
桜からの反撃を交わしきれずに受けた魁斗は痛みに声を漏らすも、桜から視線は離さず反撃に出る。
空中で身体をひねると、魁斗は桜の胴体を薙ぎ払った。後方へと吹き飛んでいく桜を追いかけると、空中で番傘の隠し刀を抜刀すると、桜の腹を垂直にブッ刺した。
「……やっぱり、刺さらねぇ。何なんでぇ。」
「………は。貴方の鈍な武器じゃあどうにもならないみたいね?」
腹に一切の傷を付けれない事実に魁斗が苦々しくつぶやけば、桜は嬉しそうに笑った。
優勢になったというわけでもないのだが、桜はすでに自身の勝ちが決定したかのように勝ち誇った顔をする。
「護衛騎士は鈍なんかじゃあねぇよ。」
イライラしげにつぶやき、魁斗は後ろに飛ぶようにして桜から距離を取ると、桜の周りの地面を抉るように刀の部分を動かし、傘の部分を薙ぐようにし、風を起こした。あたりに土埃が舞い起こる。
単純な目眩しではあるが、桜には効果絶大であった。
「きゃっ!」
舞い上がった細かい粒に、桜は咄嗟に目を瞑り、顔を両手で覆う。
そして。
桜が次に目を開けた時に見たものは、誰もいない空間であった。
魁斗も司も結弦も誰もいない。いるのは己のみ。
つまりは。
「逃げた?また、逃げたの。」
桜の声が震える。俯き地面を見つめる桜の背には哀愁が漂う。
周りには誰もいないが故に、静かだ。静寂があたりを満たしている。
「ふふふふふふふふふ。」
ふと、笑い出した。
壊れたかのように、笑い声を響かせる。
「あの餓鬼ども。逃すわけないじゃないの。逃げれると思ってるなんて、どれだけコケにすれば気が済むのかしら。」
殺気をダダ漏れにさせながら、桜は立ち上がると、迷う事なく歩き出す。
まるで。
魁斗達がどこにいるかを知るかのように足取りはしっかりしていた。
◇◇◇
「まいた??」
チラチラ後ろを振り返りながら結弦は問いかける。
自分自身の目には、誰もいないように見える。あたりにも、人の気配は無いように感じられた。
しかし、一度追いつかれた経験があるが故に不安が拭い切れない。ゆえに、足取りは早いままだ。
結弦は不安があるからこそ、桜が追いかけてきていないと魁斗や司に言って欲しいのだ。
「あぁ。追ってきちゃあいねぇようでぇ。バカの考えなしなんざ、相手してられっか。」
ペッと唾を吐き出す魁斗は荒々しい。般若の如き、荒々しい感情を滲み出していた。
嫌いなものにはとことん刺々しいのはいつもの事だが、荒々しさが普段よりも断然強い。
「はは。喜藤氏が時間稼ぎをしてくださって助かったでござるよ。しても、あれだけやって桜氏、ダメージなかったでござるよな。あの薬の効果…凄まじいでござる。」
魁斗の荒んだ様子に司は苦笑するしかない。
そして、何気なく話をそらした。このまま桜の話をしていても、魁斗の機嫌が悪くなる一方であるからである。
「確かに薬の効果は凄まじいわ。けど、それだけ反動もあるはずよ。時間を稼げば、効果が切れるはず。副作用だって。」
何の副作用もなく、あの効果は得られるはずがないと結弦は言う。
何の副作用もないように見受けられたが、あれはおかしいと。
「何のリスクなしにゃあアレは使えねぇってか。少なくとも認可を受けたもんじゃあねぇよな。」
"犯罪"
本来ならば取り締まる対象。見つけ次第、捕らえて連れ帰る必要がある。
が。
現実はそうも言っていられない事実が歯痒くてならない。
「でしょうね。だからこそ、あの人の仲間は使う事を止めようとしたんだと思うわ。」
おそらくは。それが拭いきれないがゆえに、結弦は断言はせずに"思う"という言い方をした。
「………不明点が多いでござるな。ともかく、このまま身を隠しつつ、やり過ごして時間を稼ぐ。その方向性で良いでござるか?」
判断はしきれない。かつ、考え事に没頭する余裕は身体的にもない。
司は魁斗や結弦に問いかけつつ、あたりに隠れられそうな場所を探しだす。
「えぇ。」
結弦や魁斗の返事を背に流しつつ、司は手頃な場所に近づいていく。
大きな木の根あたりに出来た人がすっぽりと入れそうな程度の穴。木が影となってくれ、身を隠すには最適だ。
司は2人がうなずくのを確認すると、どさっと座り込んだ。身体もだが、精神的にもだいぶ限界が近かったのである。
「気ぃつけろよ。さっきだってすぐに見つかったんでぇ。」
魁斗から飛んできた注意にも司は頷くくらいしか出来ない。
気配をよみ、あたりに神経を張り巡らせる余裕はない。
ありがたいのは、余裕のない状態を魁斗も結弦も咎めずにいてくれることか。
「そうよね。あまりにも早かったわよね。私達が気づくより……。」
結弦には司の様子より気になることがあるようだ。
先程、桜に見つかった時、結弦達は誰も桜より先に気づけなかった。先に見つかってしまった。姿は見られないように隠れていたと言うのに。
結弦は難しい顔でじっと考え込む。桜の様子や先程の状況を思い出し、思案する。
「気配に敏感である、とか。」
それだけでは説明できないのは司もわかっていたが、とりあえず可能性の1つを上げてみる。
やはりというべきか、結弦も魁斗も納得はしていないようだ。
「あるいは何らかの目印をつけられたか、とかな。」
自身の身体をくまなく確認しながら魁斗は言う。
つられて結弦や司も確認するが、発信機のようなものはやはり見つからない。
「目印って?」
「さてね。それが分かりゃあ、さっさとどうにかしてらぁ。心当たりはねぇんでぇ。お前ぇさん達は?」
「特に何かつけられたりは…。」
「してないでござる、よな。」
3人とも心当たりがない。確認するも何も出てくることはなかった。
ならば。
「何か捜索系の武器を使ってるのかしら。」
「アイツ、何か持ってたようには見えたかぃ?」
「いいえ。武器という武器を保持してなかったように見えたわ。だから分からないんじゃない。術式を使う様子もなかったわ。」
「手がかりはなし、か。桜井、何か気づいた事とかねぇのかぃ?」
他の方法を検討するも納得できる方法はなかった。
しかし、何もないと言うことはあるまいと、魁斗は司に問いかけた。
「…………何も思い浮かばないでござる。お役に立てず申し訳ない。」
しゅん…と捨てられた子犬のように司はしょぼくれてしまう。
頭を悩ますも、話し合うも、分かることはなく、ついつい落ち込んでしまうのだ。
「いや。分からねぇのは俺たちもでぇ。……次来たらカマかけっか。あのバカさなら口を滑らすかもしれねぇ。」
考えても埒が明かないと、魁斗は考えるのをやめた。
もはや、めんどくさそうにさえしている。
「来ないのが1番なんだけど。」
「来たらの話でぇ。」
「そこまで浅はかでござろうか。」
「俺らを心底馬鹿にしてるって感じだっただろ。ありゃあ隙だらけにもならぁ。」
「…………桜氏達はなんであんなことを。」
雑談へと話が移行すれば、話の内容は変わっていった。
桜達に関する内容ではあるが、なぜ、あの言動をとったのかということに。




